富柏村香港日剩

香港で2000年02月24日から毎日綴る日剩でござゐます

MTR運行システム崩壊

農暦九月初九。雨。朝のテレビで「地下鉄全線が運転に遅れ」と報じてゐて「その程度か」と思つてゐたら新しい運行システムが始発から不正常で全線が手動での運行制御となり(運行史上初)台風や豪雨警報なら通勤通学客も家出控減るところ普通に動いてしまひ驛舎は乗客溢れ大混乱。

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実は通常の25%しか列車が動いてゐなかつたのだといふ。事故もさることながら緊急対応の甘さもMTRに非難轟々。復旧まで6時間要したといふ。

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仙谷由人先生逝去。旧社会党の良心。代議士引退後の弁護士事務所がニュー新橋ビルに、といふ渋さ。和仁さんによると1992年に香港軍票被害者調査で来港の由。香港の保釣活動家たちが魚釣島で逮捕されたときに事態収拾に動いたのも仙谷官房長官だつたといふ。

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仙谷先生といへば「自衛隊暴力装置」発言。自衛隊が合憲違憲の判断以前に「暴力装置とは何事か」とは、と民主党の非常識を非難され、先日亡くなった佐々淳行センセイは文藝春秋2011年5月号「統一地方選民主党に「天罰」を」で仙谷君の自衛隊暴力装置発言が佐々には「侮辱」と怒り心頭。だが仙谷先生ほどの頭脳が語るのは一般的な暴力ではなく「国家のみが戦争での殺人行為や死刑などの暴力が法規以上に認められてゐる」といふ謂はゞ崇高なぼどの国家機関=暴力装置観。萱野稔人『国家とはなにか』(以文社、2011年)あたり、この国家=暴力装置の理屈がわかりやすい。だが、こんなことはなか/\市井では理解されず。亀井静香先生は故・後藤田正晴・元官房長官と仙谷氏を重ね合わせ「骨太の私利私欲のない男だった。今はあまりそんな政治家、いなくなった。英傑落ちる、だよ」と(朝日新聞)。

えっ……マジ?でもわかる気がするなぁ、Size師にとつてはモレイラ騎手と香港競馬での金字塔を建てたいでせう。

香港独立団体が政治的圧力抗議で米国総領事館に請願って運動方針としてどんなものか。

 

茨城県6年連続の魅力度最下位

農暦九月初七。曇。今朝、オクトパスカードが見当たらない。昨夜、自宅に戻るミニバスで使つたのが最後。出かけにマンションの守衛かミニバスで聞くしかないかと思つて家を出たら、マンションの私のフロアでエレベーターのボタンの上に「誰か落としたオクトパスカードは守衛室に届けてある」と英中両文で張り紙(写真撮り忘れ)。無事、受領。拾つて張り紙してくれたのは同じフロアのミセス羅。持つべきものは隣人なり。

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オクトパスは残高0になるとオートチャージなので失くすと怖い。さらにアタシの場合はシャレでオクトパス導入前の「通用儲値票」もホルダに入れてゐるので(しかも家人から借りてゐるもの)これも失くしたくないアイテム。

茨城県6年連続の魅力度最下位…悔しがる知事 : 読売新聞 https://t.co/Pq3WVmJEon

わが故郷・茨城が6年連続で魅力度最下位。この輝かしい記録こそ魅力か(笑)。

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愛着度も愛着度・自慢度とも低く自分も同感なのだから致し方なし。我が家は祖父の生まれまで茨城県北・常陸太田の郷の者だが父は群馬、母は東京の生まれで戦争で茨城に移つてゐるので(養祖母は福島)家庭内は無国籍といふかアタシは水戸生まれ水戸育ちでも子どものころから「こゝから抜け出したい」感あり今、18歳までしか住んでゐない水戸に帰郷しても感覚は魯迅の如し。

