富柏村日剩

香港で2000年02月24日から毎日綴り始めた日記ブログ 現在は身在日本

安田峰俊『八九六四「天安門事件」は再び起きるか

農暦五月廿一日。曇、驟雨、晴と天気不安定な日曜日。


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昼に食べたインスタント焼きそば、香港では759阿信屋で売つてゐて「かなり辛い」と辛いもの好きのオヤジ連中に聞きアタシは辛いものは好きぢゃないがインスタントでどれくらゐ辛いのか、と思つて食べてみたのだが食べなければ良かつたと後悔するくらゐの辛さ。

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本日の宝塚記念。香港でもサイマルキャストあり。キセキの評判良くレイデオロと一番人気競ひ香港でQE II Cup3着の牝馬リスグラシューも捨てがたくアルアイアンも香港では馬券的に面白い。この4頭であと1頭入れるならスワーヴリチャードだらうが、それぢゃ人気馬5頭で余りにも芸に欠ける、とスワーヴリチャードだけ外し4頭で三連単とアルアイアンの複勝。結果、リスグラシューが驚異的に強くキセキ、スワーヴリチャードの順で4着がアルアイン、5着がレイデオロ。「スワーヴリチャードさえ来なければ」といふか「スワーヴリチャードも入れておけば」。本日、夕方、近くの消費場に無印で肌着など買ひ物に出かけたくらゐ。

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太古の誠品書店内にラーメン屋あり。「味觉は新しく体现してぃる」とヘンな日本語で誠品書店は台湾なのに香港で簡体字なのも違和感あり。「味觉は新しく体现してぃる」は何か伝へたい気持ちはわかる。「体現する」は他動詞で「〜を体現する」にしなければいけないが「体現」といふ漢字感から自動詞的に何かがラーメンの味覚から自発的に醸し出されるのだらう。

八九六四 「天安門事件」は再び起きるか

八九六四 「天安門事件」は再び起きるか

 

安田峰俊『八九六四「天安門事件」は再び起きるか』(角川書店、2018年)読む。いろ/\な形で八九六四に関はつた人々、学生運動家それも王丹やウアルカイシから学者、日本にゐた留学生、陋巷の無学な人情家から当時この事件に遭遇した日本人まで。このインタビュー集の興味深いところは通常、六四本はかなりが六四の学生運動側の立場で、その検証をせず弾圧の悲劇の「真実」語る立場のもので、または北京中央の権力闘争の内幕物になるなか、かなりニュートラルな立場でこの八九六四が何であつたのか、を聴き取りから突き詰めてゆくところ。この学生運動が成功してゐたら中国が必ずしも良くなるとは限らないといふ冷静な視点と、だが弾圧をした共産党政府を是としない立場。人々も党政府の強力な統制があるにしても何故にこの後、かうした政治運動を起こさないのか……は香港も含め中国の外の世界にゐる我々は冷静に見ないといけない。以下、この聴き取りでの人々の発言から切抜き。

