富柏村香港日剩

香港で2000年02月24日から毎日綴る日剩でござゐます

在大舘遇見蔡明亮

農暦二月十七日。土曜日。曇。朝から部屋の片付け。書架から溢れ出た書籍を整理。鞄も並べてみると、どれも同じ茶褐色。

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手入れもそれなりにきちとしてゐるからだが意太利はフローレンスのConte Maxの医者鞄はもう四半世紀、銀座タニザワの小型ダレスは10年、土屋鞄のランドセルも3年で傷んでゐない。土曜の昼餉はなぜインスタントラーメンが多いのか。最近、金曜深夜のタモリ倶楽部(テレ朝)をストリーミングで見ながら、が多い。午後、銅羅湾へ。「香港の神保町」ださうな古書肆・寫樂堂に本をキャリングケース満載で下取りに出す。

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店主に新刊書等お売りになるなら蔵書印は押さないでくださいね、と注意される。確かに。ところでストリーミングとかキャリングケースとか相応する和語はないのかしら。流動再生とか引摺鞄とか、かしら。中国語なら「複播」とか「运输箱」とか言ひさうだけど。そのキャリングケースは先日、広州東站で滑車(キャスター)のゴムが劣化で切れてしまつたもので、古書肆からの足でそのまゝ中環はIFCにあるダンヒル商店に修理依頼で持ち込み。叮嚀な店長に「当社製品はワールドワイドで修理は承らせていたゞきますが何分にもキャリングケース類の販売はご存知かと思ひますが終了してをりまして、これも海外の修理センター送りになりますので日数もかゝりますが、どうぞご猶予を」といはれる。

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それでも修理してくれるだけありがたい。他の箇所の修理は必要ですか?と尋ねられ、皮革ばかりか合成繊維の質も良く7年使つても傷まないんですよ、といふと店長も本当にクオリティーの高いキャリングでした、と二人で販売中止を惜しむ。FCCで早酒、週末の新聞雑誌の類ひ読み漁る。雨が本降り。大舘(旧中央警察署)へ。昨日は間違へて来たが今日は間違ひなく此処。香港映画祭で今年は3回しか見ない私なのだが今日は蔡明亮監督の映画二本立て。日暮れて雨で暗く大舘の複雑な建物群でさて会場は?とメガネ取り出さうとしたらメガネケースに肝心のメガネが入つてゐない。最近、老眼が進んだ分、近眼がだいぶ治つて普段はメガネしてゐない。大舘の敷地内でJC Cubeといふ、JCつまりHK Jockey Clubがアタシらから巻上げたカネから寄付して建てたCubeつまり設計は旧跡の建物の中に陳腐な立方体の現代建築を据へた構造物なのだらうが、それの場所がわからず百年の歴史ある警察署や刑務所の建物の原型維持で案内板等も必要最小限で小さくJC Cubeの場所に辿りつくのに迷路のやう。メガネがないので最前列。思つたよりメガネかけなくても見られるぢゃない。映画は《光》と《你的臉》の二本。前者はどこか古い建物で美術館か?昨日の講演での「在美術館」からさう想像したが朝日が建物の周囲の樹木、そして建物の外壁にさしてゆくのをゆっくりとした映像で並べてゆく。

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空も朝靄から晴れて建物を正面から撮し出すと、そこは台北の中山堂。その建物の中に入り今度は窓からさす光が床や壁を輝かせるのを延々と写す。中山つまり孫中山孫文の名を冠り正面は東向きで朝日を浴びて大陸を向いてゐるやうだが建立は昭和11年で旧・台北公会堂。設計は台湾総督府営繕課の井出薫。蔡監督はこの公会堂を愛をしみ作品も此処で何度も上映されカフェも自分が手がけるなどしてゐる。その公会堂へのオマージュがこの映像作品なのだらうが正直、見てゐて食傷気味。最後にこの公会堂にある黄土水(1895〜1930)のレリーフ「水牛群像」が光のなかに映しだされる。

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黃土水は台湾出身で初めて東京美術学校高村光雲に学び官展に入選した台湾近代美術の先駆。そして「中山堂の82年の歴史に敬意を表して」の文字で終はる。続く《你的臉》は叔母さんの顔のアップから始まる。