水戸といへばオセロゲーム発祥の地でオセロがツクダから発売された1973年当時(水戸発祥といふことは当時あまり知られてゐなかったが)かなり流行つたのも事実でアタシはけっこう強かつた。それにしてもこの世界チャンピョンの11歳の少年の読みにはただ/\脱帽。

▼(蘋果日報)世道人生:面子文化vs恥感文化(李怡) https://t.co/W47bNDcF48
李怡先生、日本は恥の文化、中国はそれに対してメンツの文化、と言つてくれてはゐる。だが“Japan as No.1”とかあたりからおかしくなり、エズラ=フォーゲルら外人がそれを言ふのは勝手だが今日日、日本人が日本のつまらない文化や風習など礼讃のテレビ番組など見てゐると日本も恥の文化どころかメンツ文化ではないか、と思ふ。

今日低頭 明日大鑊

農暦九月初六。薄曇。朝から陋宅で修繕やら家計簿整理して昼前に軽くジムで運動。歌人が鰂魚涌に昼だけ営業で土曜だけ休みだが日曜はやつてゐる評判のニョニャ料理の食肆があるといふので正午に行くと口開けの客となつたが、すぐに満席。美味なる叻沙啜る。Little Nyonya(小娘惹)海堤街18號D9鋪。

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午睡、読書。夕方、野暮用で銅鑼湾の蘋果商店へ。路上がとんでもない人ごみで何かと思へば行政長官のランタオ島東域大規模埋め立て等の政策に反対する市民デモ。

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警察側発表で5.8千人といふのだから万人規模。英国旗なども見られるが余計な港独主張で当局の取締りに遭はぬやう抗議を上述の土建政治と自然破壊に絞つてゐる。西九龍の立法会補選では立候補してゐた劉小麗が香港独立を主張した過去ありと立候補者資格審査で拒まれるリスク回避で香港の市民運動ではベテランの工黨副主席・李卓人擁立に動く。今回は争点が港独や反北京から、この土木政治に転化されることで世論が民主派に靡くか。それにしても1980年代からの香港財閥、ことにHopewell Group(胡應湘)提議の開発経済成長が21世紀に通用すると思つての土木癒着は呆れて言葉もなし。


▼夏以降、Radikoが聞けなくなつた。

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それまではVPN噛ませば(iPhoneではダメだったが)iPadなら聞けてゐたもの。どうやらRadikoVPNと位置情報どころか端末のGPS機能まで察知するらしい。InterFM日曜昏刻の「バラカンビート」が聞けないなんて!……いろいろネットで情報を探つたらGPS機能のないiPod touchなら大丈夫といふ書き込みあり「そういえば、あったよね」とiPod touch取り出してロケーション(時間)をJMTにして繋いでみたら聞ける!これまで陋宅の居間で何年もラジオ代はりにしていたiPad外してみたら、しっかりスクリーン剥離起こしてゐた。

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これまで何年もの勤続に感謝。

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⇧香港で北朝鮮🇰🇵ツアーなど個性的な旅企画するGLOトラベルがおくる梁「長毛」國雄と逝くキューバ🇨🇺年越ツアー! 香港では蔡瀾先生が魁だが著名な美食家や旅行のプロ、作家(陶傑先生ら)が各地探訪の高級ツアーが人口に膾炙して、ついに今日のデモも張り切る國雄兄も蔡瀾先生の後塵を拝す、か。キューバへの長旅だが長毛の場合「共産主義者だから」自分はビジネスクラスはダメよ!

周末土曜の九龍城

農暦九月初五。先週末は休めなかつたが今週は二日確保。家人と、といふより一人でも下手したら1年ぶり?で裏山に入りトレイルコース歩く。大型台風から3週間余、倒木で伐採された樹木から、もう芽吹き。自然の力の逞しさに驚きつ「あゝ、私もこれに負けず頑張らないと」と思ふやうなことは昔はなかつたが今ではしみじみと……我ながら年をとつた。

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昼に半田麺啜る。周末の昼食は他に何かないのか。午睡。読書。少しずつProf. Wu Hung(巫鴻、こちら)の大著『北京をつくりなおす 政治空間としての天安門広場』監訳:中野美代子、訳:大谷通順国書刊行会)を読んでゐる。

