富柏村日剩

香港で2000年02月24日から毎日綴り始めた日記ブログ 現在は身在日本

金春禅竹の劇世界@金澤

陰暦正月二十日。気温摂氏▲0.9/6.5度(金澤)。雨(水戸)→雪(金澤)。


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家人と雨のなか珍しくタクシーで水戸驛に往き常磐線の特急を上野で北陸新幹線に乗り継ぎ金澤に11:53着。速すぎる。金澤は初めて、といふか北陸は初めて。金澤へは寝台特急〈北陸〉があるころに、それに乗つて往つてみたかつた。急行〈能登〉なら上越線経由ではなくて昔の米原経由のやつで、これの寝台車に乗ると吉田健一が通路の簡易椅子に坐つてゐて東海道停車駅毎に夜中、生ビールを買つてきては飲みながらだつたら最高だらう。昭和39年当時、東京驛を20時20分に発つ急行能登米原が4時44分で北陸本線に入り富山を経て金澤には朝の8時40分着。それで宿に辿りつくなりかけつけ一杯で朝風呂につかり午後起きて飲み始めるにはちょうど良いタイミングだ。上野駅から金沢に向かふ夜行のイメージは五木寛之。本当かウソか知らないが(そんなことを書いてゐたのは井上ひさしか?)五木寛之が銀座のバーでカウンターの端で独り飲んでゐて独り言か隣に寄り添ふホステスに「金澤は今ごろ雪だらうな……金澤の雪が見てみたい」と呟くとホステスが「あたしも……」と五木先生の腕にもたれかゝれば先生は「それぢゃ、今からなら上野からの夜行列車に間に合ふ」とジャケットのポケットから夜行寝台の切符を見せて二人は銀座からタクシーを飛ばして上野へ。これを中学の頃だかに読んで「なるほど大人は上手なものだ」と感心したものだつた。
そんな時代に比べると北陸新幹線はつまらない。金澤に行く途中で軽井沢も要らないし長野は長野で行きたいから通り抜けるには惜しい。あつといふ間に日本海側に出て軽井澤から長野にかけては晴れてゐたが冬の日本海側らしい雪景色。金澤は雪もほとんどなかつた。
今回生まれて初めての金澤で何もわからない。年末に神保町から神田のみますやでの忘年会に歩いてゐたら駿河台下で三茶書房にご主人をお見かけしてご挨拶にと入つたとき入口の書架に村松友視金沢の不思議』(中央公論社)があつて隣に並んでゐるのは水上勉『京都遍歴』(平凡社)で三茶のご挨拶かはりにこの2冊を購めた。それで少し金澤のことを知つてをいた方が良いと慌てゝ『金澤の不思議』を読んできた。闇笛、金沢流一調一管のバトル、尾張の弱小戦国大名だつた前田家でかぶき者・利家から利長、利常への三代で金沢百万石の外様大名となつた物語、工芸の勃興、「兼芸」が生む文化、加賀宝生と「空から謡が降ってくる」世界、長唄囃子の杵屋喜澄、茶屋町茶の湯は(瓢鮎子)数江教一先生から大樋焼へ、秋声・鏡花・犀星……さすが村松友視でいくら金澤が好きで通ふほどとはいへ、この文化都市を変遷から了見まで見事にまとめてみせてくれた。加賀の地の利があり外様のやうで幕府と宮廷から姫君を招き文化と工芸を育み、さうした強かさ。水府など到底敵ふものではない。

現代の金澤の粋でございます、と誇らしげな金澤驛で荷物を預けて、お昼は人気の駅ナカはおそろしく混んでゐるだらうから驛を出て〈長八〉といふ夜は居酒屋になる店のランチで焼き鯖の棒鮨と甘海老の押し寿司をいたゞく。

