富柏村日剩

香港で2000年02月24日から毎日綴り始めた日記ブログ 現在は身在日本

大槻文蔵シテ〈玄象〉


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香港に30年も住んでゐて深圳とのボーダーの「禁区」沙頭角は未踏のまゝ。深圳と接するどころか沙頭角といふ町が伯林のやうに二分されてゐるが「壁」がないどころか境界が「中英街」といふ市街路で跨ぐのは自由。但し「禁区」なので居住者以外の立ち入りは制限あり香港の場合は禁区内に墳墓があるとか、親戚がゐて、その禁区居住者が管轄の警察に入境者の許可を取る必要あり。深圳側からの沙頭角入境は香港に比べて自由で「沙頭角一日遊」なんてツアーもあるさう。あくまで中国人民向けのツアーだが、これに紛れこんで沙頭角侵入に成功した香港在住日本人は今では埼玉の某市で市議会議員。中国が鄧小平の改革開放になつてからは香港との往来はかなり自由になつたが、それ以前はこの沙頭角が中国にとつて国内に香港があるやうなもので物資流通や金の売買などかなりの存在意義があつたさう。それが随分と寂れてゐたのだが大公報が報じるのは沙頭角の開放と再開発。それでも「今更あんな辺境にでは」と思ふが沙頭角開発の意義は「一つの市街」であることで、そこが「開放」されるといふことは「内地と香港の一体化」への重要な一歩なのだらう。蘋果日報は国安警察トップ・蔡某のエロ按摩醜聞報道の続報。香港警察トップの鄧某が、この蔡某への調査内容明らかにせぬことに監警会(香港警察の外部監査組織)の元メンバーも批判ださう。

(茨城交通)6月7日から「みと号」「高萩・日立線」全便が東京駅に直行 - 茨城交通

平日の首都高速道路の激しい渋滞による遅延対策のため、これまで都営浅草駅・上野駅での降車扱いを行ってまいりましたが現在は、外環道の開通や首都高拡幅工事の完了等により首都高の渋滞は大幅に緩和されてきています 。このことから東京駅までの所要時間短縮を目的に2021年6月7日(月)始発便から土休日に加え平日も全便を「東京駅直行便」(浅草・上野通過)として運行することにいたしました。

水府から東京駅行きの高速バスが平日はなぜ浅草、上野経由なのか不思議だつたが、かういふ理由だつたとは。浅草経由は不便なやうでゐて都営浅草線歌舞伎座、築地、新橋には便利。今日はそのバスに乗り納め気分で高速バスに乗る。バスは向島で首都高を降りて言問団子と長命寺桜餅の店舗を車窓から眺め後ろ髪引かれてゐるうちに大川を渡り浅草。

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それに、この高速バスは浅草で降りると、すぐに並木の藪なのが嬉しい。蕎麦やで昼を過ぎた時分で普段なら早酒の客が……だがコロ ナで酒類提供なし。昼の居残りの客が出たあとで昼のパート店員のお姉さん方も草々に上がつて店内は一瞬アタシ一人。感染防止で窓も扉も開けはなたれ天気は良く心地よい風が店内に流れ、こんななかしずかに盃を傾ければ最高だらう。さうもいかず珍しく最初から天ざるを注文。鞘巻の海老が4尾、きれいに揚げられて盛りつけもさすが。

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もう夏のやうな強い陽射しで晴雨兼用の折畳み傘がほしいと思つてゐたので、さうなると三筋にある前原光榮商店が近いが小宮商店にちょっと気になる新商品もあり都営地下鉄で東日本橋、横山町へ。 前原も小宮も産品良し、接客良し、修理良しで三拍子揃つてゐる。

昔は男子の日傘なんて笑われたが今では珍しくもない。紳士用の晴雨兼用折畳み傘はだいぶ品種も増えた。十年くらゐ前だと新宿の伊勢丹でも1種類しか置いていなかつたのだから隔世の感あり。それだけ夏の猛暑の異常。お買ひもの済んで都営線で東銀座へ。

