富柏村香港日剩

香港で2000年02月24日から毎日綴る日剩でござゐます

山下洋輔『ピアニストを笑え!』


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香港民主化運動の重鎮ら一斉に国安法で有罪判決。一昨年の大規模デモ組織したといふが彼らが一部呼びかけ人に名を連ねてゐようがゐまいが数十万人は自分の意思でデモに参加してゐたのであつて彼らの責任など問へはしない。これが具体的な暴力行為を扇動しただとか中聯弁包囲を率ゐたとか何もない。だが象徴的リーダーであるから見せしめに有罪となる。

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蘋果日報社主・黎智英は他にもいくつかの罪状が上げられてをり「米国からの活動資金提供」でもあれば終身刑もおかしくない。中共にとつては天安門事件が契機で反中共メディア創設などしたジミー黎が「国内」にのさばることなど絶対に許せることではない。何らかの形で米国からの資金が彼の運動にカンパされてゐてもおかしくはないが少なくともCIAからの資金で反中運動するやうなダミーでないジミーであることだけは確か。

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選挙活動でなど顔を合はせれば笑顔で気軽に話をしてゐた人がかうして政治犯実刑判決で収監されるとは。梁耀忠元議員とはランニングの大会に出るとだいたい同じペースで走つてゐた。

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 一昨年の818は当局が許可したのはあくまでヴィ公園での抗議活動で遊行は不許可。それまでの抗議活動が過激になつてゐたことに対して 「和理非」が唱へられ、この日は黒蟻君たちも非過激な抗議活動に徹底したのである。この日の抗議活動では取り締まるには「生ぬるい」と判断された結果が831に至るのか。当時も何うも疑ひ深かつたが今になつて思ふとうやはり昨日有罪となつた民主派の大物たちではなく2019年の抗議活動を不安なものにした偉大なる演出家がゐたのではないかと思へてくる。警察が抗議デモを一切取り締まらず、やりたい放題にしておくなか運動は反特区政府から反中央政府に仕向けられ国家転覆といふ罪状が用意されてゐたのかも……泛民主派も「まんまと」嵌められたもの。中共の方がずつと上手だつたのだらう。一昨年の818の日が雨だつたことは朝日新聞の社説も書いてゐるが、この日の悪天候はどこか不安なほどで「運動」全体の雲行きの怪しさを予感させるものであつた。富柏村日剩20190818(こちら)。

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夕飯の前に家人が厨房で料理するなか、そこで何も手伝はずに立ち飲みとは失敬な。でもこれがとても美味しいのだから。

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日光「吉田屋」の羊羹

家人が図書館から借りてきて山下洋輔著『ピアニストを笑え!』(晶文社)を何十年ぶりかで再読。先々週の土曜日にリサイタルで尊顔を拝した御大は老禅師のやうだつたが、もう半世紀近く前の山下洋輔は荒削り。欧州に修行のやうなツアーを仕掛けサックスは坂田、森山のドラムで暇さえあればポーカーとか博打でラリパッパ。

農家と木を左側に、森を右側におく視点でなにかが起きた。その景色が固定された。農家の赤い屋根が、目に見えない布でふかれた。一瞬、景色全体がキラリと光って、おれの中に入ってきた。すべてがあるべき所にあった。視線を近くに移す。コップ、皿、グラス、ワイン、豚の残骸、すべてが完璧に配置されていた。ジミー、森山、坂田が並んで座っている。、完璧な構図だった。ポショコが隣の婦人に話しかける。その表情、口調、そうでなければならなかった。
すべてのものが、完璧に配置され、その配置のされ方の意味がおれには分かった。皿とコップの間の距離が、ある十代なことをおれに語っていた。グラスの中でゆれる木の葉の影が、そうだそうだといっていた。

それが公然と?活字に出来たのだから。それにしても美談の数々。北海道でのツアー。北見から飛行機で札幌。鉄道で室蘭へ。室蘭駅のホームで停車中の列車の食堂車に新宿でのライブの常連氏を見つける。走り出さうとする列車の窓を叩き3秒ほどの奇遇。室蘭でのライブの翌日、洞爺湖に遊んでゐると大雨で室蘭からのフェリー欠航と判り洞爺湖の鉄道駅で慌てゝ青函連絡船の切符を買ひ求め夜中に青森へ。ホテルでメッセージが届いてゐて封を切ると五木寛之からで「同じホテルにゐる、明日会はう」。或る雑誌で二人の対談が企画されてゐて日程調整中だつたのだといふ。それが偶然に青森で。携帯電話もネットもない時代に、かうした「成り行き」がステキ。この晩も夜中に山下洋輔トリオはポーカーとオイチョカブである。面白いのは雑誌に掲載された当時のエッセイをまとめた本とはいへ欧州ツアーのほとんど同じ話がこの本の中に二度出てくる。この本での後先からいふと『宝島』(1975年3月号)の「さらば碧眼聖歌隊」と『ライトミュージック』1974年7〜75年6月号の連載「コンバットツアーⅡ(海外編)」。ふつーならほゞ同じ内容でどちらかを削るところだが両方掲載されてゐるのは前者がフリージャズで後者は十分にエッセイとして残る小慣れた筆致ゆゑ。山下洋輔まだ三十そこ/\である。

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ピアノの弦が切れるのは、山下洋輔は過激にピアノと格闘してゐたから、それが原因と思はれるフシもあつたが、山下さんは、それは単にハンマーと弦がぶつかり合ふ衝撃の強弱だけによるものではなく「鳴らされたすべての音程の全体としての振動の仕方」とも関係があるのではないか?と書いてゐた。つまりは一種の殺人音波と同じこと、と。