農暦五月廿五日。雨は降らずとも雲行きがダイナミックな一日。
日本では西日本から台風でG20に来日のトランプも習近平も暴風雨に晒されるのかしら。なぜに彼ら賓客はボーディングブリッジ用いず今どき「飛行機からタラップを降りる」て歓迎なのかしら。さういへば「秋篠宮夫妻のポーランド、フィンランド訪問が民間機で晋三がG20 で大阪行きが政府専用機?」といふのも気になるところ。本日午後、湾仔の公立病院で定期検診。HK$50で診察と服用薬まで料金カバーされありがたい。処方薬のうちJanuviaといふ一種類だけ公立病院では基本料金内では扱はず外の調剤薬局で買ふ必要あり。もうかれこれ四半世紀も馴染みのHappy Valleyの調剤薬局へ。トラムに乗つて銅羅湾方面に出るつもりが湾仔で金鐘方向に曲がつてしまひ乗り間違へ。折角なので今日は黒衣の若衆が律政中心包囲してゐるので、その現場へ往くことに。トラムを花園道坂下で降りて坂を上るとSt. John's Cathedralは正門封めて「誤用の方は裏にお回りください」。Lower Albert Rdの角に警官が守衛して自動車は通行止めだが歩行者は不問。そこから道路占拠……といつても道路に静かな座り込みになつてゐる。
これまでの立法会や行政長官弁公室への抗議、税務局やイミグレでの業務妨害に対して今日はあくまで今は律政中心となつてゐる中區政府合署(Central Government Offices)「鑑賞建築風格」である。1950年代後半に建立の香港の戦後モダニズム建築の一つで香港一級歴史建築にも指定されてゐる。よつて建物への落書きなど以ての外。黒蟻社中の内、英国旗翳す港独派の諸君にとつては英領香港を象徴する建物なわけで貶せはしないだらう。
この「律政」のロゴ、篆刻なのだが「読みづらい」。石を彫る 彫り方による違い 印の種類によると篆刻には陰刻(白文)と陽刻(朱文)があり、この「律政」の場合、律が陰刻で政が陽刻となり勿論、この二種を一緒に用ゐる併用の白朱文というのもあるのだが、まさに「印象」に左右される。下記の「玲月」はわかりやすいが「律政」はかなりまじ/\と見ないと「律」が判別できない……香港の律政の不透明さの象徴か。
数百人の黒衣の若衆が道路に座り込む律政中心前を通り抜け。道路守衛する警官に「そなた何処に?」と尋ねられ「拙者、FCCに参るところ」と答へると通してくれる。
FCCの前から道路封鎖。
これくらい平和な道路占拠はもはや香港の政治文化遺産か。
築地H君曰く日本で世論が内閣を倒したのは戦後はこの1回だけ、戦前の方が数へ方にも拠るが第一次護憲運動の桂内閣、米騒動の寺内内閣、第二次護憲運動の清浦内閣と3度あつたか。香港は行政長官の初代(董建華)が実質的に2013年の50万人デモの余波で健康理由に辞任、地下党員CY梁は不人気で一期で事実上、北京中央が消去である。普通直接選挙ではないが。日本の帝国議会は総選挙もあつたが内閣総理大臣は選挙結果によつて決まるわけではなく、戦前も世論や民意を反映させる回路が正式にはなかつたわけで「だからこそ行動の圧も強くなる」のかもしれず、権力の側も寧ろ世論を恐れてゐたか。それが今では晋三など「どうせ選挙をやれば勝つ」という自信ある所為で世論畏れぬ傲慢とやりたい放題である。香港特区のトップ連中が世論に敏感なのは戦前の日本に似てるかもしれぬ。建制派も「このままでは今年の区議選、次の立法会選挙で雪崩のように負ける気配」で政府に逃亡犯条例をさっさと撤回すれば?とまで迫る。少なくとも今の日本より政治感覚はマトモか。
Hendrick's GinはCucumber Martiniで飲むのが一般的だがロックで飲んでゐる御仁あり早速、これは夏には清涼、と真似して注文。胡瓜を折つてしまつて自己流。上手い。
黒衣若衆の律政司前座り込みは晩十時半まで続き、律政中心に籠城となつた律政司はその後、帰途についたといふ。ご苦労なさま。