北京をつくりなおす: 政治空間としての天安門広場
 

天安門広場の政治空間制は実際に自分の足であの場に立つてみた者にしかわからない。1985年の夏にアタシは初めて天安門広場訪れたが、あの広さと権威にはたじ/\としたものゝ当時はとても緩い時代で広州からの夜汽車で知り合つた英国人T兄と、彼が北京の安宿ですでに北京を去つたバックパッカーの友人から「中共では当時、罰する法律もないあるもの」が遺されてをり、さすがにヒッピーくずれのガイジン多き永定門近くの安宿では匂ふのも何だから、どこか場所はないか?とT兄に相談され、一番広々とした場所なら天安門広場でしょ、なんて笑つてゐたのだから、のどかな時代。そこが4年後に六四屠殺となるのだから。その十年後には北京マラソンで2度だつたか訪れたがマラソンのスタートがこゝで関係者以外立ち入り禁止だつたが家人が香港の何のレースだつたかスタッフ証を持参してゐて、それを翳すと制限区域にも入れたのだから。アタシには祖父が戦前に旅したときの「日譯最新北京詳図」といふ詳細な大版地図あり、これを陋宅居間に額に入れて眺めてゐる。

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夕方、これも久々で九龍城へ。いつもの食材掃貨の順を流していつものやうに金蘭花タイ料理で夕食。数年前までのタイ料理ブームも去つたか。昔は「美味しくて安い」だつたのが今では「美味しいかもしれないけど高い」。二人で普通に食べて6千円です、である。それに比べ日本なら6千円出せば……で美味しいものがサービスも良い環境で、なのだから日本に観光客押し寄せもわかる。外国人客増加は安倍晋三の成果にあらず。むしろアホノミクスで実質的デフレ続いてゐることの影響大。タイ料理屋に掲げられる国王夫妻の肖像画は今もつてプミポン前国王である。

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いつものやうに金満堂で甘味。店猫を愛でる。

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九龍城 金満堂甜品

帰宅してテレビ東京出没!アド街ック天国」見る。三ノ輪の特集。この番組、町の紹介で「アドバタイズ」で「ドラマチックに」を掛けて「アド街ック」なのださうな(今日まで知らず)。

築地から豊洲への市場移転。豊洲に否定的な記事目立つ。「豊洲ブランド多難」といふ毎日新聞の記事で見開きの頁も「市場 潮目の変化警戒」と開業数日で、もうその域の悲観なのか、と思つたら世界株式市場であつた。

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香檳酒

農暦九月初四。今月下旬の母の誕生日に何を贈るか。とらやも日比谷花壇もマンネリでロゼの香檳酒にする。

来年は卒寿迎へる母に酒を贈れることは幸せなこと。自宅飲みの香檳酒もなかつたので帰宅前にLee GardenのEnotecaに寄るが香港の酒類の高値には驚くばかり。Enotecaの隣に開業する日本酒専門店。店主らが懸命に準備するが、どこか納得がいかなぬこと山積みの様子。とくに店頭の酒を展示する樹木モチーフにした棚が気に入らないらしい。納得……どこかダメ。木になる日本酒、しかも四合瓶の箱を並べてもバランスが悪い。

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Lee Garden TwoのWatson's WineでLaurent-Perrierを求め帰宅。

今年春にミャンマー訪れし折、今でもまだ日本国旅券で渡航に査証必要なのも珍しく而も、その業務が国営なのか民間委託なのか一旅行代理店に委ねられてゐて驚いたが民主独裁的なアウンサンスーチー女史来日に合はせたのかミャンマーもビザ不要となり日本の旅券は190国・地域が査証不要でシンガポールを抜き世界一ビザ不要になつたのだといふ。これも安倍内閣の外交の成果か。日本人にとつては言葉ができないので手続き不要は楽であらうし相手国にしてみればカネはそれなりに落としてくれてトラブル起こさぬ点では楽な渡航者といふところ。

