富柏村日剩

香港で2000年02月24日から毎日綴り始めた日記ブログ 現在は身在日本

陰暦十一月初二

気温摂氏6.9/17.1度。晴のち曇。夜になつて水府の馬喰町の方を歩いてゐたら真っ暗な市街に灯りの目立つ歯科医院なり何気に覗いたらカーテンも閉めず診察室丸見え。それどころか治療中の患者への処置も全開で患者の口腔までご開帳にはあばらかべっそん。

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とても知性溢れる研究者と編集者のお二人と老舗の天ぷらやで多いに会話弾む。本当に次から次へと面白い話になる。ある人といつてもお二人はまだ顔も見たことのない人のあだ名を「代助」としたりポランニーやチョムスキーが出てきたり。

陰暦十一月初一

気温摂氏9.8/19.7度。昨晩の蹴球世界盃のグループ予選で日本がまさかの対ドイツ戦勝利を祝福するかのやうな雲一つなき快晴。これをまさに日本晴れと思ふ国民はさぞや多からう。まだまだまんざらでもない、と。何だか今日はかなり忙殺され晩飯のあと夜七時半には床についてしまつた。

桂諷會@国立能楽堂

陰暦十月晦日。気温摂氏9.4/14.1度。雨終日止まず(48mm)。昼前に新宿角筈1で理髪。


 雨空のなか歩くのは億劫だが午後は千駄ヶ谷お能で西新宿から代々木駅を経て歩くのは共産党本部角の「吉そば」を啜るのがいつものコースだから。国立能楽堂の中庭も雨に美しい。

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本日のお能はこちら。

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長山禮三郎三回忌の追善能で禮三郎師次男の桂三さんが〈翁〉を披くのだが三番叟が萬斎さん、面箱は裕基君で千歳は桂三さんの倅の凛三君、小鼓が源次郎師、笛が松田先生でそれらの布陣は面白いかと参つた次第。

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〈翁〉のあと番組の予定は桜雪師の〈江口〉独吟のところ次の万作師の狂言〈二千石〉が先に。そして〈江口〉となつたが桜雪さんは切戸口からの出も本当に難儀で三人がかりで舞台に出て独吟も脇が左右につき椅子に坐つた背後からも支へられてのお姿。そのまゝ銕之丞さんの舞囃子〈恋重荷〉で桜雪さんはそのまゝ地謡ひとなる。舞台での出入りの難儀に配慮しての番組順の変更であつた。九月に大槻能楽堂の入り口でお見かけしたときはお弟子に手を取られつゝもタクシーを降りて自力で歩かれてゐたし前回までの独吟もお見事だつたが。これは鼓の大小は亀井先生と源次郎先生。休憩のあと能は再び桂三さんで〈融〉となり久々に好きなワキの森常好さんの美声。この〈融〉は九月にこちら

大槻文蔵(袴能)融@国立能楽堂 - 富柏村日剩

を「酌之舞」で拝見してゐて今回の「十三段之舞」がどれだけ難しいかはアタシでも多少察してゐたが。村上湛君に教はつたが前半で笛の調子上がらない抑制されたパートをしつかりと舞ふことが大切。低音の早舞五段、高音の早舞五段に高音の急ノ舞三段で十三段。もはやパンクなセッションは面白かつたがシテ方にとつて客が「もつと見たい」と思ふほどに舞ひ切ることは余程のシテ方でない限り成功は難しい。

お能が終はつてもまだ雨歇まず。一度、千駄ヶ谷から御苑西側の谷町(大谷戸町)を新宿旭町の方に歩きたいのだが、この雨では今日も無理。北参道から地下鉄で新宿三丁目。Moa5番街に入るのも久々でヤマモトコーヒー店で珈琲豆購める。100g売りがありがたい。顔見知りの店主のバーに寄ると口開けで「勤労感謝の日ってわけじゃないんだけど」スタッフも休みで彼一人でしんみりと飲む。

