富柏村日剩

香港で2000年02月24日から毎日綴り始めた日記ブログ 現在は身在日本

八月三十一日(火)ヘラルドトリビューン紙に“Bush and New York”といふ社説が共和党がブッシュ候補選出に敢えて紐育を選んだことに対して紐育で数十万人規模の反ブッシュデモあり、紐育も九一一から蘇生して健かな強さ見せ“New York is still a tough town, but it is also a place that has little patience with useless violence and destruction. New Yorkers have seen enough for a lifetime”と述べる。ナベツネが生きている間は讀賣新聞購読せぬ余はブッシュが大統領就任中は訪米せぬつもりでいるが大統領選挙はブッシュ再選といふ絶望的な予測もあり。何よりも問題はブッシュの良否でなく未だに「ケリーとは何者か?」が民主党支持者こそわからぬ事情。午後になりようやく晴れる。晩にジム。新聞もテレビも選手らの帰国、歓迎、そして次は北京……ばかり。香港は卓球での中国に次ぐ銀メダル獲得の男子ペア帰港。空港で市民の出迎え受けた二人は「香港代表」なので辿々しい広東語で言葉つまらせながら挨拶。香港文化中心にて董建華先生来臨され歓迎式典まで開催しているが、信報で林行止は地味に、、このダブルスの選手二人とも厳密には香港永久居民でなく大陸からの謂わば招聘運動員(実際に一人の家族は大陸住まい)、香港生まれ香港で卓球学んだ別の二人は敗退しており、だがその非永久居民のコンビが勝ち残っていったら香港政府の高官などが「香港精神の高揚」などと宣い、その高官らの浅薄な不見識と嗤ふ。五輪からの帰国といえば成田ではレスリングの谷口選手が感極まったのか緊張したのか「日本の国民のたくさんのみなさんの応援を……」と言っていたが、素直に「日本のたくさんの方」とか「みなさん」でいいわけで、以下、オリンピック関係での言説のいくつか。
▼その林行止が指摘していたが、開催までに施設建設の工事間に合わないと危惧され当時のIOCの独裁者サラマンチ会長から代替地ソウル開催すら打診されたアテネは施設完成させ五輪ぢたいは見事に終了させたものの、経費の膨大な増加はまだ誰も把握できぬほどで政府財政圧迫は必至だがEU加盟のためには政府予算の赤字をGDPの3%以内に収めることが条件となっており必然的に五輪特別課税がギリシア国民の負担となるそうな。受難。
▼アテーナイ五輪閉幕。男子マラソンアイルランドの元司教がマラソン妨害。ジョイスの『ユリシーズ』に登場させたきキャラである。主人公スティーブンの行く先々でスティーブンの行動を邪魔する元司教。去年の英国F1グランプリでも妨害したそうだが、よくぞ轢死せず。神に守られているのだろうか。ところでその妨害受けたブラジルの選手の名前を日本で「リマ」としていたが、ブラジル人でリマとはこれ如何に、日本人でもコロンビアさんいるが如し、などと言ってる場合ぢゃない、「ブラジルでの呼び方に従い」デリマとします、といったお断りを報道媒体のどこかで見たが朝日だっただろうか。「ブラジルでの呼び方に従い」以前の問題で、ビンラディン師をラディンと呼んでいたことも記憶に新しいが、binは日本で馴染みなかったのに比べ、このdeは例えば仏蘭西のCharles de Gaulleをゴール大統領と呼ばずドゴールと呼んでいたのと一緒のdeで常識の範囲内のような気がするが。でもデリマだと練馬だの入間のようでデ=リマの感じもせず。そういえば『ユリシーズ』の主人公のそのStephen DedalusのこのDedalusもde Dalusだったものが一語になったのだろうか。
▼そのアテーナイ五輪の閉幕式典での次回開催地北京に与えられた八分間の演出についてかなり辛辣な評散見される。女子十二楽坊風の中国楽器の色気だったミニスカートのパンチラ演奏、京劇、少林功夫、歌はマリファナ、否、茉莉花で歌う少女は花火に二度も怯えた姿が世界中に流れ、信報で陳雲は「唐人街的整体愚昧和夜総会的全套俗艶」(こういう中文の語呂は日本語に訳しづらいが「チャイナタウンの嘘っぽさやキャバレーの何でもゴチャマゼの陳腐で低俗なお色気ショウ」といふ感じ)と評し、主筆林行止までが「低級趣味」と一言。この演出が中国代表する映画監督張藝謀によるもの。最初に赤い灯籠が掛けられれば誰もが彼の『大紅燈篭高高掛』想像するし中国といえば功夫、京劇、で子供の曲芸で最後極めつけが巨大なダサい灯籠で少女が歌い花火=火薬は中国が発明……では確かにこのシナ趣味(シノワズリ)では「あんまり」の感あり。だが非難は易いが他にどの演出があるか。人民服に人民帽の紅衛兵が毛語録掲げて行進するわけにもいかぬ。モダンチャイナではシノワズリ期待する観衆の誰も喜ばず。五千人規模の北京市民が自転車で閉会式会場に流れ込むわけにもいかず。