 

コンピューターが未来を支配するのか

農暦九月初三。曇。淘宝から何か届いたが通販の記憶もなし。個包見たらAmazon Japanに注文した2019年のダイアリーがAmazonから淘宝経由で届いたもの。かうした巨大ネット通販のルートがどうなつてゐるのかさっぱりわからず。

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早晩に壽臣山。壽臣山といふ場所、島南で李嘉誠邸もあるほどの高級住宅地であり、その眼下には香港でも少なくなつた昔ながらの苫屋並ぶ一帯もあり。

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壽臣山 黄竹坑新圍

家人から、その下層地の入り口にある商店(食料品も売つてゐれば簡単な食事も供す)に見事な雄猫がゐると聞いてゐて、その店先で啤酒飲んでゐると足元に猫餌あり、どこからともなく店猫がお帰り。私を気にするでもなく少し餌を食べては、また店の中に入つたり出てきたり仕事が忙しい。店の女将がスペシャルごはん用意したらむしゃむしゃと食べてゐるところに家人来る。

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少し坂上のところにきれいな黒毛の雌猫がゐると聞き家人にはアタシの飲みかけの啤酒残して坂上にゆきマンションの入り口で管理人が可愛がる黒猫と遊ぶ。

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かつては不便な場所だつたが地下鉄の南港島線開業で海洋公園站出来て便利に。黄竹坑あたりのかつては軽工業の工場ビルが続々とオフィスとなり、昏刻はその退勤者と壽臣山界隈の工事現場帰りのオッサンたちで南港島線の混雑もひどい。
▼昨日、どの雑誌からのコピーかわからぬが堀田龍也・東北大学大学院情報科学研究科教授の「これからの情報教育」といふ資料を読む。これからの時代、例へば農業すらドローンでの田畑の管理からデータ処理といふ時代到来で情報教育が「情報教育が特別なものではなくなり、どんな業種を進路に選んでも必要とされる教養教育」になる、と。「生活が情報化し、産業が情報化する」と如何にも今様だが実は人間生活は原始時代から行為の情報化あり。だがそれを言ふと現代の面白みに欠けるから。いずれにせよさういふ時代なので今の子どもたちは情報技術を的確に用ゐていかなければならない(実はこれはデジタル前のアナログの時代も一緒)。そこで今はデジタルで情報を扱ふだけでなくプログラミング教育まで重視される。「コンピューターがどんな仕組みで動いてゐて、何ができ、何が苦手なのか、私たち人間はコンピュターをどう使っていくことが」必要なのか、と。使はれる側にならず使ふ側に。負けないためには勝つこと。これは隣の部落民を、隣の国を我々の安全保障と繁栄のため、どう襲ひ征服するか、と同じで目新しい発想でもない。それにしても今日日のデジタル時代を生き抜くために本当にコンピューターの動く仕組みやプログラミングが必要なのか。アタシはもはや過去の人類に属すがデジタル世界にどつぷり浸かつてゐるがコンピューターの動く作法もプログラミングも全く知らない。堀田教授曰く、さうした情報技術管理のノウハウこそ我々が「より人間らしく生きていくことにつながる」もので、それが学校教育の役割なのださうな。最後の結論で「人間らしさ」か。それっていつたい何だ? 筒井康隆的には本能も理性も崩れた、動物の中でも抜きん出たキチガイぶりが人間なら情報化といふキチガイな環境のなかで、それにシャブ中のやうに興奮と精神的効用に快感を得ていきてゆくことに映つてしまふ。……では、さういふデジタル情報化社会の中で人間はどうなるのか? 偶然だが今日の毎日新聞夕刊に「コンピュターが未来を支配するのか」といふ六ッかしい記事あり。ユバル=ノア=ハラリ先生の『ホモ・デウス』についてYahoo!の最高戦略責任者(なんだか怖いやうなSFのやうな肩書きだ)だつた安宅和人氏に語つてもらつてゐる。安宅先生はわりに楽観的で一神教の方々にとつての神や全能の人工知能に対して「われわれの描いてきたものはドラえもんですからね」と(笑)。

