富柏村日剩

香港で2000年02月24日から毎日綴り始めた日記ブログ 現在は身在日本

八月六日(金)終日、雨。昼まえに豪雨あり。ここ二三週間読切れずずっと持歩いていた新聞の切抜き旅行前に一気に読む。故に本日の日剰の記述に▼多し。灣仔詩藝戯院にて『十七歳的天空』といふ台湾映画看る。シンガポールで上映禁止と多少話題になるが、筋は十七歳の田舎少年(楊祐寧)が夏に台北に恋人(=同性)を探しに出てくる物語。初めての性体験は愛する恋人と願ふが台北の男色社会にかの如き純愛もなく漸く見つけた彼(Duncan)とはすぐに破局、で最後は幸せに、とありきたりの青春物。監督は若干二十三歳の陳映蓉で話題になるほどの演出乏しく喜劇といふわりに笑えず中途半端。楊祐寧と同じ田舎出身の青年演じる金勤の好演のみ特筆か。この金勤と楊祐寧が台湾の東森テレビで昨年放映され好評得た白先勇(原作)によるテレビドラマ<薜子>に脇役で共演と後でSCMPの記事で識る。
▼MagnumのHenri Cartier-BVresson逝去。享年九十五歳。ライカ
▼気になる数字いくつか。
 香港市民の政党満足度調査で親中派御用政党民建聯は不満78%と壊滅的。自由党が満足と不満足が五分五分なのは予想できるが、民主党が不満48に対して満足52、何といっても人気は民主派弁護士らの45條關注組で満足度78%とダントツ。民主派が過半数占めることに極力支持が19%、支持が39%で過半数じゅうぶんに越える58%が民主派の躍進支持。(香港バプティスト大学の世論調査結果)
 香港人のファーストフード(快餐)好き。肥満の要因といわれるが香港で快餐の売上げは年間110億ドル(1540億円)。月平均に6.9回快餐食し、調査対象の三割が月14回、一割余は月21.5回とほぼ毎日一回は快餐。人気の快餐の一位は麦当労、二位が大家樂、続いて美心快餐、大快活、ケンチキ、Delifranceと続く。香港人がすらりと痩せているのはお茶の所為、プーアル茶が脂質流し落すなどといふのは迷信(笑)。豊かになれば太るだけ。殊に深刻なのは肥満児。朝からカップヌードルだのスナック歌詞頬張りながら通学する肥満児ら多し。子供の食生活関知できぬ親、学校にいけば公立学校でも構内にスナック菓子だの清涼飲料水売る売店あり。フランスではこの9月から公立学校内の売店での菓子ジュース類の販売中止決定とか。(本日の新聞各紙)
 Frank Ching氏がこの四半世紀の中国の経済成長の結果から人口問題についていくつか警告。まず男女比。出生率で見ると世界的には男子105に対して女子100に対して(女性の寿命が長いのだから男が多少多いくらいは正常)中国は女子100に対して男子117と不均衡で広東省に至っては男子の比率は130に至る。故意に女子が間引きされたか出生登録されておらぬか一人っ子政策の結果。この数字のみ信ずれば2020年には三、四千万の男性が結婚したくてもできぬ状況。女性にとっても「不足」から誘拐やレイプ、買春強制など生む悲劇。また先進国でなら「自然」現象である少子化が国家の政策として実施された結果、経済成長中に社会の老齢化進み労働力不足もあり。
 中国の深刻なる電力不足だが、七月廿一日の信報・林行止専欄によれば(わかりやすい数字で説明すると)廿年前の家庭用冷蔵庫の普及率7%が03年は75%、テレビは17%から86%、冷房機の増加幅も五倍に達しており、これに沿岸州中心に工業用電気量の莫大な増加あり。この電力需要の伸びは今年が昨年比で12%増なのだが電力供給は9%の伸びに逗まり単純でも3%の不足。しかも発電所すべてが順調に稼働していて、の話。而も火力発電では石油が価格上昇やマラッカ海峡封鎖など国際状況の変化あれば今後の石油輸入にリスクもあり、と林行止、ここで提案は日韓見習い原子力発電への転換。怖いもの感じずにはいられず。
 大手の監査法人会社の調査によると世界各国のビジネス管理職の外語理解能力で香港は100%とトップ。シンガポールや欧州各国が9割台で続くが英国、豪州などの英語圏は英語に助けられ外語理解力三割台と乏しく日本は27%と惨澹たる数字。
▼蔡瀾が五日の蘋果日報連載の随筆で日本の全国紙の広告を紹介。第一面の広告が香港のように不動産でなく新刊書籍から始り出版社が数頁続き化粧品、車と頁進むにつれ広告の面積一頁大まで大きくなりようやく不動産。不動産の扱いの香港と日本の差。……と延々社会面までどういった広告が多いかを述べ(随筆の文字数稼ぎとは敢て言ふまひ)結論としてどの商品も殆どが中年から老年の購買力消費力ある層対象にしていること=日本社会の老化を指摘。化粧品だけ若い女性対象の広告なのは女性はみんな自分は年をとらぬと思っているから……とこれが蔡瀾の蔡瀾らしい随筆。笑ふ。
▼明晩北京に開催の蹴球アジア大会の日本対中国の決勝戦につき中共英字紙China Dailyが“Football pitch is not the place for politics”と題する社説。一見、国内の熱狂的中国チーム応援団に自制求めるような題だが熟読すべき内容。
Football pitch is not the place for politics text by Xiao Zhi Updated: 2004-08-06 08:39
What will tomorrow's Asian Cup final be like?