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金澤駅に隣接の石川県立音楽堂へ。村上湛君がこの音楽堂の邦楽主幹をされてゐて(邦楽監督は野村萬斎師)今回こゝで「金春禅竹の劇世界」と題して禅竹の〈杜若〉と〈定家〉を前者は舞囃子梅若万三郎師、後者をシテは大槻文蔵師、アイに萬斎師といふ番組があると湛君に誘はれ、この組合せは見るに値するものと遠路遥々やつて来た次第。万三郎氏は昨年十一月の橘香会で〈卒都婆小町〉を体調不良で休演され、やつと初めて拝見。能楽をつきつめて来られると、この齢でこの境地に達するのか、拝むやうな〈杜若〉であつた。〈定家〉もじつに尺の長い作品ではあるが讃君のいつも見事な幕前のお話で〈定家〉についての要領を得た解説もあつて後白河帝皇女・式子内親王藤原定家との結ばれずの恋といふ未練の物語も「恐ろしい」が〈畏怖〉になるところ、そして文蔵師のその境地の体現がまた拝みたくなるやうな舞ひであつた。金澤は昔から謡ひや能楽も盛んで石川県立の能楽堂まであるほどで能楽愛する人たちがゐる。今日の開催は音楽堂の交流ホールに設へた特設の舞台で見慣れた能舞台でもなければ鏡板に松もないのだが万三郎、文蔵といふ現代の能楽の屈指の身体表現をじっくりと見るには、この特設舞台は面白いものであつた。〈定家〉で序の舞になつたときに、かうしたクライマクスはどこか影のあるやうな能舞台の方が映えるものなのでは?と思つた。初めてみた〈定家〉だつたが序の舞が短いやうな気がして今日の演目が終はつてから客席でこちらまで来てくれた湛君に(何も知らないので恐る/\)尋ねると今日は序の舞が短くなつてゐたさう。3時間余の公演が終はり外を眺めると昼の気候が嘘のやうな吹雪。積雪ももうすでにかなり。何だか〈定家〉の物語がまだ続いてゐて吹雪のなかに式子の怨霊が現れてでもくるかのやう。宿(三井ガーデンホテル)は驛から歩いても15分ほどで公共バスも便利だが旅荷もありたくしシーで向かふ。タクシーが後でわかつたが大通りからホテル裏の十間町の方の車寄せに着けてくれたら親切だつたのに大通りで停められてタクシーを降りたら轍と積雪と融雪のびじゃびじゃで下榻が大変なことに。初めての金澤で酒も料理も楽しみたいところだが疫禍防疫で休業補償もあるので潔く暖簾をしまひ行燈も消した飲食店も多く夜も営業する店も20時閉店でアルコールの提供はさらに早かつたり。ホテルで旅荷を解いてすぐに雪のなか出かけてみたらホテル近くの尾山町に地元の日本酒を飲ませ左党にはうれしい酒肴を少し出す肆(日本酒バール金澤酒趣)があつて丁度、席も空いてゐて、そちらにお邪魔する。

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ご亭主が県内で鶴来の菊姫酒造で蔵人をされてゐた由。その菊姫の〈鶴乃里〉と農口尚彦研究所本醸造をいたゞく。なんで日本酒がこんなに美味しいのかしら。米が兵庫の山田錦でも気候や、そして水が違ふとかうなるのか。肴に少しだけ真鱈の昆布〆、ポテトサラダ(マヨネーズ使はず塩麹、オリーブ油と米酢で味付け)と自家製ハム。金澤にアタシは住まない方がいゝだらう。


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宿の最上階に大風呂あり。夜でも照明が控へめで展望が雪が少し舞ふなかに暗闇に金澤城の白山がとても大きく映る。何ともいへない幻想的な借景でした。


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香港ではどこまで悪疫猖獗がひどいのか(どこまで本当に緊急治療が必要なのか)よくわからないが医療危機に陥つてゐるのだといふ。親中派のメディアが(って反政府派のメディアなんて存在できないのだが)香港市役所の無能ぶりを罵つてみせる。林郑や防疫の担当者を罪人する風刺画まで。


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その上で中央政府の指導による防疫体制の強化、内地からの専門家派遣や物資供給で香港救援。何だかすべてがシナリオ通りで(陰謀論のやうだが)中央政府の直接統治に向け着実に物事が進んでゐるやうにしか思へない。


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