富柏村日剩

香港で2000年02月24日から毎日綴り始めた日記ブログ 現在は身在日本

家永真幸『台湾のアイデンティティ』文春新書

辰年五月初九。気温摂氏18.6/31.1度。晴。今からもう夏バテ。梅雨は本当にあるのかしら。

家永真央『台湾のアイデンティティ「中国」との相克の戦後史 』(文春文庫)読む。これまで台湾の近現代史はそれなりに知つてゐるつもりだつたが大切な歴史の流れのなかでかなりいくつも見逃してゐたことがあつた、と思はされた。かなり勉強になる。

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台湾で昭和5年に竣工の水利事業 嘉南大圳 に尽力した 八田與一(1886〜1942)について台湾と日本のそれぞれの「解釈の差異」についての分析はまことに見事。さうなると同じ台南で飛虎将軍(杉浦茂峰)についてはこの飛行士が台南郊外の集落への墜落を避け最後まで操縦桿を離さず田圃に自爆し戦後、飛虎将軍として台南で神格化され今でも廟で「君が代」や「海ゆかば」が流れることなどどう理解すれば良いのか。

「飛虎将軍」故杉浦茂峰氏について - 水戸市

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この書籍を図書館に返納してしまつてからメモを取るのを忘れてゐたことに気づいたのは「あとがき」で著者がこの著作の一つの目的に台湾を理解するにあたつて左翼人士の台湾の近代史に関する見方の誤解の是正云々と書かれてゐた点についてといふこと。メモもなく記憶も曖昧なのであれこれ書けないが確かにこの著者とこの著作はこれまでの台湾近現代史の分析においてかなり正鵠を射る(得る)ものだとは思ふが歴史の理解に正当などないわけで……だが「あとがき」に何が書かれてゐたかの確かめもできてゐないので、この部分かう書いてゐて曖昧でごめんなさい。

台湾のアイデンティティ 「中国」との相克の戦後史 (文春新書)

肉骨茶

辰年五月初八。気温摂氏18.8/26.1度。曇。所謂「花いっぱい運動」で水戸市は「住みよいまちづくり推進協議会」といふところが町内会や学校等、公共施設に花苗を年に何度か提供。サルビア、アゲラタムとマリーゴールド。それを受け取りボランティアで或る施設で地植ゑを一人作業でやつてあげたのだが曇天で、けして猛暑ではないが暑さがやはり身体に堪へる。家人が気遣つて肉骨茶を夕食に用意してくれた。肉骨茶は冬瓜*1と排肉=豚の骨付きばら肉(肋肉)、それと「これが大切」なのだが上質の白胡椒。陋宅での家人の肉骨茶は大量の大蒜も甘味出すのには大切。香港では街市で排肉も冬瓜も容易に手に入るので骨肉茶は陋宅で定番だつたが家人によれば日本に戻つたら排肉は超級市場で見つけても冬瓜がない、たまに冬瓜があつたと思ふと排肉がない、で肉骨茶を作るのになか/\タイミングが合はない、と。

*1:文字では冬の瓜だが瓜はこの初夏から夏の野菜で今が旬。生のまま保存すれば冬でも食べることができるため冬瓜と呼ばれるやうになつた。

ダライラマ六世恋愛詩集

辰年五月初七。気温摂氏18.5/29.3度。晴。福島の伊達で摂氏35.2度を記録(伊達は家人の佐倉に住まふ父の郷里)。

岩波書店のX(Twitter)でこの表紙を見たときは何だこりゃ?とあばらかべっそん。『ダライラマ六世恋愛詩集』で、これは岩波文庫の表紙ではなく表紙の上の販促用の帯といふかカバーであつた。そりゃ目立たせて普段の岩波文庫の読者ぢゃない層を狙つたのだらうが、それにしてもなんて耽美。

