富柏村日剩

香港で2000年02月24日から毎日綴り始めた日記ブログ 現在は身在日本

2005-07-01から1ヶ月間の記事一覧

七月三十一日(日)雨。午後ホンハム。二日も続けてホンハムに来たが週末のこの賑わい驚くばかり。15年前には殆ど出来上がつた市街で商業施設規模は当時 と変わらぬ筈だが当時に比べ賑わいは段違い。集客力あるのはせいぜい蔡瀾美食坊くらいで何より不思議は…

七月三十日(土)雨。昨日も朝、全く気付かず寝ていたが新聞の配達遅れキオスクの新聞もかなり濡れており雨の強さを知る。今朝も早くに驟雨あり。「加害者 がどのような理屈で弁明したところで無駄である。それより、曖昧な言葉で逃げず、まず一言「ごめんな…

七月廿九日(金)雨。昨晩の阪神の9対1での対巨人戦快勝は昨晩ニュースで見て既知ながら朝日の朝刊に監督堀内君の「マレンが誤算だね」といふ、まるで他 人事のコメントに続き会長渡邉恒雄君の「だからすべてマレンだよ。誰が連れてきて、誰が使ったのか、…

七月廿八日(木)朝早く目覚め小林よしのり『ゴー宣』第4巻読む。4巻まであつたのでこれが最後。もう「ガウラ〜」である。著者はもう神だそうで。テレビのニュース見れば米国の国威発揚たるスペースシャトル無事打上成功乍ら断熱タイルだかの剥離あり前回…

七月廿七日(水)朝刊が届くより早く目覚め朝刊が配達になり拙宅の扉前にパタンと落ちる音を聞く。朝日新聞にニッポン人脈記なる連載で「国家再建の思想」なる「旧制高、朽ちぬ青春賦」とあり旧制静岡高校、静高といへば中曽根大勲位で「国家再建の思想」の…

七月廿六日(火)リンパ腺痛みあり夏風邪の気配。老身には風邪も用心と早晩に帰宅。先週末から貯つた新聞がかなりの量ありゆつくりと読もうかと思つたがGoogleの衛星写真など眺め始めれば東都は畏れ多くも宮城の吹上御所から半島に目をやれば平壌市街、それ…

七月廿五日(月)快晴。世界が黄色く映るといふのは聞いたことがあるが(実際に体験はない)北角の寶馬道のこの一角はなぜか赤色系の看板やビルの塗装が多く朝日を浴びて一面赤色に染まる。早晩に灣仔の新華書城。開業し半年以上経ち初めて訪れる。中共系で…

七月廿四日(日)今年はOxfam HK主催のTrailwalker2005の抽選に幸いなことに外れ十一月のこの百キロトレイルに出場はないのだが「せめて練習だけでも」と昨年これに伴に出場のI隊長、O君と朝八時に坑口のMTR站に集合。写真家Y氏と東莞から八月には恒例…

農暦六月十八日。大暑。朝六時起床。気温廿六度で窓から入る風が涼しいと思える朝。気分は乗鞍高原か。七時近くとなり本格的に朝日が差し始めるともう要冷気。天気予報は曇りだが陽光明るくけして酷暑といふ程にあらず。ニコンのD70Sを携え裏山から大潭に入…

七月廿二日(金)朝の五時頃に雷鳴甚し。朝刊届くまで読書。朝日朝刊を開けば社会面のベタ記事に「巨人清原選手、カード盗難」とあり眠気覚めぬまま「清原、かなりキテるとは聞いていたが、ついに夜の六本木での豪遊に金欠となり他人のカードまで盗んだか」…

七月廿一日(木)朝五時起床。朝刊もまだ配達ならず『敗北を抱きしめて』続き読む。昼にハッピーバレーで画像は馬道。かつてハッピーバレー坂上のジョッキークラブに厩舎あつた当時は水曜の夕刻ともなると厩舎からこの馬道通り競馬場まで厩舎員に引かれて馬…

七月廿日(水)朦霧甚し。蘋果日報巻頭に「警遭割頸」と大きな見出し。漢語の見事な表現。大きな写真。警官が喉を割かれ血がどくどくと溢れ制服を血で染めるは三島由紀夫が見たらさぞや興奮するであらう姿。この惨事に至る経緯はこの警官独り長沙湾の市街警…

七月十九日(火)午前二時頃に雷鳴轟き大雨。二時間の間に数千回の落雷とか。台湾から福建に抜けた大型台風の影響もあり酷暑。香港天文台は最高気温摂氏35.4度と告げる百二十年来の観測史上七位の高温だそうだが尖沙咀の丘上の涼しげな百葉箱での気温がそれ…

七月十八日(月)猛暑。摂氏34.4度は香港天文台観測史上十位の高温とか。この気温、山形や京都、甲府など日本の盛夏に比べれば南洋の香港がこんなものか、でジャンジャン、だが朝晩の気温低下で日格差大きい日本に比べ晩も三十度で蒸した体感気温は香港凄ま…

七月十七日(日)快晴。家事諸事あり。天文台の天気予報で摂氏三十四度。炎暑さ猛々しきなか裏山から大潭を下り島南岸の浜辺に至る。熱中症で倒れても不思議でない結果10kmのランニング。大潭もダムこそ満水の水湛へるが引水路はさすがに渓流の流れ失せる。…

