富柏村日剩

香港で2000年02月24日から毎日綴り始めた日記ブログ 現在は身在日本

fookpaktsuen2017-04-27

農暦四月初二。晩に宴会あり末席汚す。それなりに立場ある日本人が個室で忌憚なく言ひたいこと言ひの飲み会だつたが皇室、北朝鮮や中国との外交、沖縄など山積する問題で、その原因は「晋三1強の官邸横暴」ではなく、全ての問題が市民運動=左翼系運動家の活躍、それを扇動するマスコミ(朝日)、さらに資金的援助は中共といふ図式に収斂されることに。今どき民草は誰も普通に新聞なんて読んでゐないし朝日の言論にそんな力はないが実は朝日を嫌ふ人がさうして朝日の主張を喧伝することで多少なりともマスコミの横暴として影響が出てゐるのだらう。その朝日新聞の論壇時評で憲法について小熊英二「改正されずにきた訳は」(こちら)。英二クンらしい複眼的な見方が面白い。「押しつけだから気にいらない、自主憲法制定を」は「内容的に問題ない」と自白してゐるやうなもの。憲法が簡略的すぎて「法律でこれを定める」が散見されうのは一種の不備だが、それだけを理由に「全体の書き直し」は現実的ではない。「憲法の不備は自分たちで補うというくらいの国民意識の高まりがないのなら形だけの会見をしても混乱を生むだけ」なのは自民党の第二次草案のレベルの低さを見れば明らか。
▼SCMPで“Officials seek remedies after contractor painted over ‘King of Kowloon’ Tsang Tsou-choi’s decades-old art”(こちら)。九龍皇帝の現存する数少ない遺作の一つが公園整備の際、業者により勝手に白のモルタル塗装されてしまつたとは。正面扉の若者の他愛ない落書きだけは残しているのが悪い冗談。

こうした問題が表面化すると「政権の緩みやおごりが出た」と報道されがちだ。だが「緩んでいるから起きた」というより元々こんな人たちが大臣をしている現実を、私たちは認識して怒るべきだ。それでも「いつか国民は忘れるだろう」と政権が高をくくっていることが「安倍1強」のおごりなのだ。「北朝鮮情勢が緊迫する中、閣僚発言の揚げ足を取っている場合か」といった声も聞く。しかし、こんなにも言葉が、いや存在自体が軽い人たちに危機管理を任せておいて大丈夫かとむしろ私は心配になる。安倍首相自身の言葉にも触れておく。首相は先週、東京・銀座の商業施設オープン式典で挨拶原稿に地元・山口県の物産について触れられていないことを取り上げて「よく私が申し上げたことを忖度していただきたいと、こう思うわけであります」と冗談を飛ばした。「忖度」は森友学園問題の重要なキーワードだ。それをジョークのネタに使う感覚に驚く。森友問題は報道も少なくなったから、もう乗り切ったと余裕を見せようとしたのだろうか。だとすれば野党も私たちメディアも、そして国民も随分なめられたものだ。