  • 現代の中国は、こうした正論への関心さえ持たずにいれば、それなりに人生の幸福を享受して生きていくことも可能な世の中になっている。民主化問題や維権運動(人権擁護運動)に関心を抱ける程度の、知力や論理的思考力を持つ都市市民ならばなおさらだ。
  • そもそも当時までの中国において、学生運動は(公然と党体制の打倒を主張しない限り)タブーではなかった。大学進学率が数%にとどまった1980年代、大学生はこれから社会を率いていくエリート予備軍だ。未来を担うインテリ青年たちが国を変えるために声を上げる行為を好ましいとみなす風潮は、官民ともに存在していた。
  • (六四のあと)中国の民主化が挫折したことへの怒りの声は聞かれなかった。
  • 天安門の学生デモはその途中から、政権の内部においては鄧小平以下の党長老や保守派(李鵬)と改革派(趙紫陽)の権力闘争の道具に変わっていた。軍内でも一般市民への武力鎮圧を躊躇したり、改革派に好感を持ったりする部隊や司令官が存在したとされ、彼らがクーデターを起こす可能性は充分にあると見られた。これから内戦が起きるぞ。中国はまた混乱する──。最高指導者の健在ぶりがアピールされたこの瞬間から、中国の社会は秩序を回復しはじめ、内戦の不安は消し飛んだ。
  • デモから生まれた非日常的な状況をながらく面白がってきた。そんな「お祭り」の果てに、これまでの社会がちょっと良くなればいいやという淡い期待が、大部分の人に共有されていたせいぜいの認識だった。
  • 避難民たちは、民主化の挫折などよりも、八九六四が中国に再びいつもの極限状態をもたらす事態を何よりも恐れていた。
  • 身分を失うことへの懸念だ
  • 正直、中国民主化運動をやらなければよかったと感じることはある。もしも天安門事件が起きなければ、私はその後の中国の社会でもっと面白い仕事をできていたんじゃないかな。
  • 中国の社会が本質的に抱えているカタストロフィの可能性。
  • 強大な権力の統治がひとたび緩めば、世の中の一切がメチャクチャになる。中国はそういう危険のハードルが極めて低い国。
  • 中国の五千年の歴史は、半分が独裁でもう半分が戦争だった。十数億人も人口がいる国を急に変えようとするのは、実はとても危ないことだったんだ。
  • もしも天安門が成功していたら──。共産党政権がなくなっていたら中国は大丈夫だっただろうか。「大丈夫だった」と自信を持って言う人間は誰もいない。仮に当時の学生が天下を取っていたら、別の独裁政権ができただけだ。過去の辛亥革命も国民革命軍の北伐も社会主義革命も、結果的には袁世凱や蔣介石や毛沢東を新たな独裁者として台頭させる踏み台でしかなかった。
  • (当時の中国では)政府は必死で情報を入れないようにしていた。でも、学生は中途半端に情報を仕入れて、中途半端な理解から、外国を天国なんだと考えた。だからあんなことになった。それが天安門事件の真実だ。
  • 中国は変わったということなのさ。天安門事件のときにみんなが本当に欲しかったものは、当時の想像をずっと上回るレベルで実現されてしまった。他にどこの国のどの政権が、たった25年間でこれだけの発展を導けると思う?だから、いまの中国では決して学生運動なんか起きない。
  • 中国における言論の自由や社会の自由度についても、往年に比べればずっと改善した。政府が国民の不満を解消するためにこうした変化に積極的な姿勢をとるようになったことが、天安門事件の最大の「功績」だ。
  • 現代中国の社会は1980年代と比べれば相対的に「自由」なのかもしれないが、(今の)中国の言論統制の厳しさと社会監視の凄まじさ。極端な貧富の格差が発生。この世にふたつの北京が存在しているか。
  • 事件の武力鎮圧はもちろん、あの年に起きたデモそれ自体も。何も起きなければよかったのに。中国の社会も、私自身も、失ったものが大きすぎる。
  • あのとき、仮にデモも何も起きなくたって、中国は多分、徐々にいまと似たような社会になっていたと思う。
  • 当局の側も、過去のような人民の平等や共産主義社会の実現ではなく、国民が好きなだけカネを儲けられる社会を担保することを「統治の正当性」の根拠に据えるようになった。「拝金主義」という一点で国家と国民の利害が一致したことで、体制は再び安定した。
  • 天安門事件は)知的活動によってメシを食う限られた業界の人たちによる権益の拡大要求にすぎ。知識人がその地位にふさわしい待遇を得られる社会の実現。中国を救うという大看板を掲げた、知識人の知識人による知識人のための運動。
  • 香港は中国本土よりもずっと自由な場所だろう?彼らは多くを求めすぎている。同じ中国人なのにわがままだと思うし、賛同できない。

歴史に「もしも」は意味がないが四月廿六日の人民日報が天安門広場の学生たちを「暴動」とする以前に学生たちがある程度の成果を上げた時点で天安門広場から立ち退き党内の改革派の地位が保たれてゐれば何うなつてゐたのかしら。

▼行政長官リンテイゲツガは昨日、土曜日に司長、局長級の官員集め集思會つまりBrainstorming Meeting開催の由。今後この香港の政治的不安定を何う回復してゆくか。行政長官辞めろ!といふ声も高いが曾鈺成(民建聯)が指摘するやうに行政長官職は北京中央の任命で勝手に辞任などできず北京が今回の事態に行政長官交代等考へるわけもなくリンテイゲツガはあと3年の任期を斃つても全うしなければいけない。その為の善後策の検討。律政司と保安局長の二人は更に進退にかゝはるところ。

▼沖縄慰霊の日 追悼式で玉城知事が政府批判 安倍首相「負担軽減に全力」 - 毎日新聞 https://t.co/kG371QxPZT 私が晋三だったら沖縄に顔を出せないね、大した神経だわ。
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