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何分も何も喋りもせず監督が「どう、気持ちは?」等と問ひかけ「何か撮られてゐて不思議な気分」とか呟く。老人、叔父さん、ハモニカを上手に奏でる老父……と延々この顔の映像が続き、このぶんでは最後だけ、それまでの登場人物とは違ひ彼らよりはまだ若い李康生か、と思へば案の定。李康生が子どもの頃の話など訥々と語り最後に「もう自分も若くない」と。それで終はるのかと思へば最後に、この作品もそこで撮つたのであらう、中山堂の大写しで終はる。映像の中で「いかにも環境音楽」が流れてゐるのか、また音が消え、また流れ……でエンディングタイトルで作曲・編曲は坂本龍一。二本ともアタシにとつては「気だるい」作品だつたが上映終はると観客から拍手起きて「みなさん、これに感動か」と思つたら舞台上手袖に蔡明亮監督と李康生のお二人。これからQ&Aである。これの苦手なアタシはお二人の入場に最前列中央の席を離れたが、何だか失礼なほど目立つ。ごめんなさいね。蔡明亮は1991年だつたか撮影中に偶然、台北は西門町のゲームセンターで当時24歳の李康生と遭遇して翌年、このズブの素人の青年を主人公に抜擢して《青少年哪吒》 を撮り、これが台湾新潮流と評判となり寡作の監督だが1994年の《愛情萬歲》 や1997年の《河流》など李康生を主人公に作品を発表、この頃の作品がアタシは大好き。


1998年の《洞》や古い斜陽の映画館舞台にした2003年の《不散》など不条理に降り続ける雨が印象的。


 この頃から作品は更に観念的になり実験映画のやう。修行僧になつた李康生が街を静止からわずかに動く程度で彷徨つたり池袋のサウナで夜中に安藤忠信と遭遇し全裸が少し話題になつた《無無眠》など。


 そして今回のやうな世界へ……。アタシには「よくわからん」である。ゴダールならゴダールの世界、成瀬巳喜男しか撮れない物語、マンネリでゐて味わひ深い小津、最期まで新作に挑んだ黒澤……さういふものであらう、本来は。外は幸ひ雨も歇んでゐる。中環の路地に健康食品拉麺。かなりの盛況。湾仔に分店もできて本店は慣れぬ店員ばかりであたふた。日本酒をコップ酒でもらつたらコップを枡に入れてきたのはいゝが溢れた酒を受ける為の枡なのにコップに九分ほどしかついてくれず隣席の英国人夫婦が興味深さうに見てゐたが「ちゃんと溢れるほど注いでくれ」と言へず。塩味の野菜ラーメンの大盛りの野菜の具を肴に酒を飲み麺を啜る。

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Which language is common for Angela and Emmanuel to talk? English, no more French for diplomacy. English in EU as Lingua franca without UK.

  • A friend of mine, DH from Oxford said “There will still be at least one English-speaking country in the EU (and probably a couple more in a few years' time!)…” DH, please don’t forget Malta!
  • Another friend TG from Lympstone said “No more English language for you Europeans. We are taking it with us when we leave and you will be left with only your hands to communicate!”

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Mrs May has a last chance to show she is ready to put Britain’s prosperity and security ahead of narrow partisan interests. History will not forgive her if she spurns it.

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Italy becomes first Western European power to sign up for China’s belt and road plan https://t.co/dsdIPnoyjg via @scmpnews

China’s leaders should study James Bond films - Chaguan https://t.co/9aZWtV4RZk

Privately, smart Chinese policy types lament their country’s new fondness for boasting. Many Chinese officials will… https://t.co/ZZnPzNAKq2