A classic match between archrivals China and Japan. A close competition between two of the continent's top teams. And a splendid football showcase for aficionados of "the beautiful game."
It will be all of these.
In the eyes of some Japanese politicians and media, however, it is also more of a political event than a match. They have collaborated to equate some Chinese fans' booing of the Japanese team in earlier matches to mean all Chinese supporters are hostile towards the visitors.
This is far from the truth.
The Asian Cup is the highest-profile soccer tournament China has hosted in recent years. Chinese fans, as hosts, highly value the opportunity and warmly greeted all teams. Their ardour toward the game has won praise from Asian Football Confederation officials.
International soccer matches often witness undesirable behaviour by a minority of fans, and the vast majority of Chinese do not condone such actions. We want only pure and clean sport.
Some Japanese officials and media have stated that sports should not be linked with politics.
Chinese fans as a whole are not mixing politics with sports despite the small number of fans who failed to behave themselves.
On the contrary, by magnifying the issue, the Japanese side risks "bringing political thinking into sports."
Some Japanese officials on Wednesday even urged their government to make a stronger protest and suggested a boycott of the 2008 Olympics in Beijing, according to Reuters.
A Japanese politician, ignorant of our efforts to improve Sino-Japanese relations, even accused China's education system of spreading anti-Japanese sentiment.
Such irresponsible remarks have reportedly stirred up anti-Chinese feelings in Japan.
China has been making efforts to preach a positive approach to bilateral relations.
The government, the Cup organization committee and Chinese fans have strived to host an orderly tournament free of political overtones.
In order not to let the situation exert further negative influence on bilateral ties, both parties should demonstrate reason and restraint.