陰暦十月廿九日

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小雪。気温8.5/20.4度。晴のち曇。昨日の早晩に出かけた超級銭湯は人工だが酸性の水に硫黄成分溶け込ませたぬる湯。これにつかつてゐた所為か晩はいつも以上によく寝て今朝は温泉に宿したときのやうに朝起きると布団が湿るほどの汗をかき爽快。

画像(右)は市内某施設で見かけた水戸芸術館で開催中の中﨑透の美術展のチラシ。

中﨑透 フィクション・トラベラー|現代美術ギャラリー|水戸芸術館

A4を縦1.5倍にした開くと長い変形チラシだが、それを面白く立体化してゐた。こんなディスプレイはチラシの制作者側は意図してゐなかつたことだらう。一寸気を衒つただけの変形チラシがこんなことにならうとは。面白い。

地元紙だと扱ひの大きな高安関

都々逸全国大会 | 常陸太田市公式HP

都々逸。その全国大会が茨城の常陸太田で「はぁ」といふ感じ。全く知らなかつたが都々逸の祖は幕末に一斉を風靡した江戸の芸人・都々逸坊扇歌 - Wiki で、その人が常陸久慈郡磯部村(現在の常陸太田市内)の出なのださう。扇歌の父は医師で四人兄弟姉妹の末っ子として生まれ幼名は子之松、のちに福次郎と改め桝屋福次郎。七歳で痘瘡を患つた際に医師である父親が「医書の真偽を確かめよう」と息子に痘瘡の病人には大毒といはれる鰹を与へ半失明となつたといふ。何とも惨い話だが17歳で三味線弾くやうになり江戸に出て噺家の初代・扇橋の弟子となり売れっ子の芸人に。何とも数奇な運命だが国道349号線(棚倉街道)の旧道で、この生家址に石碑があることも全く知らずにゐた。

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南町1丁目の交差点は水戸市街でいへば銀座4丁目の交差点のやう。茨城県で最初の、もしかすると唯一のスクランブル交差点があるところで今ではスクランブル交差点にしておく意味もないほど人通りも少ないのだが、この場所から少し離れたところ、銀座4丁目でいへば教文館書店か鳩居堂のあるやうなところにあつた空きビル(旧湊屋酒店)が半年程前に取り壊された。昭和の頃は南町2のツルヤ書店が、この湊屋のビルの大半を借り切り移転拡張してとても賑はつてゐたもの。放置されてゐた物件が取り壊しで更地になつたあと木造の建築工事が始まつたので何か新機軸で小売店舗の出現か?と思つてゐたら、なんとそこに建つたのは二棟続きの住宅で明らかに賃貸。一応は目抜き通りの中心地で、こんな場所に普通の住宅を建てるとは。

ポートアベニュー1 賃貸アパート 1階 101号室 1LDKの物件詳細 | いい部屋ネット

広さ40平米ほどの二階建ての「アパート」である。それほど市内中心部は商業的価値がないといふことか。空き地や駐車場が広がるよか「まだまし」かもしれないが。市街地に次々とマンションが建ち、それが穴吹建設のサーパスばかりなので〈バットマン〉のゴッサムシティぢゃないが「水戸は将来、サーパスシティになるのでは?」と言つてゐたが大東建宅によつて市街地が我孫子や牛久のやうな巨大な新興住宅地化されてゆくかもしれない(それにしては首都圏への通勤には遠いが)。

陰暦十月廿八日

摂氏9.5/18.6度。朝は雨が残つたが(5.5mm)昼から晴れる。

朝の涙雨が晴れて……青果作〈大石最後の一日〉の「日本晴れの心地がいたします」の播磨屋の姿が浮かぶ、と久が原T君。本当にこんな素晴らしい役者を失ひ早一年。最後に〈須磨浦〉の映像を残されたことが偉業となつた。

