富柏村日剩

香港で2000年02月24日から毎日綴り始めた日記ブログ 現在は身在日本

2004-08-01から1ヶ月間の記事一覧

八月三十一日(火)ヘラルドトリビューン紙に“Bush and New York”といふ社説が共和党がブッシュ候補選出に敢えて紐育を選んだことに対して紐育で数十万人規模の反ブッシュデモあり、紐育も九一一から蘇生して健かな強さ見せ“New York is still a tough town,…

八月卅日(月)朝、雷暴豪雨あり。早晩にジム。小一時間の鍛錬を試しに万歩計(なぜ万歩計といふと爺臭いのか、オムロンの最新機種)で図ってみれば六千歩ほどでその上シャドーボクシング的に身体を動かしていると思うとかなりの運動量であるのは確か。それ…

八月廿九日(日)夜中に脛から足先が冷えて目覚める。気温も廿五度となると冷房など冷えてしまひ冷房も止めて寐てもこの有り様。早朝に足を揉んだりタオルケットに足を包むと老いとは悲しきものと感じ入る。朝起きると大雨にて黄雲警報発令中。昼まで新聞雑…

八月廿八日(土)雨。昼前に中環。銀行にてファンドなど諸手続き済ます。Colorsixにて写真現像依頼。Stanley街のApple Centre寄ればiPodなどに客多く繁盛。Appleの客といふのは灣仔電脳中心とか旺角、Sham Shui Poの電脳とは全く客の雰囲気異なり興味深し。…

八月廿七日(金)雨。夏風邪で朝、近所のC意思の診断請ふ。軽いインフルエンザだそうな。早晩にジムに寄ろうとすれば銅鑼灣にてB君に遭ひ時代広場近くの日式喫茶にて暫し款談。中環。FCCのバーでドライマティーニ飲みZ嬢待ち新聞読み。Z嬢とFCCの…

八月廿六日(木)臺灣から福建省襲つた颱風は急に左旋囘し香港へと向かふ。颱風警報1號發令ながら幸ひに勢ひも失せて雨空。こゝ數日の氣温低下に夏風邪ひく。この毎年のことながらこの處暑の頃に外の暑さと室内の極寒の温度差の由。それでも輕くジムに寄り…

八月廿五日(水)銀行にて今後の貯蓄などにつき所謂財テクの指南受ける。低金利だからこそ盲目的に定期預金になどしておかず、かといって投機に走らず元金保障型のファンドに確実に運用すべき等々。早晩にジム。FCCに旧知のG氏招きG氏お連れになったH…

八月廿四日(火)朝刊トップにマラソンの野口選手の金メダル。朝日の社会面にゴールでの野口選手とコーチの言葉にならない感動のスキンシップ劇的に語られるを読み何も言葉もなし。日本よりアジアフォーラム横浜のご一行が日本侵略時の香港歴史の学習旅行に…

陰暦七月初八。處暑。朝に停留所でバス待つ時ふと街路に風涼し。台湾で旅行中に毎日昼頃にマルチメディアメッセージなるもの届き開けてみると金メダルの画像に「アテネオリンピック」といふ文字。それだけ。受信拒否もできず香港に戻っても続き呆れてよくよ…

八月廿二日(日)小雨のなか地下鉄で坑口。トレイル練習にて余の他に党員三名及びK氏とK氏の会社の参加者四名参加。ミニバスで西貢、西貢より西沙路へ行く筈がバス乗り間違え北譚涌より黄石波戸場行きの郊外バスに乗っており慌てて途中下車してタクシーで…

八月廿一日(土)終日雨止まず。昼にかけてジム。久々に真面目に鍛錬。午後中環。香港赤十字にて献血。厭な肩凝り癒へぬは恰度三ヶ月に一度の献血の時期の報せ。雨の土曜日の午後、献血中心の安楽椅子に坐して中環のビルの谷間の狭い通りに降りしきる雨など…

八月廿日(金)Haze続く。旺角のジム。Z嬢と旺角Nelson街の栄記にて雲呑麺食す。驟雨あり。沙田の文化博物館。「人・物・情……香港公共房屋発展五十年」といふ企画展あり。1953年の聖誕祭の晩、大陸からの移民苫屋密集の石Kip尾の難民居住区にて大火あり数千…

八月十九日(木)Haze甚だし。昨日このHazeにつき自然現象と述べたが大気汚染と光化学スモッグも相応しての鬱葱たるHazeなのだそうでちなみに今朝の視界は1000mを下回り拙宅よりも九龍側が見えず(写真)。藝術新潮七月号読む。小さい記事にフィレンツ…

八月十八日(水)朝に目覚めればどんよりと曇り空。テレビ画面の天気予報は快晴の上に炎天下マークまで点り、何か間違いか、と思えば、曇天に非ず快晴ながらHazeひどく気象上は晴れらしい。Hazeは日本語では「靄、霞」であろうが南方特有のこのHa…

八月十七日(火)快晴。猛暑。午後より一面Hazeに蓋われる。早晩にジム。晩に犬丸治『市川新之助論』読む。著者は一言でいへば「非常に慶應的」。戸板康二、渡辺保に続く第三世代はかくも観念的かと。著者は印象に残る新之助の舞台で僅かに意識向けたは92年…

八月十六日(月)快晴。台湾にてウイルス伝染の電脳につきWindowsのシステムの一部が壊れておりますので云々とメッセージにそのCDなるもの手元に見あたらずSharpに電話で問い合わせればXPにおいてはWindowsのみ提供しておらずSharpのリカバリCDのみ客の手許…