一般に化身(ここではダライラマを指す:富柏村註)は幼少の時から(チベットの次の数十年を担う存在として)英才教育を受ける。両親の許を離れ、僧侶に囲まれ、まったく俗世と異なった世界で養育され、宗教指導者としての人格を形成していく。稀にその重圧に耐えられない化身もいるが、ほとんどの場合には周囲の周到な配慮により、宗教的なカリスマを具えたリンポチェと呼ばれ、民衆の崇拝を一身に受ける僧侶として育っていく。化身は、生まれつきのものではあるが、それ以上に養育されたものである。(今枝由郎)

ところがダライラマ6世の場合、その特殊な背景*1幼少期の養育が十分にされず突如、観音菩薩の化身でありチベット仏教の最高権威となつたのだから重圧だつたのは当然。1702年に彼は数への二十歳で正式な僧侶として具足戒を授かる歳となつたが、それを拒んだばかりか周囲の説得も受け入れず還俗。歴代のダライラマで史上初、唯一の例外となつた。

イエズス会宣教師*2が残した記録文書にもこの還俗のダライラマについての記録があるのださう。

ダライラマ6世は、放蕩の若者となり、あらゆる非行癖をもち、全く堕落しきって、救いがたいものになっていた。彼は頭髪に気をつかい、酒を飲み、賭けごとを始め、とうとう娘や人妻、美貌の男も女も、彼の見境のない不品行から逃れることは難しくなった。

この恋愛詩は詩心などほんとうに乏しいアタシでも一寸うっとりするほど艶かしい。だが文庫のカバーのやうな後世こんな外見の美化は先日の日剩(こちら)で見た通り勝手なものである。

ダライ・ラマ六世恋愛詩集 (岩波文庫)

香港の終審法院(最高裁)で英国籍の非常任裁判官が辞任。香港の法治の危機をFT紙に寄稿。法治世界の者にとつては極めて常識的な香港司法への憂慮。だが香港政府=中共🇨🇳にとつては香港の法治に対する偏見に満ちた意図的な罵詈雑言と映る。

*1:偉大なるダライラマ5世は1682年に亡くなり6世はその翌年に生まれてはゐるが5世の死は隠匿されたまゝ摂政(サンギュギャンツォ)の治世続き1685年には後の6世が化身とはされたものゝ認定は一歳公表されず少年は家族とも/\軟禁状態に置かれ数へ年15歳で化身であることが告げられた。

*2:イッポリオ=デシデリ(1648〜1733)による伝聞書『チベットの報告』東洋文庫(デ=フィリッピ編)

甲辰年五月初六

気温摂氏18.1/28.9度。腫れ、だな。朝イチで濟生會水戸病院。月初にシェアの電動自転車でバランス崩し転倒して顔面を路上に打ち付け強度の打撲。若ければ瞬発力で怪我は多少なり軽減できたかもしれないが。目がパンダになり頬は腫れ口唇の上を少し切る。当日、近くの総合病院(協同病院)に行つたが「救急でも何時間かゝる」といはれ頭部打撲はないので病院にも行かず自然治癒を待つことに。目の周囲の青痣は失せ頬の内出血も薄まりつゝ喉の方まで下りてきたが頬の腫れと口唇の痺れ(内部が切れてゐた)が残る。昨日、定期診断の病院(代々木系)で「念のためCTスキャンしませう」と医師にいはれCTをした結果「頬の内出血が頬骨の内部にも見られる」といふ。その病院は外科系はない(武力による革命の手段は放棄してゐるのだから当然だ)。主治医の先生曰く「外科でも整形か形成かは判断がむづかしいので両方ある病院で」と濟生會水戸病院への紹介状を書いてくれた次第。水戸では濟生會は国立病院機構の医療センター、日赤と並ぶ地域医療拠点なので朝の大混雑覚悟。朝8時に駐車場から混雑で受診受付もかなりの列だつたが08:15に受付が開いて初診ながら紹介状やCTのデータ、受付票と問診票は予めフォーム下載して記入して来たのでスムーズに手続きできて9時からの診断を待つ。6番目の診察で聡明なる若い専門医に頬骨内部の内出血も頬骨の僅かなヒヾ2か所とも自然治癒で治るといはれほっとする。会計済んだのが9時半。病院滞在が90分とは何と効率的なことか。それでも内科など野戦病院のやうで待合室の椅子も足りず立つてゐる患者もゐたほど。昨日の病院でも採血と検尿を済ませ9時から診断でCTをやつての再診断で先生が紹介状書くのに少し時間がかゝるから先に薬局に行つてこられては?と処方箋渡され処方薬局から還ると診断書出来てゐて会計済ませたのが10時。1時間余でまことにスムーズなのだつた。