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「地元用」にもつてゐる茨城県信用組合*1(けんしん)の口座。通帳記帳しようとしたら、またNGで通帳の磁気がおかしくなつてゐるのだらう。窓口へ持ち込み気合で磁気を入れてもらふが頻繁なことで通帳を再発行してもらつても数か月でこれ。アタシの保管の方法に不良もなく「これって、この磁気部分に何か問題があつて、他の利用者でも同じようなことないですか?」と尋ねると職員は窓口のカウンターに貼つてある「通帳の保管でご注意ください」を見せるのだから頻繁なのだらう。「もし宜しければ新しい磁気防止ケースをお配りしております」といふので、それを貰つたら厚手のクッションでエアウェーブのやう。「場所をとるので申し訳ないのですが」と職員。通帳レスの時代に逆行する昭和の磁気テープのローテクである。通帳用の他にATMカード用もくれたのだが重ねてみたら2.8cmもあつた。

▼香港で医療従事者の離職が多いと聞いてゐたが香港の公立病院機構の基幹であるエリザベス病院で看護師の離職率が10%超過の由。数年前まで5%台だつたのだから2019年以降の離職が激増。これを「医療現場の過重労働が原因」で人員体制見直しや雇用条件改善などが必要として政府は香港の国安化が理由ではないとしたいところだうが離職者の4割が移民となつてしまふと「やはり」である。

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▼こんなクールでシュールな父と娘の散歩は見たことがない。これが砂地だつたら「足跡がない」といへるのだが。

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*1:地域信用組合としては預金残高1兆円超の日本最大規模なのださう

宇能鴻一郎

陰暦十月廿七日。気温摂氏6.5/18.5度。晴。晩に雨(4.5mm)。

宇能鴻一郎甘美な牢獄』(烏林書林)私立図書館から借りて読む。

この記事を読んで久ヶ原T君と宇能鴻一郎の凄さをあらためて驚いた。官能小説の大家、宇能先生の本が図書館にあるのは、これがシリーズ「日本語の醍醐味」⑩だからで安吾、士郎、光晴や吉行、太宰に続き最終巻が宇能鴻一郎だから。「谷崎文学の正当な後継」(七北数人)。昭和37年に「鯨神」で芥川賞受賞した宇能先生の昭和41年から46年まで小説雑誌に発表された短編8本を収録。この本のタイトルにもなつた「甘美な監獄」は筒井康隆が昭和44年に編集したアンソロジー『異形の白昼』にも収録されてゐたさう。

この世の地獄を描いて宇能氏の右に出るものはあるまい。ただ、グロテスクなだけではない。説得力がある。時には郷愁によって、時には異国情緒によって、時には荒々しい破壊衝動によって、読者は否応なしに宇能氏の描くこの世の地獄に誘いこまれてしまうのである。(筒井康隆の編輯後記)

InterFM〈バラカンビート〉でマイケル=ジャクソンの“Behaind the mask”流れて映像を見る。YMOの楽曲で当時、ヨロシタミュージックのスタッフだつたバラカン氏が、この曲の権利関係の裏話を披露。

銀座余情

陰暦十月廿六日。気温摂氏5.8度(水戸)/ 18.5度(東京)。晴。東京駅は「これほどか」の人混みなのだが連休でもなく通常の週末土曜の午前中のはず。新橋。昼前にニュー新橋ビル地下〈カレーは飲み物〉で黒カレー中盛り飰す。カレー屋、韓国料理屋とかの安っぽい鉄製のスプーンの舌触り苦手で(資生堂パーラーとか銀製なら平気)今日は予め自前で木製のスプーン(無印)持参。一度食してみたいと思つてゐたカレー屋だが昼時はいつも新橋のリーマン、職工で爆満。カウンター8席ほどの店だが昼の早めのはずがもう、四、五席埋まつてゐた。渡邊版画店。茅ヶ崎での渡邊庄三郎展につき招待券いたゞいたので観覧させていたゞいてのお礼お伝へする。何よりも巴水の作品で随分とわかつてゐたつもりが最後に役者絵がずらりと並びラストが大成駒の昭和26年の歌右衛門襲名(雪姫)であつたこと。もう今の人はあの役者絵を見ても役者と演目の誰の何かわからないでせうね、と奥様。観世能楽堂。「能と狂言」と題して午後と晩に能と狂言それぞれの舞台で、いずれも村上湛君の講話から。能の部を拝見。能は〈山姥〉でシテが大槻文蔵師で間狂言に入るのが野村万作師。囃子方は大小が亀井忠雄師に大倉源次郎師。太鼓(三島元太郎)なので所謂「人間国宝」総勢五人が舞台に。こんなことが実現するとは。笛は松田弘之師なのだから、こんな舞台は今年の格別だらう(ワキは福王茂十郎)。