台湾一周の旅9日目 台北より香港に還る

八月十五日(日)快晴。終戦記念日。ふと十年ほど前に台北にて龍山寺参拝の折、寺社境内にて日本帝国陸軍の軍服着こなし軍剣翳し日章旗を手に日本語で台湾政治の腐敗など訴える台湾人の老兵に出交したこと思い出す。もう他界されたか、終戦記念日にはそうい…

台湾一周の旅8日目 台北に還る

八月十四日(土)晴。朝風呂に浴し九時半過ぎにホテルの自動車にて花蓮の市街に下る。今回はタイヤル族舞踊の若衆らの同乗なし。車に同乗の女客一人を花蓮の空港に降ろして花蓮市街の古い日本家屋残る裏道走り花蓮站。站前広場に昔の鉄道車両、蒸気機関車か…

台湾一周の旅7日目 太魯閣

八月十三日(金)晴。ホテルのマイクロバスにて景勝地・九曲祠に下る。横断道路沿いの車寄せにてバス降りて渓谷の急崖見上げておればカランカランと天より音があり小石降り「落石注意」の看板もあり岩陰に隠れればいきなり天より人が二抱えほどの巨岩降りて…

台湾一周の旅6日目 花蓮から太魯閣

八月十二日(木)朝六時起床。この山間の霧鹿の温泉もモデム接続可能にて昨晩綴りし日剰上網せむと接続せばメール受信中に電脳滞り何かと思えば網毒に罹れば再起ならず。システムリカバリ要しまさかシステムCDもCD-ROMも旅に持参する筈もなく香港に戻る迄再…

台湾一周の旅5日目 台東から魯鹿温泉

八月十一日(水)連日早起。台南站。站の待合室にあれば小旅行だろうかの老男女一見して数十年の友とわかるが集れば口々に「おはよう」と日本語で挨拶始まり会話は台湾語ながら言葉の節々に日本語の単語混じり。そのうち一人の老紳士がZ嬢に「大きなリュッ…

台湾一周の旅4日目 日月潭から台南へ

八月十日(火)朝五時起。上着なければ肌寒き朝。莫那魯道といふ魯山の集落囲む山上の道を高さ百五十米ほど上り五キロほど散策。此処が霧社事件、日帝軍にタイヤル族の蜂起軍が追込まれ最期迎えた古戦場、其処がモーナルーダオの故居地(写真)。朝霧立ちこ…

台湾一周の旅3日目 霧社から魯山温泉

八月九日(月)朝早く目覚めれば朝霧に埔里の市街囲む山々に薄切り立ちこめ涼風も心地よし。九時過ぎの巴士で山間に走れば渓谷のあちこちに地崩れあり渓谷の川は橋流され土砂に流木といふには大きな木々、川沿いの住宅は半倒壊、または軒まで土砂に埋り一ヶ…

台湾一周の旅2日目台中から埔里へ

八月八日(日)台北快晴。ホテルより連絡巴士でMRT圓山站。MRTで台北火車站。九時発の特急・自強1011号にて「台湾の名古屋」(笑)台中に向ふ。新竹まで延々と続く線路沿いの市街地に台湾の経済力見る。西部幹線走る列車は海線と分れ山線に入り山越と…

台湾一周の旅1日目台北

八月七日(土)快晴。朝から旅行の準備。実に十五年ぶりにリュック背負っての旅にリュックへの荷物詰めもまた楽し。的士自動車雇い香港站。Z嬢香港站での搭乗手続の間に銀行に行きT/C作るが小一時間要し香港站に戻ると香港発が二十分早い便への変更とな…

八月六日(金)終日、雨。昼まえに豪雨あり。ここ二三週間読切れずずっと持歩いていた新聞の切抜き旅行前に一気に読む。故に本日の日剰の記述に▼多し。灣仔詩藝戯院にて『十七歳的天空』といふ台湾映画看る。シンガポールで上映禁止と多少話題になるが、筋は…

八月五日(木)曇り時々小雨あり。広東省東莞訪れる機会あり参観団に参加。香港島より西海底隧道潜り青衣島抜け汀九橋渡り大欖隧道潜ったバスは新界の深いところ走り落馬州の境界まで四十分ほど。落馬州といふとかつて「竹の窓帷」の向こうの共産中国見渡す…

八月四日(水)朝そこそこ晴れ。午後曇り。夕方から晴れるが晩に驟雨と賑やかな天気。『月は無慈悲な』少し読み夕方灣仔より銅鑼灣に遊ぶ。灣仔の新中華刀剪廠にてZwillingの旅行携帯用の調爪セット購ふ。なぜ爪の手入れに旅行用が必要なのか、と疑問に思ひ…

八月三日(火)快晴。Z嬢と大嶼山(ランタオ島)に遊ぶ。高速フェリーに乗らず連絡船で梅窩。長沙下村の海岸。南アフリカ料理のThe Stoepも平日は閑散とし店の前の海岸の木陰に憩ふ。羊肉焼やジャガイモ、鰯焼など食し焼きたてのパンも美味。白葡萄酒イタリ…

八月初二(月)快晴。地下鉄道東涌線にて東涌。新大嶼山巴士(幾らかの株式有するが何ら恩恵もなし)にて峠越え。一人で事故でもあれば危険かと思いつつ二東山(Sun Set Peak)から流れる渓流の澤登り楽しむ。岩で滑って久し振りに膝擦剥き肘など突傷。澤を…