富柏村香港日剩

香港で2000年02月24日から毎日綴る日剩でござゐます

折口信夫坐談

農暦三月十六日。穀雨。朝イチで家人とFCC……とはいへ通常の土曜日なら平日と同じで朝七時半から開くが今日は耶蘇復活祭連休の土曜で十時開店。目的は新聞の週末版や雑誌読み。土曜午前だと高価なFT週末版が無料配布もある。普段は小食なのに今日は朝昼兼ねてでがっつり食べようと朝食セット。

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カロリー高で栄養バランス偏り、さすがに夕方まで胃がもたれる。湾仔まで家人の買ひ物に付き合ひ先に帰宅。午後になり家人戻ると雲行き怪しく強い風が吹き始め空が暗くなり豪雨。


 雨は赤色警報となり風は瞬間風速100m/h(28m/s)で大型台風並み。半時間程で嵐は通り過ぎる。

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大袈裟な朝餉のため晩はうどん煮て啜る。

戸板康二著『折口信夫坐談』読む。三田で折口の日本芸能史の講義を聞き演劇研究に目覚めた戸板が昭和廿年春から敗戦を経て数年、品川は大井出石町の折口宅で聞いた備忘録。折口は出征した春洋の消息案じつゝ既に硫黄島激戦で春洋の死は確かなものとして悲しみにありながら戸板相手にする芝居の話など面白い。

  • 腹芸といふのは自然主義ではない。型に生活を充実させることだ。

なんて一言がどれだけ芝居の核心を突いてゐるか。戸板相手の芝居話は空襲もある戦時中から敗戦にかけての時節ながら若い頃から見た芝居の話が尽きない。成田屋Ⅺ、六代目、仁左衛門Ⅻ、梅幸Ⅵ、左團次Ⅱや初代の鴈治郎吉右衛門や猿翁あたりで芝翫(大成駒)や幸四郎Ⅶ、もしほ(勘三郎XVII)あたりはまだ若手。大阪出身の折口ゆゑ延若Ⅱや梅玉Ⅲ、若手の扇雀鴈治郎Ⅱ)など上方役者への言及は細かいところ魁車(1875〜1945)への思ひ入れが殊更強いことが印象的。折口といふと神話世界や古典の学者といふ印象が強いが芸能の元は大阪の「にはか」にあり新派や喜劇に対する言及も面白い。

  • 悲劇のほうが少なくとも日本では喜劇より高く評価されてゐるやうだね。
  • 榎本健一が自分の一代記を演じたら、それはハッキリ、悲劇になるんじゃないか。
  • 古川緑波といふ人、あの人も、ことによると悲劇役者かもしれぬ。
  • 日本の喜劇は醜態を演じて笑つていただくといふところがある。

その芝居話のなか芝居以外での折口の言及も注意を引く。

  • 近衛さんは喜劇と悲劇の間を歩いてゐるが(略)近衛さんは道徳的にはもっと自由かも知れない。陛下が朗らかなのと同じでね。

昭和廿年七月、日本の敗戦は濃厚で米軍の本土上陸も怖れられるなか軍の情報局が皇民の敵愾心昂揚画策し芸能関係者集めた会合で折口曰く

私のやうな何も分からぬものですが栗原さん(情報局将校)と年輩が同じだけに仰ることの手の内が見えるやうな気がいたします。私ども、伊勢の外宮が炎上し熱田神宮が焼け、また明治神宮が焼けたのを知つて本当に心を痛めています。また大宮御所が戦火を受け御所にまで爆弾が落ちた。これはシンボリックな意味で國體が破壊されたのと同じだと思ひます。さういふことを思ひをひそめて考へた場合、啓蒙宣伝といふことが言葉の上だけのものではいけないといふ気が致します。さうでないと本土決戦といふ言葉も逆効果ではないか。宸襟ヲカニセムと言ひながら宸襟を逆に蔑ろにするやうなことではいけません。無神経に言葉を使ふのはいけないと思ひます。言葉に責任を持つて頂きたい。また愚昧な我々なぞ本土決戦といふことを夜なぞ警報が出て眠られぬまゝに考へて不安です。沖縄本島は私、隅から隅まで歩いて知つてゐます。あの土地には友人も私の教へ子も大勢ゐました。さういふ者たちが(略)死んだのかと思ふと残念です。

この折口の発言に文芸関係者から軍の側に立つての非難もあつたが折口は「自分を正しくするために人を陥れるやうな物言ひはいけません!」と大喝したといふ。「宸襟ヲ安ンジル」といふ軍人の言葉の空虚。敗戦では終戦の勅旨で聖上をラジオ放送に出した重臣や軍人を「磔けにしてやりたい」と折口先生。

われわれの歌に中産階級の不平は充分にある。中産階級は上にも下にも不平をもつてゐて下の方の不平にも耐へられぬのだ。抛つてをおけば中産は滅びてしまふ。日本には昔から中産階級がうようよしてゐたので、それが亡ぶことはやはり考へなければいけない。中産階級の怒りが本当だと思ふ。無産者の怒りを表現してゐるのは西洋の伝染なのだ。日本では無産者は低すぎてひどすぎて問題にならなかつた。それが(その低層意識が)江戸時代から殖えてきた。我々も無産者だと意識するのが、それがいけない。中産階級は日本では常に苦しんできたのだし現に今も苦しんでゐる。みな無産者だと思ひ無産者顔をしてゐるのだが、そこ(じつは中産階級で苦しみもあること)が徹底しなくては民主主義もだめだと思ふ。

何といふ卓見。富裕層の倅や中産階級のインテリが「我々民衆は、プロレタリアートは」といふ左翼運動の欺瞞に対する鋭い言及。最後に一つ、敗戦後の動乱期でも折口先生は戸板ら三田の可愛がる学生を連れて週末の遠足が楽しみ。演劇の脚本読みの回などでも学生の一人が読んだ女の科白があまりに遣り手婆のやうだつたら折口先生、その学生をこれから「鴇母」(ほうぼ)と呼ばう、と綽名づけ面白がつたといふ。老いてもお茶目な折口先生なのである。

藤原書店の本を開いたら『機』といふ藤原のPR誌挿入あり。2006年11月号。岩波の『図書』や新潮の『波』のやうに、これが滅法面白い。小沢昭一の「大国嫌い」は巧妙。辻井喬が「社会を本当に近代へと変革する意思を持たないモダニズムは単なる様式として以上のものではなかった」「それは敗戦後の消費社会の性格にも影を落としている」と悲観するが、その消費社会こそ堤清二が推し進めたことの矛盾。辻井喬が「社会を本当に近代へと変革する意思を持たないモダニズムは単なる様式として以上のものではなかった」「それは敗戦後の消費社会の性格にも影を落としている」と悲観するが、その消費社会こそ堤清二が推し進めたことの矛盾。

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藤原書店『機』同号‬ 松原隆一郎教授「銀行」とは何か これは銀行の本来の役割とリスク、それに対する金融市場自由化が何かを本質的に見事に暴いてみせている。

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‘Tank man’ video stirs China outcry ahead of Tiananmen date:Asahi Shimbun:The Asahi Shimbun https://t.co/u6zjPdQNQdhttps://t.co/9Qo74CHnVI Leicaが「真実を伝へる」で天安門事件モチーフにしたPR映像作品が中共にてネット炎上。