富柏村日剩

香港で2000年02月24日から毎日綴り始めた日記ブログ 現在は身在日本

fookpaktsuen2008-04-11

四月十一日(金)燈刻に慌ててタクシー自動車に乗ると運転手は余の広東語の発音の悪さに大陸の田舎漢と思つたのか、頼んでもゐないのに流れてゐたラジオをわざはざ大陸からの普通話局へと変へてくれる。サービスのつもりかしら。ニュース解説番組で聖火リレーでの米国桑港での妨害について。平和の祭典たる五輪でなぜ政治的妨害をするのか、チベット中央政府の支援により画期的な経済発展を遂げてをり……と完ぺきなプロパガンダ放送だが聖火リレー妨害を報道するだけでも画期的な改善か。タクシーといへば一昨日は行き先を某マンションのB棟と告げたら運転手にH棟?と聞き返され、どうすればBがHになるのかと悩みつつ(BとDの聞き違へは香港では屡々)“B for Boy”と指示すれば運転手はアタシにシンガポール人か?、とゾンザイに聞き返す。そこで「さうだ」答へれば運転手も満足なのだらうが、さう思つたので性格の悪いアタシはわざと「米国人。米国の華僑」と返す。地下鉄で尖沙咀。コンビニに立ち寄り流動食?でウォッカ系瓶入り飲料を立ち飲み。科学館でZ嬢と待ち合はせ若松孝二監督の映画『ゆけゆけ二度目の処女』看る。1969年に、さすがにアタシもこの映画は看てをらず。香港でマイナー映画なのに観客は百五十名くらゐ。物語は屋上。ロケ地のビルの屋上は、ありや神宮前か。意外と近くに見える代々木の体育館の屋根、遠くに見える出来立ての霞が関ビル、で表参道と明治通りの角、ラフォーレの向ひ。閉ざされた屋上でのレイプ、レイプ、レイプ。窒息しさうだが、どこか風通しの良さ。それにしてもアタシが感じたのは「レイプする時は男はまづジーパンならベルトと前ボタンを外すだろーがつ!」つてことに尽きる。レイプするのに、当時の若者風俗で腰回りはタイトなパンタロンジーンズで、太い皮ベルトして、輪姦のシーンで若者たちはみんなベルトと前ボタンも外さずレイプ、レイプ、レイプ。社会主義的リアリズムの欠如。どこか御飯事的。それが若松監督が若者たちの幼稚性を表現するための演出、と考へることも出来るが、たんなるリアリティの無さか。橋本治なら「1969年といふ時代で、まさに当時の学生運動は、ベルトも外さずにレイプに及ばうとする行為なのだ」とか言ひさう。本当はそれぢや事に及べないんだけど及んだつもりになる、といふ錯覚、或いはイメージ的には及んでしまつて、ズボンの上から擦つてゐるだけで、きついジーンズの中で揉まれての射精の如し。いづれにせよ1969年のこの若者の不条理は、2008年にアタシから眺めるとそんな感じ。そんなことで社会が変はるといふ誤解がいけなかつた。この映画の後半の猟奇的殺人のシーン。当時は前衛だつたのかしら。今みると最近の殺人事件のせゐかヘンに現実的。香港の観客はやはり主人公の少女の「私を殺して」で笑ふ。私を殺して=チーシン! 自分から「私を殺してつ!」がをかしい、のは精神的に香港市民が健全な証左か……近松なんて読めたもんぢやなからう。だがシェークスピアの芝居や歌劇『アイーダ』なら笑はない。根つから、映画=娯楽、なのかしら。映画見終り久々に焼き鳥五味鳥に寄るが案の定、満席。居酒屋「兎に角」へ。この店のご主人をZ嬢、15年くらい前に日本料理Kでお見かけしてる、と。尋ねると正解。鰹の叩き、と讃岐うどん。まるで大学生の新歓コンパの如き御一行あり。日本人のボス?に連れられた若い連中、一気飲みもいいけど溢したり一升瓶が割れたり、それが浦霞とは勿体ない。今晩は少し涼しく帰宅途中にヴィクトリア公園を歩む。暗がりで人懐こい黒猫と戯る。
▼中環の擺花街のパン屋、泰昌餅家。何処にでもある間口一軒半の小さなパン屋の企業資産価値がHK$5百万也。泰昌餅家といへば英国統治最後の総督クリス=パッテン君が市街視察の折に立ち寄り、このパン屋のエッグタルト頬張り贔屓として度々立ち寄り訪港した独逸のコール首相(当時)まで連れて行き、で返還当時に一躍、世界でも有名なパン屋に。その後、地価高騰で既存の店の賃貸難しく一旦は閉業決めたが某企業の資金参入受け近隣で営業継続。で今回は香港一部上場の飲食企業・稲香集団が食指伸ばし、たかだか間口一軒半のパン屋の経営権の2割をHK$1百万(1,400万円)で取得の由。

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