富柏村香港日剩

香港で2000年02月24日から毎日綴る日剩でござゐます

BS1スペシャル〈ボルトとダシャ〉

農暦三月廿二日。昼に西營盤、今ではMTRの站名で「香港大學」と呼ばれる西營盤の路地裏にある「綾」でつけ麺を啜る。つけ麺を食べるのは人生で片手で足りる程の数回目。これまであまり美味いものと思はなかつたが、この食肆は自家練りの麺にかなりこだわりあり汁もコクあり。

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晩にNHK–BSの再放送でNHKドキュメンタリー - BS1スペシャル「ボルトとダシャ マンホールチルドレン20年の軌跡」見る。1990年代に始まつたモンゴルの経済成長のかげでウランバートルにマンホールの下で生き抜く孤児たちが社会問題として報道され始めたが、その後彼らがだういふ人生を送るのか行方不明も多いなか1998年に偶然、取材したボルトとダジャ、そしてオユナといふ少女のその後を追つたドキュメンタリ。


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傑作と聞いてはゐたが苦しみと悲しみ超へ小康得るボルトとダジャの半生実に見事に映像にしたもの。薄情なアタシもつい涙腺が緩む。

柳橋新誌 (岩波文庫)

柳橋新誌 (岩波文庫)

 

やつと成島柳北柳橋新誌』読み始める。代々幕府の奥儒者の成島家で幕末に将軍侍講にまでなつた柳北が漢文の偽作体で当時の花街・柳橋を著述したもの。やつとこの年になつて岩波新書での読み下しだが文体も馴染め面白さがわかる気がするところ柳北がこの初編綴つたのは若干廿三歳のときだと思ふと当時の儒家漢籍に明るいとはいへ敬服に値する。

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読めぬ文言は当たらずも外れもないかと想像で読むが「西瓜席に堆かく」なんて一文は全く意味不明。西瓜とは何ぞや。彼は隠語で「娼妓」で「西瓜の棚落ち」など此処で意味綴るも能はぬ程。さういふ花街の、それも淫賣の態を漢文で綴るアンバランスの面白さ。娼妓のうち芸を売り色を売らぬのが芸者で芸はないが色を売るのが女郎、これは分かり易いところだが本来色は売らぬ芸者と寝ることを「転」(ころがす)と云ふが、これは本来と違ふ仕事をさせることで「転」なのか本来の節操守るところ失ひ「仆る」からなのか、それについては柳北曰く「考証儒家の定説を俟つ矣」って冗談にも程あり。馬鹿ばかしいことを真面目さうに。それが可笑しいったらありゃしない。「守宮ノ効ヲ譲ルハ佐渡ノ壌」そのまゝでは今日日まづ意味不明だが守宮(イモリ)はかつて媚薬で佐渡の壌(つち)とは佐渡金山でカネ、つまり媚薬より効くのはカネ……。これが奥儒者の綴ることか、と。

二十一世紀全球化,貧富懸殊又循環出現,華爾街、矽谷、創投基金,形成了左翼的霸權。另一方面,軍火商和石油商,是右翼的霸權。兩股加起來,在伊斯蘭第三世界的對立面,擁有基督教文明的背景,就是西方霸權。拉登和伊斯蘭國,做的正是哲古華拉、毛澤東、波爾布特遺下的偉大事業,而且覺得義無反顧的光榮。邪惡以浪漫包裝,魔道擁有光環,人性的大愚昧,這種爛劇本,世代不變,一代代都有忠實觀眾,都有發燒友,完全一樣,變的只有演員。