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朝日新聞(思考のプリズム)國分功一郎「民主主義の内在的欠陥「同等の観念」と政治家」より(こちら)。この連載で國分先生いつもハンナ=アレント引用。彼女の信条とする〈保守〉は今の日本の保守とは異なるもの。様々な政治制度や価値の共有を重視する立場。かつて國分先生は彼女の保守主義に反発すら感じてゐたといふが今まさにアレントの論じた政治の諸条件が崩れつゝあるなかアレントに共鳴感じるのはわかるところ。民主主義の危機。

民主主義の最も重要な原則の一つが平等。これは人類が勝ち取った誇るべき原則。「誰もが平等に尊重されねばならない」という価値観もここから導き出される。だが民主主義における平等にはもう一つ別の側面がある。平等に与えられた権利にふさわしくあるよう、自らの言葉や考えを鍛え上げることが期待されるという側面。アレント古代ギリシアの民主政を参照しながら平等と同等を区別し、後者の重要性を強調。民主主義は民衆に「政治参加の権利を行使するにふさわしい水準の者どもと同等の存在になろうとすること」を求める。だから民主主義社会では「教育による人物の涵養や報道による情報提供などの必要性」を誰も否定しない。民主主義は同等の観念によって平等の原則が単に形式的に実現されるのを退けようとする。言い換えれば、同等の観念が失われたとき、民主主義は自らに内在する欠陥を露呈する。同等の観念の完全な実現は考えられない。現実には、能力や環境の違いによって民衆の間には様々な差が存在するだろう。したがって、それを強制することがあってはならない。

浅学のアタシは今まで考えてもみなかつた平等に対する同等の概念。そこで國分先生は「だが」として「同等の観念が無条件に課されねばならない一群が存在する」といふ。それは政治家。全員が同等の実現に邁進はできないからこそ、自らの言葉と考へを鍛え上げることができた者の一部が代表として政治に直接参画する。ところが現実は全くさうなつてゐない。それどころか「言葉も考えも全く鍛え上げられていない人物」が政治家に。LGBT杉田水脈のやうに。確かにそのやうな人物にも「政治家になる権利」が「平等に」与へられてゐる。これこそ「同等の観念が理解されずに平等の原則が形式的に実現されていることの帰結」でなくてなんであらうか、と。御意。「どうすれば同等の観念を実現できるだろうか」と問ふ時、國分先生はアレントに似た保守主義の中でものを考へざるを得ぬ、といふ。

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靖国の社に遠き島々の命どぅ宝みゆき慰さむ

農暦九月初二。民国107年の双十節。かつては中共国慶節の十日後、青天白日旗が旗めいた香港であつたが今は昔。天気予報外れ通り雨どころか昼から香港全域で大雨。晩に今季初めてで韮とおろし大根の鍋で豚肉のしゃぶしゃぶ。

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▼香港政府リンテイゲツガ行政長官の施政方針演説。ランタオ島東域の周公島、喜霊洲等を埋め立て大規模な住宅団地建設だといふ。これ以上の埋め立ては最後はマカオのやうに全域が一つの土地になるのか、何より海洋の生態系の破壊。そんな埋め立てと自然破壊するより新界の香港ゴルフクラブの広大な土地供与を止め宅地開発だろ、と市民団体。他に香港島と九龍との海底トンネルの料金調整による車両抑制と公共交通機関優遇(これは真っ当)。また電子タバコは莨だけでなく器具や関連産品の販売も全面禁止に、と。それでゐて電子タバコ吸引禁止まではせず。何ら意味なしと喫煙者も禁煙団体も疑問呈す。これは電子タバコ産業せず禁止とだけした中央政府の政策追従以外の何ものでもなし。演説後の記者会見では香港民族党代表を8月にFCCに招き講演させたFCC副代表のFT記者に香港での就労ビザ延長拒み、この記者が曼谷から還ると7日の滞在しか許可しなかつた問題についてはリンテイゲツガ、この判断の詳細は今後も一切公表せぬと突っぱね、この措置が香港の言論や報道の自由に障害となるものに非ずと。何を言つてゐるのか。