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エクセルシオールホテルも閉業まであと1週間となりぬ

在美術館……遇見・蔡明亮

農暦二月十六日。あれこれ身体動かす野暮用済ませ燈刻に空腹覚へ丸亀製麺でうどん啜り湾仔のバーMに独酌。今日は百閒マティーニ

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晩に香港映画祭関連で台湾の蔡明亮監督のトークあり中環の大舘へ。中環からミッドレベルのエスカレータから大舘が直結とは知らなんだ。さて会場は、と荘月明文化中心は?と案内図で見ながら「ちょっと待て……」で荘月明文化中心は香港大学構内と、先日だつて宝生流の能を見てゐるぢゃないか、そこで。何たる勘違ひ。てつきり大舘と。ちなみに荘月明は李嘉誠の先妻の名で荘月明が香港大学OBで、それを冠名とした施設。蔡明亮監督のトーク は19時半開始で15分前。Caine Rdまで上がり路線バスに飛び乗り香港大学へ。5分ほど遅れて会場入り。タイトルは「在美術館……遇見・蔡明亮」で監督は台北での美術館での映画上映や映像メインとした企画について熱く語る。

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映画は映画館で見るものだが自分の作品は商業的な娯楽作品に非ず商業上映では客も集まらないと苦笑しつゝ自分の作品を見たい観衆にどう応へるか、で思ひついたのが美術館で、美術館は入場料を払へば閉館時間まで回遊して自分の見たい作品を自由に好きに鑑賞できる、しかも美術館の建物ぢたいが優れた作品であり、その中に身を置くことの快適。そこで映画館で上映ができないか、しかも「閉館時間まで好きに」なら「閉館しなければ朝まで」といふ発想に辿りつき映画上映、トーク、音楽など盛りだくさんで観客には寝袋持参で朝まで好きに……の実現。映画が放映されてゐるスクリーンの前で映画を見ずに寝て貰つてもよい、自分の作品が眠気誘ふのも本望、と。アタシも実は何年前だつたか台北師範大学での夜通しの、このイベント覘いたことあり。監督のやりたいことはわかる。だがアタシはやはり映画は映画館で映画を見れば良い、と思ふので、かうしたイベント性にがアタシの琴線にはあまり触れず、かうして監督のトークショーに来てはみたが映画上映の際の監督や俳優とのQ&Aは苦手で、それが始まると早々に場を辞す方なので今晩も一寸「ふーん」といふ感じであつた。香港大学は今ではMTR直結だが帰路は路線バスに乗つたらRobinson Rdまで上がる40M系統だつたのでミッドレベルで下車。2002年までだが住んでゐたミッドレベルも次々と高層マンション建ち様変わりだが路地を抜け乱歩的な暗がりの怪しい階段道を下り上環へ。やはり夜分といふのは乱歩や百閒のやうな世界ぢゃないと面白くない。今日は気温が摂氏28度まで上がつたが春らしい多湿で風もなく身体がまだ暑さ慣れしてをらず歩いてゐてびっしょりと汗をかく。額から首筋へと汗もいやらしい。

大公報の李怡攻撃

農暦二月十五日。暦では春分なれどすでに初夏の如し。面白くもないが無料なので毎日目を通す大公報で今日は香港のリベラル派論客・李怡先生に執拗な言論弾圧的攻撃。

李怡就不怕報應⁈/關 昭
この社説だけかと思つたら7面だつたか全面使つて。

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李怡下流缺德 《蘋果》狼狽為奸

文人淪文痞 甘為走狗吠忠良

梁振英:必須為死者討公道

政界紛斥李怡無恥《蘋果》丟格

醜陋的斯文敗類/蔡樹文
香港の一言論人だが国家転覆謀る危険人物扱ひ。中共ぢたいが民国期には国家転覆謀る革命勢力で弾圧されてゐたわけで当時の武力闘争も辞さぬ行動に比べれば李怡先生など中共の必要悪としての体制を理解した上での言論活動なのだが、それすら依怙地に攻撃する中共=巨大カルトが怖い。

広州、小米(xiǎomǐ)