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橋本治がずつと原稿用紙に万年筆で文章を綴つてゐたといふことを改めて考へてゐたら陋宅にも原稿用紙といふものがないことに気づき満壽屋の原稿用紙をアマゾンに注文。早速届いたのは良いし宅配の簡易包装は賛成だが原稿用紙100枚の束5冊が大きな紙袋で5冊を束ねるでもない状態で届いたのは呆れるばかり。辛うじて段ボール板が2枚入つてゐたが、それで商品を挟んで束ねてくれゝば良いのに。配達のスタッフだつて中身がこんな状態だとはわからないから「置き配」で玄関に立てかけてあつた。紙類が傷んだり歪んだりしたら返品交換だつた。

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菊正宗の「特撰」と「上撰」。いずれも生酛辛口で普段飲みなら後者(上撰)で十分だが大酒を喰らひゲップしたときに特撰のときの芳香でなるほど上質の米を使つてゐる、と思ふ。ちなみ1升瓶でカクヤス価格では前者1,950円で後者1,650円である。

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稲田俊輔『異国の味』

辰年五月初五。端午節。粽は昨日いたゞいて今日はデザートに湯圓頬張る。

稲田俊輔『異国の味』(集英社)読む。日本でポピュラーな外国料理として中華、ドイツ、フランス、タイ、ロシア、イタリア、スペイン、アメリカ、インドの十章からなるエッセイ。最後に醤油で甘塩っぽく煮た「日本のエスニック」もあり。著者は飲食店の経営でも成功し評価の高い外食の論客なのださう。新書など本文はあまりまとまりが悪くても「あとがき」がきちんとまとまつてゐて、それを読めば納得といふこと少なくないが本書は「はじめに」を読んだだけで著者がどれだけ飲食についてきちんと理論があつて物事を弁へて文章にしてゐるのか、は明瞭。「日本ほど世界中の料理が気軽に食べられる国はない」は半分正しく半分間違ひ、だといふ。欧米でもアジアでも大都市なら様々な国の料理を食べることができるが基本はその料理を懐かしむ同郷の人が顧客の大半。日本でも外国人住民が増え、さういふ店も増えてはきてゐるが「日本では、外国料理の店は最初から日本人を顧客の中心として発展」してきたもので「日本人ほどそれを積極的に食べたがる民族はなか/\ゐない」。しかし外国の料理であっても「日本人好みにアレンジされたもの」が人気で、日本はさういふアレンジに長けてゐるのだらう。だが日本で日本人向けに外国の料理の味を変へたのは、その料理を提供する外国人の側でもある。さうした現実でも「本格的」「本場の味」に執着がある。実際に日本風に全く変へてゐない味を追求するのが、この著者も含め「原理主義者」。だが原理主義では日本では評判になり難く日本化ともジレンマの中で様々なエスニックの多国籍料理が日本で受け入れられてゐる。さういふことで本編に入る。昭和の頃に「洋食」からさまざまな「エスニック」がどう定着してきたか。スパゲッティがパスタになり、ピザパイがピッツアになり、さういふ日々を自分も体験してきたので、とくに目から鱗のやうなネタもないが面白く読み進める。それにしても著者はどれだけ食事には恵まれた家庭に育ち、自身も大学生の頃から学生で資金も乏しいなかでもどれだけ美食に拘つてきたか。大学生とかでも客としてバカにされないだけの食の素養やマナーが必要。フランス料理とかのいはゆる「コース料理」をどう自分でアレンヂできるか、とかイタリア料理での「パスタの位置と価値」であるとか。アタシも幼いころから美味しいものを祖母や親に食べさせてもらひ小学高学年で『暮らしの手帖』が好きで本屋で立ち読みして、サトウサンペイスマートな日本人:ドタンバのマナー海外編』(新潮社)なんて読んで一通りのことは覚えてゐて、高校生のとき地元の西洋料理店が自宅敷地内で経営する小さなビストロに何度も通つたり、今ではアートプロデューサーとして活躍のT君に美味しい中華(泉町仲通りの燕*1)ができたと聞くと出かけたり、高校卒業のとき一番親しかつたK君と二人で「お祝ひをしよう」とフレンチでワイン飲んで!ディナーしたりなどしてゐたので著者に何だか共振、共鳴するところあり。筆者はその筆致もさりげなく披露で「原理主義で出会った、最初慣れなかったけど食べるに従いなんて美味しいんだ、と思うようになる感覚」を「大人になってから好きになったミョウガが、物心ついた時から好きだったバナナより大事に思える」なんて喩へるなんて。