シノワズリでも、だが張藝謀なら『大紅燈篭高高掛』より寧ろ「紅いコーリャン」の素朴ながら色彩感覚にとんだ演出できる筈であったし、オリムピックという場にはギリシアの神話社会に抗して『秦俑(テラコッタ・ウォリア)』で見せた秦始皇陵兵馬俑の兵馬の塑像に模した勇壮なる隊列でも見せることもできた筈。「あれ」は確かに陳腐以外のなにものでもない。今回の八分が張藝謀に任されたことで恐らく四年後の本番の開幕式典演出などが張藝謀に任されるのでは?といふ推測あり今回の「これ」では一抹の不安もあり。だが一つだけ張藝謀のこの陳腐な八分間で面白かったのは途中に挟まれた一分ほどの北京紹介の北京実写の映像。いかにも北京らしい気丈夫の老若男女が笑顔見せる場面が殆どだがネクタイしたビジネスマンが朝の出勤で遅刻しようになり仕方なく路上駐車されている自転車の上を跳んでゆく、それが110m障害で金メダルの劉翔であったり、『秦俑』で見せたような張藝謀の軽快な笑いが含まれていたこと。
▼その張藝謀の北京実写の映像には北京の秋の天高き蒼い空。だが今から懸念されることは北京五輪に向けての「開発」で四年後の北京がどれだけ大気汚染や沙塵暴に悩まされるかといふこと。黄砂がない季節であるだけでもマシだが。これについて今日の信報で(今日はどの新聞も北京五輪に向けた記事ばかりだったが)「奥運三願」といふ題の文章でこの沙塵暴について言及しているのが奇しくも謝剣氏(余の文化人類学での指導教官の一人)。この人の書くことにいちいち反論したくなるが、北京五輪に向けてまず改善必要なのは公衆便所だの衛生問題、と謝先生。この人の中国観は二十年くらい古いので中国のトイレ環境改善など知る由もなし。で二つめの願いがその沙塵暴の被害。三つめに台湾海峡の安全を挙げる。といふのも北京五輪開催で中国が強攻策に出れぬこと利用した台湾独立の機運高まるのでは?といふ危惧が当然、ゴリゴリの中台統一論者である謝先生には憂慮されるのだろうが、それにしても今日の文章でも「中嶋嶺雄のような日本軍国主義者らが学術の名を借りて言いたい放題「台湾は日本の生命線」などと宣い、中国(これは中共ではなし)が法理的にも文化的、歴史的、血縁的にも台湾の主権があることを否認している」と謝先生。謝先生が李登輝嫌いだから中嶋嶺雄嫌いは当然かも知れぬが、中嶋嶺雄の肩を持つわけぢゃないが、アジアの政治的安定にとって今の高度な民主自由社会となった台湾の存在はもはや否定できぬもので、それの維持の重要性が中嶋嶺雄の主張の筈。それに法理的、文化的、歴史的、血縁的に中国が台湾の主権を主張することは可能だが、それぢゃその台湾ぢたいが独立を主張できぬかといへば大間違い。これではルクセンブルグモナコバチカンも独立など維持できず。もともと謝先生は大中国主義以外何の思想もなくチベット問題ではさすがに法理的、文化的、歴史的、血縁的とは言えぬが「中国で少数民族がそれぞれ独立を主張したら大変な混乱になるから中国による統治が最善」と平気で宣ってしまふのだから。
▼かなりオリンピックと中国関係のメモを綴ったついでに新聞のスクラップから。登β小平生誕百年でSCMP紙(八月廿二日社説)は、登β小平の明らかに相違する二つの路線について言及し、改革派として中国の経済建設での役割と、その反面の天安門事件に象徴される共産党による支配の徹底。また「中国の特色在る社会主義」という言葉の影には深刻な国内の貧富の差の拡大と汚職といふ社会的不正義が存在すること。現在の共産党指導部がこの登β生誕百年をいかに政治的に国家団結に利用しているか。香港は経済特区と並び登β小平の政策を最もよく象徴する都市であり、この香港経営の成功を願えば、登β小平の立案したアイデアはまだ実現途中である、と。ところでこの社説で登β小平の有名な“to get rish is glorious”といふ言葉があり久々にOrville Schellの同題の著作思い出す。余談だが今思えば二十年前に雑誌『ブルータス』はこのOrville Schellなどまで日本で紹介していて余もそれを知った次第。またヘラルド=トリビューン(八月廿五日)でも中国分析で定評ある英国のJonathan Mirskyが登β小平路線について経済成長とその反面の政治的引き締めと謂わば国内に「二つの中国」が存在してしまったことを指摘。圧倒的な独裁の共産党が微力な民主派人士の声にすら怯え、それを収監するか国外追放する事実。このMirskyの論評の下に中国人権観察組織のSara Davisなる人が「08年の北京五輪を前に中国はAIDS解決に責任をとれ」と書く。中国では公式には84万人のエイズ患者としているが実際には湖南省だけで百万人を越える患者あり。その大部分が血液売買での被害者であり政府が九十年代に非衛生的な環境で医療実験用などに血液採取(売買)行った結果。ようやく中国政府もAIDS対策に動き出したが、問題はその当時の責任者が各地の党政府組織の幹部として現在のAIDS対策に関っていること!。この状況でどうやって抜本的な解決ができるか、と指摘。このような問題解決ができぬうちに五輪騒ぎか、と。

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