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みなさまには故郷といふものがござゐますか?と湛君の話は始まり「鬼」の話で秋田のナマハゲ👹までいつてしまひ、そこから何う〈山姥〉に還るのか?と思つたが、さすが見事に鬼の話から能の元である大和猿楽に紐解き猿楽から京都の能に至る中での〈翁〉と並ぶ「鬼の芸」の大切、しかし世阿弥は鬼に纏はる話を嫌ひ、それを最下位に置きながらも「鬼の芸」を昇華させ、そして傑作の〈山姥〉が生まれたことを物語られる。この間わずかに20分。これは、またお見事。もはや名人の話芸である。
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本日の〈山姥〉番組はこれ一つ。これで十分。アトがあつたらまさに興醒め。銀六の能楽堂を出るとまだ夕方で明るく数寄屋橋まで歩きサンボア。ハイボール二杯。外に面した店で昏時の一盞ほどうまいものはない。近くにロックフィッシュ。コリドー街にあつた当時、愉快な店だつたがタバコの煙がもはや煙害でハイボールが出される迄も居た堪れず辛いものあつたが何年だか前に移転して(ニュー銀座ビル一号館)こちらは禁煙だといふことを前回、数寄屋橋で津田さんに聞いてゐたので今日はロックフィッシュも。こちらのハイボールは何なのだらう、何かおかしなものが混ぜてあるの?といふくらゐ不思議な美味しさ。サントリー角、ヰルキンソンの炭酸水で陋宅でもサンボアでもこちらでも皆一緒なのだが。

土橋を経て国電のガード潜り再びニュー新橋ビル。こちらの地下に蓼科の清酒〈ダイヤ菊〉供す飲み屋あるのを今日の昼に見つけて、それで探訪。だが惜しいかな第三の土曜日はお休み。ダイヤ菊はアタシがまだ日本酒の旨さなどわかるはずもない小学生のときに福島の温泉だかに自動車で向かつた先考が山間の酒屋に〈ダイヤ菊〉の看板を見つけて「まさか」と喜んで一升瓶を大切さうに買つて帰り「これは美味い」と恭悦だつたのを子どもながらに覚えてゐるのだが今日までまだいたゞいてをらず。蓼科といへば小津安二郎だが小津監督のこの酒をこよなく愛したといふ。新橋鶴橋で寿司でもつまんで、と思つたがサンボアからロックフィッシュにハイボール3杯でいい加減けっこうな酔ひ心地で気分は野村万作師の向上の笑み。ならば帰ることとしようと存ず。水府への車中、渡邊版画でいたゞいてきた『銀座百点』11月号読む。噺家の小朝は若い頃からさすが芝居もよく見てゐる。小朝が芝翫との対談。当代の芝翫も「神谷町」と呼ぶのかしら。もうあそこにお家はない?

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他に寄せ文字の橘右子吉の連載が面白い。かつて公家の遊興だつた「楊弓」が江戸時代になると庶民の祭日の「的屋」(まとや)となり、これの音を変へれば後に露天商意味する「テキヤ」に。また的屋は「矢場」で矢場で弓を解消する矢取り女の仕事が危ないからアブナイ場所を矢場と呼ぶやうになり、これが「ヤバい」の語源とか。寄せ文字といふとアタシらの世代はまだ現役で橘右近がゐて弟子が左近だから、この右子吉はもう右近の孫弟子かと思つたら右近師匠の直のお弟子で左近の弟弟子に当る。水府まで特急で1時間余ぢゃ『銀座百点』通読が精々。