異国の味 (集英社ノンフィクション)

*1:ほんの数年しか営業してゐなかつたがまだ二十代のご亭主の供す北京料理が美味かつた。この近くのクラブRのママが実際のオーナーで、その可愛がる若い料理人に店を持たせたので「ツバメ」なんぢゃないか?と酔客は噂してゐたが高校生の分際で馴染みになり話を聞いたら「ちゃんとした北京料理の店をやりたい」なんださうで、それで北京=燕京なので店名なのか、と合点した次第。

第50回水戸の紫陽花まつり

辰年五月初四。気温17.8/25.5度。曇。午後遅く散歩してゐたら蜂🐝の死骸が道路を横切つてゐる。葬送のやうだが何うやつて死骸だけが、と思つたら蜂の死骸を運んでゐるのは二匹の蟻🐜。しかも一匹はまだかなり幼い。こんな力がどこから湧くのかと驚くばかり。

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昨日から始まったのが水戸のあじさいまつり(水戸観光コンベンション協会)で保和苑を訪れる。まだ五分咲きなのだが苑内の紫陽花のメンテナンスは予算も人力も不足で満開でもけして参観者が感嘆するほどではないだらう。


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苑内で昔は茶屋をしてゐた家が普段は営業もしてゐないし誰も住んでゐないがあじさいまつりの時だけは茶屋として再開。珈琲など100円で出してゐるのは今どき安いが普段営業もしてゐないことへの「ごめんなさい」なのか。

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保和苑は元々は隣接の廿三夜尊桂岸寺(真言宗)の庭園。お寺の境内にあるのが宝暦の延命地蔵尊。そして常盤共同墓地の入り口で家人が「ふぅさん!」と呼んだら水戸殉難志士之墓の角からふぅさんが凛々しく現れた。


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紫陽花については保和苑よりも水戸八幡宮の方が野趣あり味はひ深いかと思ふ。


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だがそれよりも郊外の商業施設で野放図なまゝの力強い紫陽花だとか寺の手水鉢に放られた紫陽花がとても美しい。

昨日、幼稚園から中学まで同級だつたKさんより昨日の朝に大洗の磯で採りたての昆布をいたゞいた。湯掻いてごま油でいたゞいたが、これのまぁ美味しいこと。明日が陰暦五月五日で端午節。家人の用意した粽をいたゞく。


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晩にピーター=バラカンバラカンビート(InterFM)聞いてゐたらリクエストのメールにあつたコメント。長距離トラック運転手だつた父が七十幾歳で死去。子どもの頃、夏休みになると父の仕事に付き添ひ妹とトラックで仮眠シートに寝泊まりで日本全国あちこちに出かけたのが思ひ出、なんださう。いつもラジオで音楽を流してゐた父に……といふリクエスト。わずか数行のメッセージなのだが感極まる。ところでバラカンさんのリクエスト曲にそのまゝ応じず「捻る」選曲を武田砂鉄が「バラカン方式」と呼んでバラカン氏もそれをときどき口にはするがリクエストで自分で希望の曲を告げておきながら「曲はバラカン方式でお願いします」といふ珍妙なリクエストあり。これも腸捻転的に可笑しい。