富柏村日剩

香港で2000年02月24日から毎日綴り始めた日記ブログ 現在は身在日本

台湾一周の旅6日目 花蓮から太魯閣

八月十二日(木)朝六時起床。この山間の霧鹿の温泉もモデム接続可能にて昨晩綴りし日剰上網せむと接続せばメール受信中に電脳滞り何かと思えば網毒に罹れば再起ならず。システムリカバリ要しまさかシステムCDもCD-ROMも旅に持参する筈もなく香港に戻る迄再起不能。朝霧立ち込む露天の温泉に浴せば電脳故障も些細なる事と。焦燥ても仕方なく此処は気持ち入れ替え旅の間だけでもネットのことなど忘れ長閑に過ごさむと決意。帰港の後に日剰綴るため詳細なるメモ残すに徹せば可し。谷間ゆへ朝七時半頃に漸く陽さす。快晴。昨日の雨嘘の如し。日差し強し。朝食済ませ旅館の自動車雇ひ池上站(写真)。切符已に台東より花蓮購ひ済みで今回の鉄道での台湾一周に当り本来はこの台東〜池上間も列車に搭らねばなれど台東迄戻るは更に小一時間有せば台東〜池上間棄てる手段て。霧鹿よりは隣站の関山站便利乍ら池上に参るはこの池上こそ台湾にて馳名の駅弁「池上弁当」発祥の地ゆへ勿論列車この站に停車の際にホームにて駅弁購ふも可といへ列車まで一時間半もあり関山にて時間潰すよか池上が良し。台湾の何処にもある駅弁で池上が何故有名か余は知らず。Z嬢の話に依れば池上は米の名産地にて戦前は昭和の先帝にも献上されし程の名米だそうな。池上の小さな町散策せば街道沿いに「池上飯包博物館」なる施設あり(池上の弁当販る舗のドライブイン)写真だの掲示されし物語読めば昭和十五年、当時八時間要せし花連〜台東の鉄道に、この池上站前にて旅の食にと蕃薯餅売りたる陳雲といふ女あり、この陳女史、蕃薯にかわり池上名産の米もちいて飯包(三角の飯團=握り飯)売り始めれば旅客に好評。それが煮物焼き物など詰めた弁当函の形となる。一口に池上弁当といっても当然、木村屋総本家と木村屋総本舗ある如く池上にて何軒かが本家本舗名宣り、現在は駅前に舗構へる正宗「金美」池上鉄路弁当、それにこの博物館もつ街道沿いの「池上飯包」の二軒が大店。駅前の金美(写真)にて池上弁当(わずか六十元=二百円)(写真)購い午前十一時すぎの特急自強号に乗車。列車ホームに入れば駅弁売りに列車の客殺到(写真)。車窓の風景楽しみビール飲みつつ弁当食す。網野善彦『蒙古襲来』読む。午後一時前に花蓮着。観光地ゆへ站前に観光客多し。ホテル寄越せしマイクロバスにて早々に花蓮発てば町外れにてホテルの職員らしき若者ら七、八名広い三十分ほど街道走り太魯閣方面へと山間に分け入れば数分も経たぬうちに台湾三大渓谷と名をばいただく見事な渓谷。これが沿岸から僅か数キロの地にある台湾の地形の不思議。渓谷の合間の岩場刳りし道路。岩肌刳り貫くいくつもの隧道。太魯閣過ぎ海抜四百五十米ほどの天祥に至り天祥晶華酒店に投宿。これまで数日の山間の鄙びた温泉宿に比べれば熱海の高級温泉宿の如し。部屋に荷を広げロビーに出れば精悍なる裸体にタイヤル族の派手な衣装の若衆がタイヤル族の踊りなど見せてホテル投宿の客迎える態あり。余はこのテの「現地民」演出の観光客相手の見せ物かなり苦手。その踊りなど写真だビデオだと撮影し喜ぶ観光客の「まなざし」。その裸踊りの若衆よく見れば先ほど余とZ嬢の客二名のマイクロバスに拾われし花蓮の町住ひの若衆で、彼らがタイヤル族といふ。夕方、ホテルと川挟んだ丘陵に位置する祥徳寺なる尼寺参拝。台湾にて著名なる四十代の尼僧・地皎法師がこの寺の寺主と識る。この台湾代表する渓谷・太魯閣のこの地の名を天祥と申すは支那南宋の武臣・文天祥に因む。南宋滅ぼしたる元朝フビライも元軍に激しく抵抗せしこの武臣の武功惜しみ元軍に引き入れむと試みるが文天祥その招きに応じず死に至る史実は有名。その文天祥が台湾のこの渓谷に名を残すは蒋介石の名付けゆへ。中共軍に負けずいつの日か大陸への光復をば希ふ蒋介石がこの文将軍の威徳をば慕び、蒋介石はこの文天祥をば台湾にある国民党軍の象徴とする。この太魯閣より海抜三千米の中央山脈越え台中へと至るこの横断道路の建設は蒋介石の指揮下、国民党軍によるもので、この地に文天祥の名を残したといふ次第なり。晩餐はホテルの食堂にてビュッフェ形式の食べ放題あれど食堂覗けば難民収容所の食堂の如き繁盛で、家族連れの子供ら走り回り、これ厭ふ客相手に食堂と別に単品の料理供す食事処あり。それ幸いに鹿肉とインゲンの炒め物と黒米など用いた「原住民炒飯」なるもの等食す。午後八時よりホテル中庭の特設ステージにて夕方のタイヤル族の若者らによる原住民舞踊の催し物あり。とても会場にて見るに恥ずかしく(どうせ何名か選ばれ一緒に踊らされたりバンブーダンスなどさせられるがオチ)、反面、この「観光」催事がどのような「まなざし」により成立するかにバリ島のケチャの観光化の如き興味もあり、ホテル建物のラウンジより窓越しに葡萄酒飲みつつこの舞踏眺める。タイヤル族の踊りなるものが本来どのようなものか知らぬが、この舞踏、原曲をば電子音にてかなり現代風に編曲したものに踊りもまるでジムのエアロビの如し。それはそれでそこらのジムのインストラクターだの香港のテレビ番組の踊り子らよか、この地場の若い男女のほうがかなり上手なもの。予想通り客席より何名か選ばれ簡単なる踊りに混じり、バンブーダンスも当然あり(笑)。この天祥、ここより山脈を越えれば実は僅か三十キロほどで二日前に投宿の廬山温泉。廬山より台南、台南より島南をばぐるりとまわり台東、花蓮経てこの太魯閣に至りたる次第。

富柏村サイト http://www.fookpaktsuen.com/