と、結局は一部の日本の政治家やマスコミがスポーツに政治持込み対立感情煽っている、と指摘。実際には確かに中国チーム応援なのか反日活動なのかわからぬし、言論だの抑圧された社会で反日がガス抜きに利用されている、といふ分析もあり、結局は中国の露骨な大国意識と言うことも可。だが日本政府が中国政府に対して必要以上にこの決勝戦について環境に懸念表明し而も観客から在北京邦人の安全保護まで対策講じる程。これについて築地のH君より(以下引用)H君髣髴するは京都大学の光華寮繞る顛末。戦後、台湾の中華民国がこの寮の所有権をば有し中共側は七二年の日中国交回復でこの寮の明け渡し求めたが裁判判決は中共側全面敗で中共は納得せず日本政府に抗議。だが当然のことながら「三権分立」という建前ある以上、(少なくともまだ非小泉的良識あった当時の自民党政権は政府が裁判の結果左右できず、反対に中国は「裁判所が独立してるといっても政府機関であることにはかわりないでしょう。どうして総理大臣が指示を出せぬ」という感想だろうか、ブルジョア自由主義国家の三権分立というシステムを理解できなかった……だが三十年で今回は「たかが」蹴球で日本政府が中共に正式に「善処」を求めてしまったこと。中国政府は日本側の要請受けて沈静化に乗出したからまだいいようなものの「あれは一部のフーリガンがやってることですからね、政府に責任をといわれても困りますよ」と言われたら(上述のChina Dailyの主張にはこれが散見される)何と言返すのか?とH君。「しかしフーリガンといっても国民でしょう。どうして政府が対処できないんですか」といふのが今の政府の知的レベル。この知力の戦いとなると今後は中国政府は今後、2ちゃんねるとか公園の便所の落書きとか石原慎太郎の著書とか至る処にある反中国的な言論すべてに対して「日本政府の善処」を求めるも可。安部チャン、中川チャンとか次代担ふ政治家先生らはこれに渡り合ふ覚悟ありやなしや。剰へ「中国の教育が問題」」と外務大臣がそれを言ったらお終いを口にしてしまった「真紀子大臣いなかったら今のアタシはない」川口女史。一国の外相としてどう責任とれるのだろうか(とれるはずもないが)。中国の治安といふ純「内政問題」に口出しする前例をつくった以上、靖国参拝にガタガタ言うのは内政干渉とか、二度と言えなくなるのでは?とH君。御意。今回のこの蹴球のことで「スポーツに政治を持込むな」などといふ言葉ぢたいが開玩笑。「スポーツは政治」なのが事実。今さらアテナイvsスパルタの故事持出すもなく競ふスポーツは戦争の代替品であり政治が絡むのはオリンピックみれば明らかな事実。運動する市民は本人と観衆は純粋にスポーツ楽しむが背景は国家のそれに用いられる。市民は無意識のうちに愛国主義の虜となりスポーツ選手は「国会にスポーツマンシップを!」などと意味不明の台詞で保守与党の票集め装置として代議士になり国会での多数決マシンとして機能する。ところで、では競わぬスポーツは平和かといふと実はそうでもなし。山歩きだの郊外散歩だの「健全な」リクレーションが実は産業革命後の英国で労働者の余暇=ガス抜きであり、この健全な山歩きだの青少年野外活動をば政治に利用したのがナチスの独逸。つまり硬軟いずれも側からスポーツは政治装置となる事実。ゆえに何が唯一可能かといえば勝手に走り勝手に歩くこと。それだけ。……で話は戻るが明日の北京での蹴球だが、今日の明日となっては如何様にも対処しようないが、最も最善策は「台湾での開催」であろう!。絶対にこれ。北京でやれば反日、日本でも首都は支那人蔑視の都知事では開催も儘ならぬ。で第三国。台湾なら恐らく、反中共感情と親日気分で日本応援と、否やはり台湾とて中国は中国と中国のアイデンティティ勃興で中国応援で応援が五分五分になるも易し。日本側の応援団席に李登輝が!(笑)、それに対して連宋陣営は中国側に!とか。……半分冗談だがなぜ余がこれ想像したかといえば経済紙信報で林行止専欄が今回のこの日中決勝戦に対して“The Soccer War”・font size=-1>iRyszard Kapussinski, Vintage Book, 1992)といふ書籍紹介し1969年のエルサルバドルホンジュラスの所謂「サッカー戦争」を語り中立国墨西哥での開催が無難であることを述べた故。現状では中国の大国意識と反日感情、日本の中国蔑視を考えれば、中国で日本向え国家対抗のスポーツで決勝戦して問題がおきぬ筈なし。起きぬとすれば中国政府のスポーツへの干渉功を奏したからであり日本がそれを要請したからこそ。結局、国家間の政治以外の何ものでもなし。いくつか読んだこのアジア大会日中決勝戦に関する記述で興味深きは信報の劉健威氏の「専業的日本人」といふもの。これまでの世界大会での実績だの選手の力量など日本が勝っているのは客観的な事実(勝敗は別)。また試合前の入念な競技会場の下見(交替選手が更衣室から要する距離と時間から更衣室ロッカーの大きさまで!)などそういった専門性をば中国は見習うべき、と。中国に何が足らぬのかに敢て減給の劉氏。
▼スポーツといへば雅典でのオリンピック開催近づく。五日のヘラルドトビューン紙二面に“For Olympics, Greeks already lose one contest”といふ記事あり(Alan Riding)何のことかと思えば十九世紀にエルギン卿により希臘の神殿から英国に搬ばれ大英博物館に据えられる所謂“Elgin marbles”について希臘は今回の雅典オリンピック開催に合わせ、またEU加盟もあり、英国からのこれら美術の秘宝の返還に臨んだが、英国側は未だ雅典への返還と保管は時期尚早と応じず、オリンピック開催以降も交渉続くは必至。オリンピック開催はそれ相応の大国としての評価であり(六八年の経済黄金期の墨西哥を看よ)それ相応の国際的transactionがあるべきと考える希臘側と旧大国英国の意地か。