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若松で豆かん、と思つたら若松は臨時休業中。さうだつた、この甘味やは緊急事態宣言のときは頑なに閉めてゐるのだつた。狭い店内でソーシャルディスタンスどころではない。銀座3丁目にある日々(にちにち)といふ画廊で宮岡麻衣子さんといふ陶芸作家の作品展があると久が原T君に教へられT君は丁度今日は歌舞伎座の第二部(忠臣蔵の道行と六段目)を見終はる時間だから、とご一緒することに。普段はあまり歩きもしない三原通りで画廊に入らうとするところで後ろからT君に声をかけられる。宮岡麻衣子作品展 | 日々 nichi-nichi 古染付や古伊万里のやうで、どこか斬新さもある落ちつきのある器たち。最後に飾り残つた花を愛でるのにちょうど良い小さな花瓶を一つ入手。T君とお酒を飲むのでなければいつも外堀通りのウエストとなる。四方山話しながらケーキにお茶の至福なひととき。
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みゆき通りから日比谷へ。都営三田線で水道橋。都営線しか乗らないで移動する日ってのも珍しいわ。宝生能楽堂。銕仙会の定演(こちら)で大槻文蔵がシテの〈元象〉である。狂言野村萬と万之丞の〈入間川〉。今日もお会ひする畏友・村上湛君に折角お能を見るのに良い番組の日を選んだと誉められたが、この公演をアタシが早くに見つけたのも考へてみれば湛君由縁。彼が関はつてきた大学能が昨年の夏に青山の銕仙会で開催される予定あり文蔵師も出演で楽しみにしてゐたが疫禍中止となり銕仙会HPを見てゐたら翌年5月だが銕仙会の定演に文蔵師出演とあつたのがこれ。

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香港から帰省するたびに歌舞伎は見る機会が何度もあつたがお能は若いころに見たのも稀で帰省の日程でぴたりと1日公演のお能にタイミングが合はず昨年から努めてお能を見始めたが今夕のこの〈玄象〉は今までになく物語の世界にストンと入つてしまつた。その人柄や思考までが能面を通してこちらに届くやうで、心が洗はされる緊張感がとても気持ちよく感じられる文蔵師の舞台を拝みにいつたのだが今日は笛(松田寛之師)で、こんな表現豊かで、この音色だけでも物語が表れてくるではないか。感受性のほんと乏しく芝居や音楽に没頭できない性のアタシがこんなに感動するなんて。公演のあと湛君にその笛のことを話かけたら彼からも松田師の笛がどれだけの技量で、しかも今晩の表現が実に素晴らしかつたと聞く。彼ほどの見巧者の劇通にこちらからの感想がピタリと通じたのがこれまた嬉しい。館内では「参観客どうしの会話もお控えください」なのに、ついロビーで声も大きかつたかしら。昨年10月の銕仙会(こちら)のときは公演のあとアタシの電車の時間もあるので村上君と水道橋駅の改札で立ち飲みも可笑しかつたが今日はそれも自粛で会場でお別れ。20:40すぎで特急(ひたち最終)は東京駅発は20:54で広い東京駅で中央線快速→常磐線の乗り換へは絶対に無理だが上野21時に間に合ふか何うか。これを逃すと30分後の特急(ときわ)は水府到着が44分も遅くて23時近くになつてしまふ。秋葉原から山手線で御徒町駅に停車中にこの特急ひたちに抜かれた。もうダメかと諦めたが山手線の上野到着は20:59で上野は常磐線ホームも近いので少し小走りでぎりぎり特急に間に合ふ。特急券を車内でお求めは事前アプリ販売より360円も高いが次の特急待ちで飲んでるのを考へるとさっさとシラフで帰るほうが経済的か。

われ日の本にて。
琵琶の奥義を極めつゝ。大国を窺はんと。
思ひし事の浅ましさよや。まのあたりか
かる堪能ありける事よ。 所詮渡唐を止ま
らんと。
今日は謡本(袖珍)を用意してちゃんと読んでもみたのだが、このところは面白い。藤原師長が琵琶の奥義極めるがため入唐の決意で村上天皇の霊が、それを諫めるのが〈玄象〉の筋なのだが唐国を大国、大国と窺ふことが浅慮だと質されるのである。日本で目の当たりにするところに堪能があるだらう、と。素直に読めばとなりの芝生は青く見える、で灯台下暗しとなるのだらうが中国が強国の時代にあつてこれを聞くと厭中感たっぷりのやう。