富柏村香港日剩

香港で2000年02月24日から毎日綴る日剩でござゐます

慰霊の帛琉は非核

fookpaktsuen2015-04-08

農暦二月二十日。やつと連休明け。くたくた。帰宅してLPでキングクリムゾン聴く。雨、本降り。東京は雪だといふ。香港も気温摂氏17度くらゐで寒々。
▼帛琉ご訪問されてゐる両陛下、ハードなスケジュールのなか晩餐会での笑顔。あんな和んだ表情は拝んだことがない。南洋で心のこもつたお持て成し受け嘸や「来て良かった」とお思ひなのでせう。戦後70年でパラオ行幸は慰霊といはれるが帛琉がかつて米国の信託統治時代の自主憲法で「非核」だつたことも(その後の独立で米国に非核条項骨抜きにされたが)私たちは今回のご訪問先のこととして念頭にいれておくべき。今晩お泊まりの海上保安庁の巡視船の名が「あきつしま」とは。
▼歴史教科書の検定。文部大臣の下村“学習塾”博文君曰く

これまで光と影のうち影の部分が多かった。政府見解と異なる記述がある場合に政府見解も載せることでバランスをよりとる方向にまとまりつつある。

歴史について「光と影」はあまりに主観的。理科とは違ふ。人により光と影は逆だつたり。彼にとつての光の部分が入ることぢたい教育の政治化。これまでは左傾すぎた、自虐史観反対なのだらうが。アタシにとつては文相がこんな発言することぢたい「日本政治にとつての影」だよ、まったく。逆に尋ねたいが教科書の記述が政府見解に沿ふ場合、反政府的な見解も載せることでバランスがとれるのか?、ありえねぇだろ。日経ですら社説で「教科書はもっと柔軟でいい」と(こちら)。

重箱の隅をつつくような指摘がこれまで以上に目立つ。子どもたちが物事の多様な面を知り、自分の頭で考えるようになるためには教科書にももっと柔軟さが必要ではないか。そもそも検定制度は世界どこの国もあると思いがちだが、欧米などでは少数派だ。視野を広くして教科書のあり方を考えたい。

……とリベラルな主張のやうで新自由主義的といへば、それまでだが。
池澤夏樹「終わりと始まり」(朝日新聞で矢部宏治『日本はなぜ「基地」と「原発」を止められないのか』に触発され米国と連合国に敗れ主権国家としての体を成さぬ事態が60年以上続くなか憲法改正といふと右で(左は護憲だが)敢へて護憲派からの憲法改正案が出てもいゝのではないか、憲法で米国念頭に置き外国の軍事基地等は許可しないとすべき、と。米国は嫌がるだらうが「日本国民の総意とあれば(米国は)従わざるを得ない」って……絶対に無理。あまりにも夢想的すぎ。「フィリピンの実例もある」と池澤先生指摘するが、それこそフィリピンは戦前は米国自治領。日本に侵略されたが連合国側。フィリピンが米国基地撤廃できたのとはワケが違ふ。
▼歌舞伎役者で中村屋三代に仕へた小山三さん逝去。享年九十四。現役最高齢。喪主が勘九郎君と七之助君。勘三郎らのトーク等で小山三のやたら剽軽さばかり強調されたが畏友村上湛君さ最高の賛辞としていふ通り「下手に近づくとケガをするアブナイ女形」。『小山三ひとり語り』演劇出版社は必読。