香港銅羅湾のExcelsior Hotelが来年3月で閉業。Mandarin Orirantal Hotel傘下。複合商業ビルに建替。

Built on Plot 1, the very first land parcel sold after Hong Kong became a British colony in 1841, the site was originally a warehouse of the British conglomerate Jardine Matheson, located on Gloucester Road across the Royal Hong Kong Yacht Club, and around the corner from Victoria Park.

 1983年だつたか郷里商店街の歳末福引だつたか当選の方が行けなくなつたか、それに便乗なのか母から突然「パスポート持ってるんでしょ?」と電話あり母と一緒にアタシにとつて初の海外旅行が香港で泊まりがこのホテル。当時はホテルから見下ろす湾の避風塘には蛋民が居住する船が何隻も停泊し、屋形舟や料理供す舟も浮かび何とも香港らしさの風情あり。ありがちな中2日の観光ツアーでアタシが日程に加わらず勝手に歩いてゐたが最後の日だけは尖東の日本料理屋での和朝食のあと空港へ向かふ迄は買ひ物で観光バスの中で不貞寝してゐたらガイドのお兄さんに免税店での買ひ物に「買はなくてもいゝから入店してくれ」と懇願された。その翌年に中共入境のために香港で査証取りに再訪で香港は好きな都市だつたが6年後まさかこゝに居住することになるとは。

靖国神社宮司が退任の意向 皇室批判報道で宮内庁に陳謝:https://t.co/brFydXUmcv 陛下のお気持ちを畏れ多くも勝手に詠む
靖国の社に遠き島々の命どぅ宝みゆき慰さむ

▼初代内閣安全保障室長・佐々淳行さん、死去87歳:朝日新聞 https://t.co/s18aZDmrK5

東大法卒で現・警察庁入庁。26歳で警察大学校助教授、34歳で大分県警警務部長、1965年、佐々35歳のときに香港総領事館の領事となり当時、中共文革余波での反英暴動。日本に戻り警視庁警備部警備第一課長になれば70年安保で安田講堂極左対策のプロとしてあさま山荘事件警備実施及び広報担当幕僚長として活躍。45歳で三重県警本部長。防衛庁に移り1984年に防衛施設庁長官(54歳)。中曽根内閣で内閣官房に新設の内閣安全保障室の初代室長。まさに佐々在るところに危機あり、での適材適所か。香港領事時代の反英暴動は、その時の八面六臂の活躍は自著に詳しいが当時を知る方に話を聞くかぎり邦人がそれほど危険な状況に非ず、と。佐々先生らしさの奇書か。2003年12月に香港で佐々先生の講演会ありアタシも拝聴。当時の日記読むと酷評は怨念の如し(こちら)。

 ▼東京オリンピックから54年。NHK NW9で開会式、聖火ランナー入場で開会式に並んだ各国選手団が列を乱し聖火台に上がる聖火ランナーの方に集まり、といふ想定外の事態あり。その貴重な映像残したといふ青山だかの僧侶へのインタビューとその映像。この場面、市川崑監督のドキュメンタリー映画東京オリンピック』にあつたはずで今更なネタと思つたが案の定、その映画の撮影師も健全でその画像も流れる。当時その列を乱した選手団は?といふのが今日のネタのポイントで、日本選手団が列を乱すはずもなく「きっとラテン系だろ」と思つたら、やはり阿根廷の選手らが主。NHKはその選手の証言を得るべくアルゼンチンまで取材に……暇だね。その時の元選手曰く聖火ランナーのサカイ青年が原爆投下の1時間半前に生まれ戦後の育ち、さういふ平和の証のやうな感動から……と何だか半世紀経ちさうした物語が紡がれる感あり。