富柏村日剩

香港で2000年02月24日から毎日綴り始めた日記ブログ 現在は身在日本

十二月廿六日(金)薄曇。朝、吉野家。特の朝定食頼んだつもりが店員と符丁合わず最悪にも特盛の牛丼供され朝の八時前に何が悲しく特の大盛りの牛丼。有楽町にて銀行、郵便局での入金など済ませ銀座。伊東屋開店前に訪ればお茶のお振舞ひあり、日本。奥村書店。三島先生の「豊饒の海」旧漢字旧仮名の四巻揃い三千円と食指動くが買わず。歌舞伎座。母と待ち合せ千秋楽。一階の一列目ほぼ中央をT君に手配頂く。福助白拍子、踊りに部分部分に本人の好き嫌いが露骨で無表情通り越して「けったるそう」に見えるところもあり。新之助君の「実盛」。当代で実盛を演じさせたら仁左衛門だろうが新之助君の実盛も平成の、拝みたくなるほどの実盛見せて頂いたと拝みたきほど。見事、見事。勿論、台詞など難もあるが「まだ」新之助なのである、新之助であれほどの演技するのだからさすが成田屋。立派。ただ最近の若者らしくNHKの「武蔵」ではさすが歌舞伎役者だけあり顔がでかいと思ったが歌舞伎の舞台で実盛の装束だと新之助君でも横顔や後ろ姿見るとやはり頭が小さすぎ。本人にはどうしようもないだろうが鬘で少し工夫すべき。瀬尾十郎役の左団次が好演。葵御前の亀治郎は将来、先代萩など見てみたいと感ず。小万は扇雀、死んだはずの小万をば板戸に乗せて運ぶのは扇雀ではさぞや重いであろう、それでもだいぶ瘠せたが。芝翫橋之助福助成駒屋親子による「道行」。橋之助の奴の踊りなければとても単調。池田大伍作の「西郷と豚姫」の如き「現代」劇は余は好まず。西郷役の団十郎とお玉役の勘九郎、二人とも外見では笑われるような役を好演、人情劇で客席は咽ぶ客も多いのだが明治座とはいわぬが演舞場ならまだしも歌舞伎座でやるべき芝居かどうか。「国家」だの西郷が大久保を「きみ」などと呼び薩摩藩での政略云々は源平の話とは大きく異なる近代国家主義が露骨。それにしても実子新之助実盛演じるその同じ舞台で実直すぎるだけの西郷どん演じられる団十郎といふ人、余の感覚では新之助といふ海老蔵以前の丁稚の如き名の息子に実盛演じさせられ自らは西郷どんとは団十郎という人なら親子であれ面子の問題として許せぬと思うのだが息子の実盛を「ようやった」と舞台の袖だの花道の陰から眺めて自らは西郷どんをなんの疑問もなく実直に演じられる、それが当代の団十郎といふ人。勘九郎のお玉もさすが巧いが中村屋の京言葉はかなりつらいものあり、配役的には勘九郎の西郷、扇雀のお玉が適するのではなかろうか。芝居撥ねて夕方、銀座。トラヤで帽子購い伊東屋鳩居堂楼上のContaxギャラリーなど。母と銀座松屋で落ち合い、四丁目の「いまむら」に食す。池波正太郎先生の愛したといふ「いまむら」の味は真っ当な割烹で地味に見えるが味付けはかなり個性の強い出汁の味付けや煮炊き焼き物の加減に敬服。無口なご主人は供す料理にて人柄から味の主張まで全てを客に伝えられる御仁。ただし索麺茹でるのに先程まで酒をお燗していたお湯でそのまま、これは拙し。酒は菊正宗。母と築地すし清にて小鰭だけちょっとつまみたいねと四丁目の支店訪れるが満席で断念。家に戻る母と有楽町で別れ新宿。地下街を少し流してY君、C兄と待ち合せY君行きつけの酒場。続いて余が八十年代に贔屓にした酒場に主人T氏尋ね一飲。二更に雨降り出し三更にY君宅に戻る頃には本降りとなる。