農暦二月十四日。薄曇。朝食かはりに香港から持参の文明堂のどら焼き頬張る。朝7時から開いてゐるはずのヘルスセンタに行くと閉まつたまゝ。部屋で宿泊案内見て見ると利用の場合は事前に電話予約を、とあり。つまり誰も利用しないなら開けないのは合理的か。鉄道切符は窓口に何時間も並び押し合ひ圧し合ひ小さな窓口に現金を抉じ入れ切符を入手し数日後の列車を確保したのは過去のこと。高鉄でその日のうちに大陸を縦横無尽に移動できるのだから站前旅館の必要性も薄れて宿泊需要も減り経営も難しいところか。昨日に続き今日も半袖のポロシャツで汗かくほど。今日は広州本站から地下鉄5号線で一駅の小米へ。地下鉄に乗るたびに潜るセキュリティチェック。混雑してゐると列になる上に未だに我先にと少しでも前に割り込まうとする連中にうんざり。広州本站でアタシの前に潜った幼子連れの若い母親はさっさと自分が進んでしまひ幼子は放つたからしで幼子はゲートでうろうろしてゐた上に荷物チェックのベルトコンベアから荷物を受け取つた母を真似て自分もアタシの荷物を受け取らうとする。ベルトの巻き込み口あたりに手をついたものだから手が巻き込まれさうでアタシは瞬間に幼子の背中を引きずり自分の荷物を取り、ひやひや。こんなところで物盗り等ゐないと思ふが誰もが自分の荷物の受領に必死で、この母親もそれに気を取られてばかり。アタシが幼子を退けて荷物を取つたのを見たものだから母は幼子に「何をしてんの!」と怒り娘は泣き出し、その上でこんな子どもが荷物に触らうとしただけなのにアタシがそれを押しのけて荷物を取つたものと誤解。アタシの方にさんざん悪態示してみせるがアタシがそれを無視して歩き改札を抜けると未だ怒つて「あの白いシャツの男!」と怒鳴つてゐる。地下鉄の職員が来てアタシを引き止める。あの女性があなたが娘のことをつかんで退けたものだから背中に赤い痣が出来たと怒つてゐる、と。通りかゝりの世話焼きのオヤヂも割り込み「何が起きたのだ」と。アタシが職員にセキュリティチェックで母親が娘を構はベルトコンベアに手を挟まれさうになり、どれだけ危険だつたか、それで咄嗟の判断で娘を退けたのだ、と説明すると職員も世話焼きも状況理解したやう。その場を離れやうとすると母親の怒りは収まらず職員は私らを追いかけてきて「戻って」と請ふ。一言、謝つてといふので謝る筋合ひなどないが母親に「申し訳ございません」と嫌味たらしく慇懃無礼に申して「子どもも小さいのだから、ちゃんと見てないと危ないよ、この手がベルトコンベアに巻き込まれたら大変なことになつた」と諭すと母親はメンツの問題で未だあれこれ捲し立て怒り心頭だが無視して、その場を立ち去る。不愉快千萬。小米へ。昨晩訪れた三里元がアフリカ相手の繊維なら、こちらはさらに扱ひ品目の多いアフリカ相手の商業地域。小米站を出ると新泓匯商貿城を中心に「まるでアフリカ」。

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街路に面した飲食店も回教徒相手。元々、中共は新疆を併合し回教徒も漢族にもゐるわけでハラルの飲食店経営も珍しくないが、それがこの小米では中近東から北アフリカの人々多きエリアでは繁盛する。一軒のトルコ料理屋に入り早めの昼餉。

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このアラブ&アフリカの人たちの生活を見てゐると商行為も男は男、女は女でトルコ料理屋も仲間内の男連中ばかり。食後、外に出ると霧雨。傘もなかつたが濡れる程でもなく路地に入ると暗渠が川となり都心でかつてはドブ川だつたのだらうが環境整備できれいな静水が流れ川岸も遊歩道を整備して立派なもの。