七月十六日(土)朝一旦帰宅して急ぎ雑事済ませまた某宿泊先へ戻る。天気は絶好調だが午後遅くまで室内に籠りまずはじつくりと新聞数紙読みダワーの『敗北を抱きしめて』下巻読むが微睡みばかり。東京裁判を勝者による厳正さ欠ける法廷とする論調がキョービ…

七月十五日(金)快晴。雲一つなき青空。某組織に請われ某所にて講演一つ。講演といふより漫談か。早晩にハッピーバレーの澄寿司でにぎり寿司を持ち帰り。 祥興珈琲室でエッグタルトも購ふ。今晩は某所(ゲストハウスのような場所)に隠る。日曜日に薮用あつ…

七月十四日(木)快晴。早晩に献血。あつといふ間に三ヶ月の一度の献血。献血の針刺す前に刺部への麻睡の要不要尋ねられ最近の好みは不要。普通の注射針よかいくぶん太めの採血針が静脈に刺される。450ccの血液が採れる間の気だるさ。ここまでは森田童子的だ…

七月十三日(水)快晴。猛暑続くが日陰に入れば香港にしては涼しくもあり。木陰でバスを待ちながら余も愛用のMacintosh製造するアップル社社長のスティーヴ=ジョブス氏によるスタンフォード大学の卒業式典(学位授与式こちら)での来賓祝辞が話題になつてお…

七月十二日(火)快晴猛暑。地下鉄でもう何年だろうか無料配布定着の新聞メトロ紙に続き、じり貧の星島日報社が起死回生かけて頭條新聞なる無料タブロイド紙を本日創刊。不動産大手の中原地産も近々「am730」なる同じタイプの新聞発行とか。新聞スタンドには…

七月十一日(月)快晴猛暑。中国湖南省に帰省した香港在住の女性が中国の一人っ子政策「堕胎」強要され危うく難を逃れる、と蘋果日報一面。この女性、1997年に湖南省の田舎から深センに出稼ぎ。そこで香港籍の男性と知り合い香港に来て女児出産し一旦大陸に…

七月十日(日)朝の驟雨ののち雲多くも流れ早く強い陽射しながら某事あり朝から建物に籠る。いろいろ読みたい新聞記事や資料多く持参したが全く読む時間もなし。午後三時に終わる。それにしても陽射しが十年前もこんな強かつただろうか。傘がなければ直射日…

七月九日(土)幾度となく驟雨あり。本日は昨年Trailwalkerの100kmトレイルに一緒に参加の隊長I君とO君の三人で今年はこのTWの抽選には漏れたのだがせめて練習だけはしやうといふ話になり西貢に行き北譚涌より西湾の方へ廿数キロをトレイルの予定であつ…

農暦六月初二。小暑。早晩に灣仔を散策。交加街の灣仔街市が此処も再開発でビル建設で古い建物が何棟も壊されすでにビル出来上る寸前。灣仔馬頭餃子の作りたての餃子売る本店も確かこのビルになつたあたりの筈。まえから気になつていた花園街の滷八鵝店にて…

七月七日(木)驟雨と晴れ間幾度となく繰り返す。夏のバーゲンセール始まるがサマーセールは通常の商品が安価になるものに非ず例えばポロ=ラルフローレンで見ても普段は店頭でみかけぬ「こんなの売れるはずないだろうが」の奇っ怪な意匠の服と極端に大きな…

七月六日(水)快晴。酷暑。早晩にジムで一時間の有酸素運動。帰宅。冷凍庫に冷した赤唐辛子入りのウォッカお猪口に二杯。トマトの冷スープ、茄子の冷菜、カレーライス。カレーの時はなぜかいつもバーボンソーダでワイルドターキー。NHKの局内改革に向け…

七月五日(火)酷暑猛々。郵政法案可決。5票差で小泉の築地のH君と我の組閣人事案では亀井静香君(財務)、平沼赳夫君(国土交通)、衛藤晟一君(官房長官)が反対、野田毅(外務)、高村正彦君(防衛)が棄権と、主要閣僚が挙って小泉三世に抗すはこの内…

七月四日(月)快晴猛暑。上海は七十年ぶりかの記録的猛暑で気温は摂氏三十九度。もともと風の抜けぬ場所ゆへ酷暑だろう。砂漠にある北京も灼熱の下。香港はそれに比べれば三十二度で海に面するだけまだ気持ちだけでも涼しいか。だが北京は夜半には廿四度ま…

七月三日(日)快晴。天気予報は何週間ぶりかでギンギラのお日様印。パーカー山の峠まで登り大潭のダム周辺を15kmほど快調に走り島南岸の海岸に至る。昨日の続きでフーコーの『自己のテクノロジー』読む。炎天下は陽が肌を灼くが木陰は心地よし。フーコー先…

七月初二。土。青空。二晩続けて何かと机上のことに夜更かし続くが五時間も寝ぬまま起きてしまひ今朝も七時半には起きる。朝日社会面に作家萩原葉子の訃報あり。朔太郎長女、つまり朔美の母。朔美氏は余にとつては雑誌『ビックリハウス』初代編集長。喪主が…