富柏村香港日剩

香港で2000年02月24日から毎日綴る日剩でござゐます

湾仔碼頭

農暦十一月晦日小寒。曇。土曜日。官邸にて周末の残務処理。晩に湾仔碼頭。

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家人と待合せ。波止場が場所かはり新しくなつてから初めて。碼頭の建物内にある築地山貴水産で日本のお正月。香港の邦人社会にと神輿寄贈された日本橋N氏が神職の籍もお持ちで神輿の前で新年の祝詞上げられる。

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マグロの解体ショーあり。

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きちんと見るのは私は初めてか。切り落とされた大トロや中トロが、その場で3切れHK$100(1400円)で次々と買はれてゆく。香港のこの消費力にたゞ口wをあんぐり。日本では豊洲の初競りでマグロ1匹が3億3360万円だつた由。此処はフードコートになつてゐるが如何せん私には何もかも高い。金目鯛が一匹2万5千円だ。

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一旦スターフェリー乗り場に降りて売店で缶ビール買つて屋上へ。ビクトリアハーバー一望の庭園になつてゐるが土曜晩だといふのに閑散。超高層ビルのネオンはかつては日系企業ばかりだつたが今ではPanasonicだけ辛うじて残り他は中国企業ばかり。それも漢字で中国人以外には何の企業か不明。いつのまにか無くなってた最大級だつたHITACHIのネオン看板を書いてあげる。

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路線バスで太古に戻り岡田屋Aeonで板長寿司に入らうと思つたら待ち客多し。岡田屋でテイクアウトの寿司贖ひ帰宅。ぴったんこかんかんなるテレビ番組で波乃久里子の自宅拝見。かなり几帳面に整理整頓が見事。父が勘三郎XVIIで母方の祖父が菊五郎VIだ。片倉佳史『台湾に生きている「日本」』(祥伝社新書)読む。

台湾に生きている「日本」 (祥伝社新書149)

台湾に生きている「日本」 (祥伝社新書149)

 

蘋果日報で連載される陶傑氏のコラムについて最近ほとんど引用もしてゐなかつたが『カメラを止めるな』屍殺的起義 - 陶傑 https://t.co/A9Ib9lFKRv は面白い。

映画が冒頭からつまらないB級ホラー映画の秀作を延々と見せ、これで今の若い観衆なら「つまらない」と席を立ちそうだが、そこからの、あの展開。

「屍殺片場」計算厲害之處,是向一切看似「不可能」的方向出發。學院電影課程教你,二十分鐘內須有轉捩點,不可能用這樣的敘事結構。電影市場的商業統計也告訴你,一部戲不能這樣天一半地一半攔腰劈開,而且兩處接縫處中,有十五分鐘要觀眾一面看、一面慢慢將下半部的人物角色,與方才那截爛戲中的人,一一辨認應對。
但「屍殺」卻做到了,見前人不能見、為先人不敢為。當年的「羅生門」一出,也是這般顛覆、拆卸、重建,遂石破天驚。

と評論は辛口の陶傑が絶賛。

日本人生活,一切拘謹守規。電影史上的規則,日本人卻最擅長打破。創意的第一步,在於敢超越成規、打破制度。但在一個思想囚牢籠、動一動四周的老人就破口大罵你是不是想顛覆國家搞分裂的社會,人人爭相違法瞞稅、違章僭建,「創意」只發揮在「上有政策、下有對策」的鑽空子貪小便宜,這樣的國度必與創意絕緣,最後也沒有電影。
「屍殺片場」是電影工業的霸權邊緣、一場住在劏房但敢於衝殺出來的電影起義。有這樣一個自稱三千年文化的鄰國,完全放棄與日本電影競爭,上帝對日本人真不薄。

日本も映画で見れば、だが想像力はまだまだ捨てたものではない、と。少なくとも香港映画の衰退に比べれば、である。