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これは評価されるべき環境美化だが中共の場合、環境整備は自然環境、都市環境に留まらず市民生活での思想信条までだから。このあたり北园社区。しばらく歩くと広州四大酒家の一つ北园酒家が落ち着いた寺社かと思ふほどの立派な門構へ。越秀北路の閑静なマンションエリアを抜け越秀公園の南の接龍社区へ。古い集合住宅群と路地に並ぶ小さな商店、鬱蒼とした樹木がとてもいゝ感じ。應元路を渡り南の天香社区、三友里社区へ。路地から路地を歩く。東風中路まで出る頃に雨が本降り。西行きのバス停があつたので適当に来た路線バスに乗り地下鉄でいへば西場站に接する和平新村の団地へ。雨は幸ひ歇んでくれたが、かなりの本降りだつたやう。こゝは整備されすぎてゐて路地もなし。環市西路からまた北行きの路線バスに乗る。内環路は広州站に向かふロータリーがかなりの渋滞。路線バスは北へ、昨晩訪れた三里元の方へ。昨晩に比べると昼間はアフリカ人相手の問屋街もそれほど賑はつてをらず。三里元で昨晩歩いた高架道路の西側とは反対、東側に昔からの三里元村あり、そこへ行つてみることに。バスを降りると此処は清末に抗英闘争盛んだつた場所で記念館などあり。そこから村の中央を南北に抜ける通りが「抗英大街」なんて名前で古い建物をそれなりに古めかしく改修して、そこに土産物等売る、どこにでもある歴史的名所を観光化した商店街あり。そんなところは興味もないので路地から路地に入る。

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500m四方ほどの村には三、四階建ての建物が隣接する建物とほんの30cmほどの隙間で林立し、いつたいだうやつて建てたのか不思議だが、この狭いエリアにいつたい何万人が暮らしてゐるのかしら。それでも薄暗い路地は風通しもよく涼しげで住民がのんびりと歩き店々も開いてゐるのか店員が昼寝してゐたりのんびりとした風情。路地はあちこち行き止まりばかり。村を出たいが迷路にまよひこんだやうでなか/\進めず。やつと一本だけ村を西に出る少し太めの明るい通りに出て三里元の地下鉄站へ。旅荷預けてゐたホテルに戻る。ロビーには衣料品など買出し客の荷物多し。一人で大きな段ボール箱14、15個もある客が、これを狭い客室でどう整理したのか大したものだがホテルの職員が「預かるには荷物が多すぎる」と困つてゐる。地下鉄で10站も乗つて広州東站へ。広九鉄道の列車は客席は半分ほどしか埋まつてをらず。やはり高鉄の影響なのか。通路挟んだ席の老夫婦があまりにうるさいので空席に移る。香港に戻る。二日間、広州のアフリカと市街地に再開発を逃れ未だ残る路地のある生活域をすつかり堪能。いずれも中上健次なら面白い物語にするところだらう。

広州三元里

農暦二月十三日。薄曇。MRT荃湾線は金鐘〜中環間が今日も不通。港島東から紅磡に路線バスで往くのに直接の影響ないものと思ひつゝ少し早めに家人と家を出る。紅磡の驛舎も沙中線乗り入れで工事中だがコンコースは何も変はり映へもせず。広州まで相変はらず我々には高鉄に乗る選擇はなく広九鉄道の直通車で08:15発の上り始発は広州市街に往くには便が良いからだらう結構な混雑。車内の冷房キツく防寒具とマフラー、マスクで暖をとる。

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今日は深圳から中共に入るとVPNが使へる。広州東站に到着。鉄道では一つ先の広州站に行きたいのだが鉄道はもはや長距離旅客運輸に特化されてをり広州東→広州行きがない。正確には東站発で広州站にも止まる長距離列車もあるが、この数分間のために寝台車や軟坐の切符手配するほどのは酔狂すぎる。となれば地下鉄だが地下鉄も広州東站から1号線で人民公園前站乗換へで2号線で10站もかゝる。

