富柏村日剩

香港で2000年02月24日から毎日綴り始めた日記ブログ 現在は身在日本

十二月二十三日(日)快晴。新界はKadoorie農場にて恒例のKadoorie Runあり陽明山荘住人I氏と参加の予定が昨日の抜歯でさすがに参加諦めそれでもKadoorie農場を訪れる機会などそうそうあるでもなくせめてI氏の応援にとKadoorie農場にI氏、Z嬢と向かう。Kadoorie家は香港に古くからの財閥にて元々英領インド系の一族、ペニンスラホテルを有する香港大酒店や中華電力などの大株主であるが株式会社が相互互助の慈善事業体、コンフレーリー的な組織であるという、そういう色彩を今なお色濃く残す一族にて、この牧場も中共成立後の難民急増にて難民に就業機会をということでKadoorie家が新界の農地農業開発のための農業振興基金を創設し、この農場がその組織のいわば中心、農技術の普及、実験農場となったもの。その後農業振興という役目を終え有機野菜や無農薬農法、自然教育といった目的をもち今日に至る。南に大帽山をいただく農場の広大な敷地には標高540mの観音山という頂を有し、本日のレースは農場入口からこの観音山頂上まで400mの標高差を5kmに渡る農場内の道を駆け登るもの。レース始まった後Z嬢と農場を葛折に登っていくレースに対して綾をなしながら頂上に向いI氏の到着を待つ。頂上にはKadoorie家の先代の未亡人、当主も完走者を祝福。レースに出ておらぬ身ながらふてぶてしくもレース登録したのをいいことに完走記念のTシャツを受領す。バスにて元朗。錦田の町をほぼ10年ぶりに抜ければカトマンズのようにネパール人多し。バス停に『地球の歩き方』を手にした日本人女性二人おりリピーターともなると「ネパール料理のおいしい店知ってるしぃ」とここまで来るものかと驚く。元朗よりタクシーにてやはり10年ぶりに流浮山。タクシーのなかより快活谷の競馬の馬券モバイル購入。ここには10年前に元S新聞特派員のI教授に同行して訪れて以来。I教授の話で70年代に社会党の訪中団が竹のカーテンの向こうから帰ってくる列車を駅前に小さな食料品屋が一軒あっただけの上水で日なが待っていた事など聞いたのを思いだす。劉勝記なる魚屋にて魚介類を調達して劉勝記の勧めるまま海湾酒家。平目、美味。昨日よりの鎮痛剤と抗生物質服用中にてビールすら飲まず。快活谷の第2レースの時間となり馬主C氏のWin It AllがR2(芝・マイル)に出場、I氏は私も含めC氏の観戦お誘いをKadoorieのレースありとお断りしていて、この今季未勝の八歳馬が前夜オッズ27倍ながらこんな日に限って入賞するのではないか、16日のR4(芝・1,400m)のDashing Winnerとて28倍にて一着、C氏はツキがあるから……と内心恐る恐るレース結果を確かめればこういう予想は的中して三着に入り複勝でHK$52.5の高配当。またC氏になんで来なかったんだと惜しまれるか。元朗に戻り高速を高速にて暴走するバスにて一気に香港島に戻る。快活谷の競馬は堅めの単勝1つと複勝2つで少々の負け、R4は3Tの中レースにてHK$858の配当となったTrio3頭を見事的中していて 単Tにて馬券買わず残念。有馬記念も終わっていることを思いだしJRAのサイトで見れば「あらら……」テイエムオペラオーが不安的中して五着に没み世代交代の予感が当たりマンハッタンカフェが一着、大穴でアメリカンボスが二着に入り、複勝で馬券購入していたトゥザビクトリーがきちんと三着に入り530円の配当、Win It Allの買い損ねた複勝と同額の複勝に安堵(笑)。それにしてもなぜアメリカンボスが二着に来るのかねぇ、マンハッタン⇒アメリカンボス⇒To the Victoryとは館長、S氏の言う通りデキすぎの暗号馬券。メイショウドトウは四着にてオペラオーは有終の美飾れず。NHKのドキュメンタリーにて三宅島を離れ一年ぶりに島を訪れた島民たちの姿、ドキュメンタリーを見るに耐えられず。Kadoorie農場の蜜柑、I氏が購い譲られ賞味すると身が硬く昔懐かしい酸っぱさの中にしっかりとした甘みがあり何より蜜柑の香りが部屋中にひろがる。薬服用にてほぼ48時間にわたり酒を飲んでおらず、このような経験今までになくかなりテンションがハイ、このまま禁酒続けるか。海上保安庁による奄美大島沖での48年ぶり!の射撃により不審船沈没、「海上保安庁の巡視船『みずき』は、マイクを使い英語、中国語、韓国語で通告した」(朝日新聞)そうだが、北朝鮮の船だったので「韓国」語が通じなかった、なんて、ね。