富柏村日剩

香港で2000年02月24日から毎日綴り始めた日記ブログ 現在は身在日本

十二月廿五日(木)晴。たまった新聞雑誌に急ぎ目を通し(興味ある記事読む時間はなく切取るのみ)昼前にタクシーでAirport Express香港站。Airport Expressで空港。見送りに来たZ嬢と昼食にカレーなど食し旧啓徳空港であれば今ごろ九龍城の美食に舌鼓みなどと彷彿し涙。キャセイパシフィックのラウンジ、規模のわりに利用者少なく殊にワークステーション空間など閑散(写真)、ドバイの難民避難所の如きラウンジ懐かしき限り(だが空港施設拡充まで二度と利用すまひ)。電脳、上網環境も整い八月には有料であった無線LANも無料に(当然の措置)。キャセイパシフィック航空五〇〇便にて一路、成田。キャセイも機内(A330)で電脳の電源は各座席で供給あり(13AのACアダプター必要)有料でインターネット接続も可(そこまでして上網したいとも思わぬが)。座席は12Aとファーストクラスなき機体ゆえ一番前の角席とは一瞬、董建華夫人好みの一等席だがA330の場合、いまの最新鋭機、機内環境に比べるとすでに格段の劣差感じるもの。キャセイパシフィックのCathayが英古語にてChina意味することはこの日剰ですでに述べたはず、Cathayの語源はロシア語でChina意味するキタイ、これは昔の契丹(きったん)王国の契丹の音がロシアに流れたもの。厳密には契丹とシナは異なるが泰西の地に於ては契丹もシナも殆ど変わらず、か。それゆえキャセイパシフィック航空契丹太平洋航空、契太航空と呼ぶことも可。機内にては最近の習慣として葡萄酒には一切口をつけず。もともと葡萄酒には弱く機内では格別で意識失うも易し。この契太航空の特別食・亜州素食(Asian Vegetarian)は余が機内食にての最たる好み。本日のメニューは胡麻醤油かかったモヤシなどのサラダ、湯葉、茸や筍のあんかけ御飯、口直しの果物までドライフルーツとなかなかの凝りやふ。機内にていつか読もうと思って新聞記事、板垣雄三氏の中東問題に関する文章など読む。成田はかつて入官カウンタこそ外国人を「エイリアン」と書くセンス、余の旅券の署名を「もっときれいな字で書け」だのと指摘されキレたこともありしが今では「おかえりなさい」で数秒で旅券返されかなり対応改善されたものの税関は不可解。税関など実直なる振り見せて通ればいいのだろうが余の旅券見た職員「海外にお住まいですか?」と余に尋ね「はい」と答えると「お仕事の関係で?」と質問。素直に「はい」と言えばいいのだろうが仕事の関係で、といふのは駐在であるとか自ら貿易営むとか仕事上、海外のその地に住う具体的な理由があるからの筈で余が香港に住う理由とは何か?と一瞬考え「個人の意思です」と答え我ながらこれ正解と納得するが税関職員は怪訝な表情で「今回はご帰国ですか?」と。日本国旅券を有せば帰国に決まっているのだが其処は突っ込まず「はい」と答えると「里帰りとか……」と職員。一瞬、アンタの仕事は税関での課税品目であるとか持ち込み禁止品の摘発であって何故余に素性調査の如き訊問をばするか?と一瞬ムッとするが「里帰り」といふ何処か情のある言葉に税関といふ場所で妥協したくなく「旅行です」と答える。仕事の関係でもなく海外に住ふ日本人がたまに帰国すれば家族もいないのか旅行?と職員更に怪訝さふな表情で荷物開けたそうだが余よの対話は避けたいらしく「どうぞ」と。成田エクスプレスにて東京新宿。新宿プリンスホテルでジム返りのY君と待ち合せ中野のY君宅に寄宿。
▼非常に地味な出来事で余は全く意に介さずにいたが信報の林行止氏が指摘するに(廿四日の専欄)十二月廿二日は中国経済発展にとって記憶に残す日である、と。この日、中共中央が十四項目に及ぶ憲法修正案を建議。その中には「馬克思列寧主義、毛沢東思想と登β小平理論」といふ中国の三大国家思想に江沢民君の「三個代表」思想を加え(笑)、但し前三者が個人名を冠るのに対し江沢民の名は出ず「三個代表」重要思想、と。だがこう言われて誰がこの江沢民の提唱した重要思想を覚えているかと言えば誰も朧げ、つまり「その程度」の内容浅きmethodに過ぎぬのだが、こうして国家の主たる思想に加えられるだけでも中国の領袖独裁ぶりがよく解る、といふわけ。これであと十年もすると「我々中華人民共和国は馬克思列寧主義、毛沢東思想、登β小平理論、三個代表重要思想及び胡錦涛路線を実践し……」となるのだろうか。