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路線バスも直通はなく広州站手前の越秀公園までで、そこから歩くことになるが今日は気温摂氏28度まで上がるといふし大気汚染もひどく運悪くダンヒルのキャリングケースのキャスターが片方ゴムの劣化あり。地下鉄で広州站へ。広州本站に来たのは20数年ぶりかしら。広州に来ても東站に近い珠江新城あたりばかりで旧市街に来る機会がまず、ない。広州站といへばかつて数万の「盲流」と呼ばれる当てもなき出稼ぎ者たちが屯して社会問題となつてゐたが今では就労の機会もアプリの時代。広州站前は盲流などゐる場所もないほど公安が広場を管理して鉄道切符を持たなければ站前広場から站社にも近づけぬほど。かつては站前に立つと広い内環路の対面に流花賓館といふ大きなホテルがあり広州に到着すると目立つ建物だつたが今では高速道路が遮り周囲の建物も高層化され流花賓館も目立つことはない。今日の宿泊はこゝ。老朽化した驛前ホテルで選択肢にしづらいが家人のCXのマイレーヂポイントの残り僅かあり広州で見たら、この古いホテルがやつと1泊で今回は温故で(とても知新とはいへない)20数年ぶりにこゝに投宿。前回は確か西安から広州に鉄道で戻る際に内陸の大雨の影響で揚子江が記録的水位上昇、武漢一帯から水害に見舞はれ我々の乗つた列車も揚子江渡れず足止めされた時。半日近く漢口で寝台車で復旧待つたが目処も立たず武漢〜広州の切符を捨て漢口に降り駅前のホテルに部屋を取り航路は鉄道網混乱の影響で混雑してゐたが翌日の広州行きの席が確保でき広州へ。香港に戻る広九鉄道の夜便に間に合ふかどうかも不確かで当時はまだ広九鉄道も東站開業前で本站発だつたため武漢から広州の白雲空港に到着して、このホテルにへとへとで逗留したのであつた。当時のホテルはいかにも社会主義モダニズム然とした外観だつたが今は正面だけミラーウォールにして余計にチープ。チェックインは午前11時過ぎだつたが客室宛がつてくれ下榻。


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床のコンクリートに張つた絨毯はすでに薄煎餅のやうに毛羽もなく壁紙もあちこち捲れが目立つ。無賃での宿泊であるし「かういふものだらう」といふ予想を確かめるやうな宿泊なので驚きもせず。昼過ぎに出街。人民北路を南に歩きだすと思ひ出すのは35年以上も前のアタシの初中国の旅。朝、香港を出て深圳経由で午後の二時過ぎだらうか6時間!かけて広州に到着し広州站から重いリュック背負つて、とにかく珠江沿岸まで歩かうと歩き出す。満足な地図もなく猛暑に重い荷物で流花公園を過ぎ東風西路辺りまでは歩いたのだらうか、そこで「絶対に乗らない」と決めてゐた当時は珍しかつたタクシーに乗つてしまつたのである。今は昔。人民北路は站ちかくは站に向かふ一方通行だが站南路まで来ると南行きの路線バスがあり、それに乗り旧市街の中心に近い広州市第一人民医院で下車。広州の名刹・光孝寺の門前へ。この浄慧路は文字通り仏具や精進料理店など軒を並べる。東へ漫ろ歩く。珠海北路越へると路地に「利工民」あり。

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1922年に広州で創業の肌着老舗。戦後は香港で成功し香港ブランドとなつてゐるが、それの本舗が此処。香港は香港製造が売りで、こちらも広州製造でやつてはゐるが香港の分店にお株取られてゐる。この一帯は清末から民国時代の広州の中心地で古い建物少なからず。

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南北は解放北路、東西は中山路越へると人民公園こそ緑地を保つが商業区域で歩行者天国の通りに大型店並び中国のどこにでもある消費場所。此処にも大佛古寺といふ古刹あるが中山路側には唖然とするほどの仏教風高層建築あり。

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これでも上海の静安寺の開発に比べたら、ずっとマシ。北京路の商業地域歩いてゐても目眩するほどなので路地から路地へと。路地裏のお世辞にも美味しいとはいへぬ福建料理で遅い昼餉。路地はまだ相変らず昔の中国のまゝで、そこにカフェやかなりのレベルで欧州文学・哲学、中国の民国期の文学者・思想家の手記や書簡集、日記等揃へた書店もあり。

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路地から路地を抜け人民公園の北にある広州市政府横から中山記念堂に辿りつき、そこから地下鉄で2站なのだが站前のホテルに戻る。夜は三元里へ。広州站から地下鉄2号線で1站の一等地で昔から衣料関係の問屋多し。そこにアフリカからのバイヤーが押しかけるやうになり「広州のアフリカ」と脚光浴びた一帯。アフリカ人相手の問屋街に入ると中国人は問屋や運送関係だけで路上や店先はアフリカ人のほうが圧倒的に多数。

