富柏村日剩

香港で2000年02月24日から毎日綴り始めた日記ブログ 現在は身在日本

三月十七日(月)朝起きると視界0mの濃霧、気温は21度が昼には25度まで上がる、湿度90%のまさに香港の憂鬱なる春となる。京セラがContaxtvsのデジカメ発売。欲しいがデジカメに10万円以上出すか、といわれるとねぇ。昨日の日経で石牟礼道子の「兄やんの桜」という随筆読む。子どもの頃の活動写真が巡回してくる、その興行する若者と町の人々の話なのだが、中上健次かこの人くらだろう「たったそれだけ」の話なのだが一つ一つの場面、会話が目の前にぎらぎらと顕れてくる。「兄やんの幟がああもしおたれては、松ちゃんの忠臣蔵の験が悪うなる」と言う目だまの松ちゃんこと尾上松之助贔屓のおばちゃんの、汗に濡れた鬢の毛までが。こういう人の書いたものを読めることの至福。ある街市の果物屋のまえを通ったらぷーんとドリアンの芳香漂う。ああ、もう春だか夏が来るのだな、と思う。今年のドリアンは当り年の予感、そんな、3月からやたら濃いドリアンの香りだった。晩に九龍某所にて食を逸し日系のスーパーで夜遅くなると寿司おにぎりの類が廉価になると思っていかにも不味そうな握り寿司購い帰宅して食す。機械にぎりであることは措いて舎利が硬すぎる。が、文句を言うなら買わなければよし、マクドを避けただけでも好し。マクドといへば本家米国のマクドが12月連続で売上げ減とか。吉報。ザ・フォーク・クルセダーズの1968年10月大阪フェスティバルホールで開催された最終公演の実況録音が見つかりCD化され発売となり、35年ぶりにそのライブが蘇る。予約していたのが届いたのだが、いちばん驚いたのは35年前のフォークルに坂崎幸之助が入っておらず(笑)、35年前の音源復元でもし当時の写真まで「はしだのりひこ」が消えてそこに坂崎先生が写っていたら歴史の改竄にどう対処しようかと思ったがさすがに「はしだのりひこ」の存在は歴史からは消えてはいなかった。ただし当然のことのようにこのCD化にあたっても選曲監修は加藤、北山だけ。70年の大阪万博ですら行きたくても当時行けなかったのだから68年のこのファイナルコンサートなど知っていても行けなかった。当時、テレビで「帰ってきたヨッパライ」の今でいえばMTVといえるのか、映像を見ていた記憶のみ。当時、食堂を営んでいた祖母の家で店を手伝っていた叔父が閉めた店の明かりも消えた食堂で見ていた歌番組(このCDについてきた年譜でそれがNTV(現テレビ朝日)の「グループ・サウンズヒット10」かCXの「今週のヒット速報」であったことが判明)にこの歌が盛んに流れていたもの。年譜を見て驚いたがこのフォークル結成のきっかけは加藤和彦が65年に『メンズクラブ』9月号に「フォークコーラスを作ろう」と読者欄に投稿してそれに応じた北山らによって結成されたそうな。それからカレッジフォーク全盛でE.H.エリックの司会で高石友也マイク真木まではわかるが佐良直美!(そう、かつてはギターもって歌っていたのだ)らと共演。このCDが日本のamazon.comから届いたが同じく米国の本店よりAMP(Adventures in Motion Pictures)の「白鳥の湖」のVCDも届く。いつ見られることやら。
▼築地H君より13日の産経新聞産経抄」がアザラシのタマちゃんについて書いていたそうだが、「タマちゃんを北海へ戻してやろうという試みも人間の善意からだろうが、動物には大きな迷惑、余計なお世話かもしれない。その独善に気がつかぬ人は世に少なくない」と正論あり、と。ただ「正義と並んで善意と良心を売り物にすることなかれである」って、それこそイラク国民を独裁者から解放し民主化するというのは「善意と良心」の押し売りではないのか、とH君。公称100万部とかいう全国紙の一面で自慢気に……「善意」も「良心」も「正義」もいまやアメリカの最も吹聴するところであると誰か教えてやる奴はいないのか。
長野県知事田中康夫ちゃん、凄いなぁ、北朝鮮救う会」に対してみんなが思うところ口塞ぐなかはっきりと言うことは言い、台湾が長野県訪れる海外からの旅行者トップだからと台北での長野観光宣伝に赴く、と。自由とは何か、自主的な判断とは何か、を身を以て示しているが、長野県知事の記者会見の模様など見るとわかるのはその緊張感。リベラルとはここまで厳しいものなのか、と思わされる。内閣官房長官の記者会見などに比べて本音だから知事にも記者にもものすごい緊張感。ちょっとパゾリーニ監督の映画を見てしまったような、そこまで言わなくても、みたいなところもあり。知事と記者とが知事は「腹を割って話しましょう」と思っていても格の違い、あきらかに一方的、と見えるわけで、それなら談合的な、茶飲み話的なオッサン政治の県議会議員のやり方のほうが風土としての民主制なのかも知れぬ。
▼ちょっとしたことだが、香港は壮老年は当然として若者の新聞読みの率がかなり高いのではないか、と思った。香港ばかりか中国内地となると媒体が少ないぶん、当局の規制厳しくけして面白いというには程遠いが薄いタブロイドのような新聞が穴が開くほど読まれている。日本でいえばそのへんの若者が新聞を読んでいる、とくに貨物運転手や運送などしている若者がちょっとした暇に新聞熱心に読んでいる。日本でスポーツ新聞ですら渋谷だの繁華街に「路駐」している若者が読んでいるか、というと皆無ではないか。香港の新聞が実は本当の意味で総合紙で政経から芸能、スポーツ、競馬からナイト情報まで満載で50頁くらいあるのだから読者も多いのだが、いずれにせよ新聞を読んでいることに変わりはない。そういえば、活字情報がまだ飢えられている中国にあって廣州で発行され各地に購読者増やしていた新進気鋭で評判の『二十一世紀環球報道』なる新聞と副刊の『明星周刊』が発行停止処分。共産党一党独裁を非難したわけでも李鵬の退任を賛美したわけでもなく政治改革の必要性説いただけ。築地H君にいわせると日本では電車のなかでも新聞読む人はタブロイド版と蔑まされていた「日刊ゲンダイなんてもう、クォリティペーパー」(笑)だと。今さら新聞など読まなくても生きていけるのが日本。ただそれに相応して思考停止しただテレビからくるうまいラーメン屋、秘湯みたいな「情報」がでれでれと流れ出てきている。