閑話休題、林行止が記述で指摘したのはこの三個代表ではなく、この憲法修正案のなかに「国民の私有財産の保護」を含むこと。従前は共産主義国家として私有財産が否定され私有財産反革命であったことを思えばこの私有財産の保護は中国にとって重要な改革である、と一見そう思えるのだが、廿二日のワシントンポストが指摘したことは、過去十年、国営企業の民営化は十万件に及び国有資産の民有化は約四兆米ドルに及ぶといふ。そのうち確実に数千億ドルは不明朗なまま党幹部や有力者の許へと流れ、この十年の間に成功した人々の財産が本当に自らが創業し市場活動で得たものなのか、国家資本の私有化なのかも不明瞭、だが、この憲法修正で私有財産が認められれば、これまでに得ている財産についてはその「来源」の出自が問題になることもなく、正々堂々と私有財産として公開できるもの。非常に巨きな問題孕むがいずれにせよ一九四九年の共産国家成立により一旦は国家に没収された私有財産がかなり不明朗とはいへ公民に再び下付されたのは事実、この私有財産保護により経済発展にまた勢いがつくのも必至。
▼同じく林行止の専欄(廿三日)で前日の米国紙クリスチャンサイエンスモニター紙の「バクダッドでのクリスマス」なる駐イラクの米軍の記事を取上げ、最近はクリスマスといふキリスト教の祝祭が非基督教圏、とくにイスラム域での滲透があり、ブッシュは十一月の演説で無節操にも「キリスト教イスラム教それにユダヤ教は同じ神を信仰し」と述べ米国福音教派協会がそれに対して「基督教の神は自由と博愛の……」と反論したそうだが、林氏が経済学者の立場でキリスト教の信仰と経済発展を見れば、教会への礼拝盛んな風土は如何せん経済発展が遅く教会での礼拝をば合理的に切り捨て勤勉さを信奉する地域はウェーバーの古典的研究の成果を述べるまでもなく経済発展に著しいものあり、と。イスラム教の場合の金曜日の「停滞」も同様。仏教国家の場合、輪廻観念も経済成長に大きな影響あり、とくに悪業での「地獄行き」といふ畏怖の念も経済活動での潔白さ維持につながる、と。
▼来年の立法会選挙に向けて民主派の取組みはまるで日本の自民党の如き選挙対策ぶり。已然高き好感度保つ民主派の大勝が予想される立法会の次回選挙ながら民主派が最も怖れるは人気候補並立にて選挙に臨んだ場合の票割れでの共倒れ。それを避けるために民主党、前線から独立候補までが選挙区毎に民主派候補に絞った市民事前投票行いその結果により候補者を絞るといふ案。日本の戦後政治でみれば社共、二院クラブ無党派まで中道リベラルから左派が共闘姿勢作れず票が割れて結果的に自民党政権を維持したが如き悪態に比べれば実に現実的な政治が香港にて行われようとしている。先ごろ開催された民主派と政治関係専門にする学者との会合では(これに参加した学者は中文大学の呂大樂、香港大の盧兆興、嶺南大の李彭廣に城市大の蔡子強といふ香港にて積極的に政治的発言もする中道から左派の陣営)親中派与党の議席失減は当然としても中国側は自由党であるとか市民に人気の高い元官僚などを擁立することで民主派からの議席奪回を狙うこともあり得るが、直接選挙卅議席のうち民主派が最低でも廿二から楽観的にみて廿五議席の獲得(つまり親中派の民建聯など各選挙区にて一議席の死守)が可能であろう、と。有権者から政党、学者まで日本では考えられぬこの積極的な政治への意思表示と取組みは今では香港の宝であらふ。
▼月刊東京人一月号の松葉一清「東京発言」にて駅構内利用した商法について様々な店舗並び商売するには格好の場所だろうが鉄道施設は旧国鉄つまり国民の財産であり民営化しようが都市機能の観点からも鉄道駅は公共施設であり、これ以上、都市を支えてきた公共性とそれに根差した作法や品格が失われるのは御免蒙りたい、と。御意。駅構内はあくまで通勤だの旅に係る弁当だのの商売が限度、それ以上のものは例えば旧新宿駅でもいちおうステーションデパートといふ駅とか一線を画した別空間であり、駅舎から出でた空間に「王様のアイデア」など店舗がようやく並んだわけで、何処も彼処も一坪の空き地あれば賃貸とは些か貧困なる発想。香港の地下鉄駅舎とて同様。美しき公共「空間」がいまやつまらぬ露天商の並ぶ祭りの縁日の如し。
テッサ・モーリス=スズキ女史が寄稿し、民主主義の基本原則は政治決定に市民が発言権をもつことであるのに米国の現状は米国の覇権下世界中の人々に絡む政治決定を行う権限が大統領一人に掌握されている現代において鍵になる問いは「アメリカは世界を民主化できるか?」ではなく「世界はアメリカを民主化できるか?」」である、と指摘。御意。