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飲食店もアフリカ火鍋だとかモロッコ系ファーストフードなど。繊維問屋が軒を並べた大きな集合ビルの横のスロープ降りた地下にあるアフリカ料理屋に入る。中国人の経営者らしき女将はアフリカ人の客や従業員を見渡してみせ「此処はアフリカ料理だけど、わかってるの?いいの?」とアタシらに念押し。

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ナイジェリア産のラガービールが美味い。アフリカ産のビールはこれだけで他にも並ぶ缶はいくつもがノンアルコールの麦芽飲料。やはりイスラム教で酒を飲まない客が多数。


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トマト味で煮た鶏肉料理と野菜、煮豆で白飯。三里元は清末から民国時代にかけ広州では北の城外で蜂起や活動の拠点となつた一帯。集落も未だ再開発を逃れリゾームのやうな一帯を歩く。十三夜の月。スマホで見たら今日は15kmも歩いてゐた。ホテルに戻りヘルスセンターのサウナに一浴のつもりが案内では23時までとある施設は22時でもう終ひの時間だといはれる。

農暦二月十二日

農暦二月十二日。晴。未明にMTR荃湾線の金鐘〜中環間で試運転中の列車がポイントで衝突する事故あり始発から、この区間運休。


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荃湾線は金鐘での折り返し運転で通勤客に混乱あり。乗客乗つてをらず運転手らも大した怪我もなく幸ひ。MTRでは新しく導入した運行管理システムの試験中。MTRは沙中線の紅磡站工事での工事手抜きで安全性疑はれるなど問題多発。晩にNW9眺めてゐるとトップニュースが奇抜な格好で夏のオリムピック現地応援する「オリムピック爺さん」逝去。オリムピックといへばJOC会長の竹田宮辞任ぢゃないか?と思ふが次のニュースはゲノム編集食品で、それも安全性の問題より血圧下げるトマトだとか食中毒起こさないジャガイモだとか脚光浴びる技術から話題始まり遺伝子組み換へとは違ふ点強調され生産者の事前届出だけで販売ができる方向だとか。欧州ではゲノム編集食品も遺伝子組み替へ食品同様の規制あるが米国では規制なしで日本はさすが米国隷属と呆れるばかり。このあとニュースは探知機「りゅうぐう」の話題から内田裕也逝去。イエメン内戦等報じたあとで竹田宮JOC会長辞任は30分過ぎにコメントなしのニュースの一つでチョン。重要なニュースを封じる意識の欠如。

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築地H君より数日前に講談社『群像』2019年4月号「追悼 橋本治」から船曳健夫「おーい、橋本」を見せられる。1967年に東大入学で同じクラスとなり零細の歌舞伎研究会に入つた二人。橋本治の船曳への熱い恋心、それに応へられない船曳。

香港ダービー

農暦二月十一日。薄曇り。本日は香港ダービー。1996年までハッピーバレー市街の狭いアパートに住んでゐて早朝の試走や水曜晩になると坂上の厩舎から競走馬が競馬場に向け引かれてゐたが競馬には興味もなかつたのが香港返還のあと1998年だつたかアタシは突然競馬に目覚めた。当時は1998年の香港国際のヴァースを制してレーティングを142までに上げたIndigenous(原居民)が君臨。1997年のダービー馬Oriental Expressも絶好調。1998年のダービー馬Johan Cruyffはダービー勝利以降この2頭や香港カップでは日本馬のミッドナイトベットの優勝にいつも2着で甘んじてゐた。忘れもしないのは1999年3月末の沙田での香港金盃(芝2000m)で、これが原居民にとつて最後の勝利となるのだが惜しくもクビ差で2着がJohan CruyffでOriental Expressは4着。その香港金盃の数週間前に香港ダービー史上最大の珍事あり。Holy Grailがオッズ99倍以上でダービーを制し2着も99倍以上のCommander Charlieで馬券は大変なことに。あれから20年。昼前に沙田競馬場