▼昨日の東莞市についていくつか覚書き。まずは蔡瀾(七月二十日の蘋果日報)。仕事で東莞に参った蔡瀾氏、ホテルまで車で一時間と聞かされ東莞の站で列車下りたのに更に一時間とは何事か?と地元の者に尋ねれば「蔡瀾氏が列車下りたのは東莞でも常平鎮。これから向う莞城(昨日、余が訪れたのは此処)はまだ先。もし次回、連絡船で虎門に来てくれればまだ近い」と説明される。東莞に興味もった蔡瀾氏が尋ねれば、東莞は三十三個の「鎮」あり。人口は百五十六万人と言われ「この規模の割には少ない」と指摘すれば「その百五十六万は地元人口で外来(所謂「女工」ら)が五百万人と。その他に香港人と台湾人が七十万人くらいずつ東莞で投資し工場作っていると。で東莞は(数日前のヘラルドトリビューン紙によると)この廿年の経済成長は平均23%で都市開発と経済成長はまだ逗まる処知らず技術研究都市開発計画では三十万人のエンジニアや研究員の移入をば画策とか。東莞市の幹部は将来の目標は人口一千万人で、問題は電力と水の供給。一千万人といふのは深セン経済特区合わせれば二千万人近い経済圏であり当然、こうなると広東省から独立した北京上海天津重慶に次ぐ直轄市となることが目標は当然。直轄市となれば大幅な権限が国から授けられ広東省の一都市とは大違い。当然、広東省にしてみれば海南島が省に格上げされた以上のデメリットで当然、東莞の深センと合併での直轄市化など認められる筈もなし。近い将来シビアな問題となるはず。
▼七月二十九日の蘋果日報で陶傑氏紹介するは広州の文徳路小学校が埼玉県の武蔵台小学校訪問した夏期交流について。日本政府が日中交流促進目指し中国の小中学校の児童生徒について渡航査証の免除政策始めた一環で、この文徳路小学は英語教育など推進する所謂「貴族」国際学校。児童の保護者はそれじゃ外資企業のエリートかとさにあらず実は珠江デルタの海鮮料理屋の社長のボンかサウナだのナイトクラブ経営者の子供が殆ど、と陶傑氏らしい皮肉。でその夏期交流だが、校長の話から日本側は「中国からよくいらっしゃいました。みなさんを歓迎します。これからフ日中友好が末永く……」と至って簡単なのに対して中国側校長は文徳路小学の光栄なる歴史から始り欧米の親善提携学校の紹介までかなりの内容。児童も日本側が学校の給食だの好きな食べ物、学校の遊技施設やスポーツ活動の紹介に終ったのに対して、文徳路小は日中友好を唐朝の時代から語り始め広州の歴史に文物紹介、広州に最近建設された環状高速道路や飛行場などの紹介にまで及び陶傑氏曰く外国資本の中国への投資紹介の如し、と。日本の小学生は聞いても飽きる話で、その内容はまるで中共広東省委員会書記の発言。このお決りの文句の形式主義。陶傑氏比較するは例えば英国に夏期交流に送出した子供との電話での会話。子供が心配で親が電話しても毎晩の電話に子供の対応は連日短くなるばかりで“I'm fine”で終り。なぜこうなるか?は心配することでなく英国の教育はまず教えることは「内容のない無駄話はしない」ということ、と(笑)。
▼地元歴史家の畏友・高添毅君(高添・強といふ日本人に非ず、高・添強)先月末の信報文化欄に香港歴史についての記述「早期城市発展的困局」あり、読んで目から鱗は、英国統治の香港は早期は英国人は「ペストだの疫病や不衛生な環境を避けるため」ミッドレベルや山頂に住ったと言われているが、明らかな問題は当時の英国植民地政府は香港占領は軍事目的であり此処での通称活動に大きな期待などなく狭い平地は軍港や軍営として利用するため占領し商人蔑ろにされ為方無く不便なミッドレベルや山頂に住んだ、と。また土地の不足はまず軍地の需要満たすためで今日の九龍公園や香港公園がかつての軍営地でそれが後に公園として解放されたのも、この英国の統治初期の方針の明確な証左と。御意。
▼先月からの米国大統領選挙での民主党の候補者選定見ていると、いくつかの新聞でも指摘されるは(例えば紐育タイムズの“Who is John Kerry? Many want to know”26
July)、結局「反ブッシュ」で結束しているものの最大の問題はJohn Kerryといふ候補者がいったいどういう人格なのか実は民主党支持の誰もわからぬ、ということ。ブッシュはバカである、という明白さに比べ、ジョン=ケリーがよくわからぬ。民主党には勿論、12年前に田舎の小州の州知事をば突然の推挙で大統領に推しクリントンは実際に成功した、といふ実績もあり。だがクリントン君の明瞭さにどこか欠けるケリー候補に「反ブッシュ」で応援していてもどこか「???」で実は副大統領候補を大統領候補にすべきだったのでは?とかクリントン夫人であるべき、とか、民主党優勢が伝えられる中でケリー候補が当選しても4年後の続任はないのではないか?→しかし大きな問題ない場合に現役大統領を降ろすことができるのか?と「反ブッシュ」の影に大きな疑問がいくつも存在。前回の選挙での現大統領当選の「いかさま」といい、この不明瞭だが「盛上がる」ケリー応援といい、米国は不思議な民主主義の国。

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