富柏村日剩

香港で2000年02月24日から毎日綴り始めた日記ブログ 現在は身在日本

日本の包茎


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 (大公報)香港で科技大や理大でワクチン接種奨励され教員も学生もワクチン接種しない場合はPCR検査必須だとか。この記事のカギは反送中の逆権運動であれだけ抗争の激しかつた大学の平穏化、静定である。(蘋果日報)台湾の香港民主化運動活動家保護への制裁として林鄭が台北にある香港の経済貿易代表部閉鎖なんだとか。台湾の陸委会がその動きに対して「反映港不心虚」と土共と化した香港市役所に哀れみ表明。世界的に普遍な自由平等といつた価値に立つ台湾の蔡英文中共に盲従しか能のない香港の小役人たる林鄭。 

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常陸太田の老舗「なべや」の粽を頬張る。古風な造りできちんと三枚の笹に包み藁紐で縛るとは立派なもの。


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筑摩選書で評判の澁谷知美『日本の包茎 ―男の体の200年史 』を読む。「包茎」を社会人類学的に捉へる着目からして興味深い。それでも女性のジェンダー研究者がなぜこの包茎に興味をもつたのか。著者曰く男が幸せにならなければ女もまた幸せにならない。男性間にある男差別。受けた傷は被害者自身も意識しないところで腐敗し鬱積がたまり暴力を受けた者が他者に暴力を振るふ構造(丸山眞男のいふ「抑圧の移譲」)。男性にとつての「童貞」から研究を始めたところ童貞とともに同性間でバカにされるフレーズに「包茎」があり包茎を通して日本の近代における男性の男性意識の構築が分析できるのではないかと。確かに。「包茎」といふ語は江戸中期の漢方医・香川太仲の医学書(一本堂行余医言)に「有天生皮包陰茎者」といふ記載あり「包茎」といふ文言が確認できるのは、かの華岡青洲の医術を弟子が書き留めた『華岡氏治術図識』で「数あるほかの病を押しのけて」1頁目に登場したさうな。青洲が豊後国の僧侶(24)の排尿困難で陰嚢も浮腫むほどの真性包茎を手術した記録。これは立派な疾病に対処する医術であり後世の見た目の手術とは異なる。戦前も徴兵検査のM検などで陰茎から肛門まで診察され「皮被り」は「皮の剥けた勃起」の状態が男根崇拝にも見られる象徴(正規)だとすると非–正規で不完全な恥ずかしいものとされる。著者はこれを「土着の恥ずかしさ」とする。それが社会的な認識に登場するのが戦後。栄養ゆき渡り巨きく力強い米国に対して貧弱な日本。それが陰茎にもそのまゝ対照される。男性雑誌に陰茎を大きくする整形の広告が目立ち西洋の割礼された陰茎が正とされ、さうではない「仮性包茎」といふものが概念として「見つかる」。何でもない仮性包茎が病気と看做される。そこで包茎手術が必要となる。日本で包茎手術ブームを巻き起こした張本人が美容整形医の高須克弥だと聞いても名古屋で知事リコールでの怪しさもあるし驚きもしまひ。2007年の高須のインタビュー発言が紹介されてゐる。

僕が包茎ビジネスを始めるまでは日本人は包茎に興味がなかった。僕、ドイツにリュ学したこともあってユダヤ人の友人が多いんだけど、みんな割礼しているのね。ユダヤ教徒キリスト教徒も。ってことは、日本人は割礼してないわけだから、日本人工の半分、5千万人が割礼すれば、これはビックマーケットになると思ってね。雑誌の記事*1で女の子に「包茎の男って不潔で早くてダサい!」「包茎治さなきゃ、私たちは相手にしないよ!」って言われて土壌を作ったんですよ。昭和55年当時、手術代金が15万円でね。(略)まるで「義務教育を受けていれば国民ではない」みたいなね、そういった常識を捏造できたのも幸せだなぁって(笑)。

本当に救ひやうのない悪人だが、この何かの土壌を作つてといふ手法が大村知事リコールでまさに踏襲されてゐるか。当初の包茎の悩みは童貞喪失と同じ時期で若者に生じたのだが著者は、その悩みが接待ゴルフでのプレイ後の風呂で取引先に包茎を見られることを恥じるサラリーマン層に広がり高齢者が介護で包茎と知られるのを悩み更には湯灌での羞恥まで気にして人生の最後で包茎手術をする老人もゐるのだといふ。そこまで男性の生涯に付きまとふ包茎の悩みとは。それが近年、仮性包茎はそのまゝで良いといふ認識もだいぶ広まつてきたといふ。高須自身はあの天性の商才といふか感覚で、さっさと包茎手術ビジネスに見切りをつけてゐる。 

それでもまだ「包茎の悩み」に縋る包茎手術は市場があるやう。包茎をコンプレックスとすることで、それが解消されれば幸せな明日が来るとは何とも。世の中そんなに容易なものぢゃない。

この本の帯には「包茎ビジネスの諸悪の根源はあいつらだつたのか」と武田砂鉄さんのコメントで売れを期待してゐるが、この本の主論はさうした悪者の暴露ではなく男性にとつてのコンプレックスがどのやうに生まれ、それがジェンダー認識にまで何う影響するのかの真面目な論考なのであつた。

日本の包茎 ――男の体の200年史 (筑摩選書)

*1:当時の『週刊プレイボーイ』などに始まり『スコラ』と『ホットドッグプレス』が包茎手術啓蒙の双璧となった。