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MTR東線の一等席で乗り合はせた向かひの如何にも大陸然とした女性の威容が凄い。これはもはや「大湾美人」とでも呼ぶべきか。観戦施設Hay Marketでお一人様。昨日早茶したO氏から香港ダービーに来ると連絡貰つたとき、さすがにダービー開催日でこの施設もかなり席はなかつたがカウンターの1人席だけ辛うじて空いてゐて数分後に予約しようと試みたら既に爆満。O氏は会員席観戦か。

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昼食に豪州産のローストビーフ選ぶと焼き加減を尋ねられる。冗談で「レアに近いミディアムレア」と注文してみると後から「ローストビーフはミディアムだけになります」と。そりゃさうだ。カンンターで隣席になつた御仁のビュッフェの食べっぷりが凄い。オレンジジュース飲みながら刺身に始まり菓子パンなど大食ひしたあとローストビーフ。それだけでも驚いたがメインディッシュのあとにシーフードである。

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そんなことより競馬に集中しなければ。R4までの負債をR5の単勝で取り戻す。R3のデビュー馬の調教データでSTは沙田、HVはHappy ValleyだがCHとあり「どこ?」と思つたら広東省の従化(Cóng Huà)のトレセン。競馬も香港から大湾区化してゆくのかしら。

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R7(Class-2芝1200m)ではデビュー以来4連勝負けなしのFull of Beautyの5連覇見届けR8が香港ダービー。一番人気はSize厩舎でMoreira騎手、香港で5戦4冠1亜と絶好調のWaikukuでLor厩舎のDark DreamとFuroreが続く人気。Size調教師は4頭も出てゐるがSize厩舎で調教助手だつたLor調教師も3頭で今季の調教師のリーディングもSize52勝に対してLor39勝とLor師の活躍が目立つ。知己の馬主W氏のSunny Speedが14頭だて11番人気だが3枠と有利。ご祝儀でSunny Speedを入れた三連単でWaikukuとDark Dreamに。結果、3番人気のFuroreが優勝で2着に最後尾から来たWaikukuでSunny Speedは3着に。Dark Dream4着で見事に2〜4着を的中。

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あと1頭入れたら間違ひなくFuroreでHK$5,511の三連単外したのは屈辱的。Sunny Speedの複勝がHK$117ついただけでも嬉しいところだが。地場の調教師のダービー優勝は2001年、簡師がインダストリアルパイオニアで、以来。残り2レースの馬券だけ買ひ競馬場を後に。結果を見るとR10(Class-2芝1400m)で複勝購入してゐたEncouragingといふ馬が6番人気ながら1着で単勝は20倍、これの複勝と1番人気馬との連複もゲット。このEncouraging馬、当初の出走予定馬(Kingsfield)取消しで補欠からの持ち上がり。C Wong君騎乗の予定だつたのだがR4でC Wong騎手落馬で、その後欠場となりK C Leung騎手に乗り換へ。C Wong君は見習ひながらリーディング6位で勝率11.9%、それに対してKCL騎手は勝率4.4%であまり期待できなかつたが補欠からの持ち上がりで騎手交代で2+½馬身差で余裕で勝つとは。競馬はやはり面白い。晩に昨日のブラタモリ(鳴門編)とアド街ック天国(日暮里)を見る。ブラタモリ鳴門海峡から断層の中央構造線の話となり鳴門にあつた第一次世界大戦での捕虜収容所の話へ。最後は貝多芬の第九がアジアで初めてこの地で、で〆るのか?と家人に話たら予想通り。

▼大灣區大紅包高端人才享「港稅」 https://t.co/WQd8gl6BAO

今朝の大公報で「大湾区」への香港人材投入でかねてから焦点となつてゐた所得税の扱ひ。国内で年間半分以上働くと所得税の納税対象となるが香港の所得税(上限で所得の15%)に比べ国内の税率が高い。そこで優遇措置として簡単にいふと香港での所得税額超へる国内での納税額については補填。大湾区といふシステムはもはや一国両制といふ理念など超へ現実に着々と整備される。一国両制は香港のこれまでの制度の維持から国内とのシステム統合でのまるで支障のやう。

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