富柏村日剩

香港で2000年02月24日から毎日綴り始めた日記ブログ 現在は身在日本

青衣探訪

農暦四月初二。まだお針の仕事終はらず日曜なのに仕事場へ。昼までにどうにか仕立て仕事済ませ一旦帰宅。家人と出かける予定あり行き先は青衣としてゐたが家人の発案で北角から30分に1本のフェリーで九龍城碼頭に渡り、そこから土瓜湾、何文田の団地、旺角、荔枝角、美孚を経て青衣に行く、とんでもない経路のバスに乗車。途中、乱歩の『黒蜥蜴』読む。旺角で渋滞になり何かと思へば法輪功社中のデモ行進。渋滞で迷惑だが、これが香港の言論の自由バロメーターか、と思へば我慢、我慢。90分ほどかかり青衣の終点で長青邨団地。90分要して当然のやうに始発から終点まで乗車はアタシらだけ。九龍巴士のオフィスが昔の九巴配色で可愛らしい。長青邨から隣の長康邨へ。1万人くらゐ住んでゐるのかしら、の密集団地だが、中央の公共エリアなど、どこか風の抜ける感じ、混雑を感じさせない空間設計が見事。必要な商業、公共施設は充実し香港の公共団地のポリシーに改めて敬服。坂を下り涌美老屋村。ここは昔は臨時家屋のバラックであつただらう立て直しの低層住宅街。此処もこのテの空間のご多分に漏れず「美食街」気取り。そこに華記といふ評判の車仔麺屋あり訪れるがすでに三時で閉店。青衣に来るのにMTRで来たら15分ほどだつたのに。今日は天后廟で天后聖母の誕生祝賀は「母の日」と偶然の一致なんだらうが集落毎に何かしらのお祝ひで青怡花園といふ大型団地隣接の運動場では数千の人出で粤劇の芝居小屋も大きな設へでB級の食べ物屋並び縁日も盛況。黄昏れて涌美老屋村に戻り悦東廚房なる地元食堂に飰す。「今日は母の日で満席なんだから予約なしなら早く食事済ませてね」といはれたが本当。すぐに活況。まぁ店員の女衆の愛想のいゝこと格別。来た路線バスに乗つたら帰る方向とは逆の荃湾行きだつたがMTR始発なので座れてのんびりと『黒蜥蜴』読了。何十年ぶりかしら、の黒蜥蜴で今更だが目から鱗は女なのか男言葉喋つてみたり二形(ふたなり)なのか好事家紳士淑女の鳩まる密会で宝石だけ身に飾り全裸で踊る恍惚の黒蜥蜴は明らかに変態さんの域だが乱歩は、この女賊を冒頭から一切変態として扱はず黒蜥蜴の存在はけして両性具有の奇形でもなくフツーの主人公であること。今日日は何かとLGBTだの脚光浴びるが黒蜥蜴は性的マイノリティなどと思はれもしなかつた。それにしても「ホホホホホ、天勝だってトランクに入れるものは大抵極(きま)ってゐるぢゃないの」だとか「長椅子の上に小間物店を並べやがった」なんてセリフがいち/\可笑しい。幼少の由紀夫さんが乱歩先生の娯楽推理小説に嵌り、これを戯曲にして明宏さんが演じるといふ、本当に素敵な流れ。

▼日経の一面トップが2020年までに「全小中高に無線LAN」ですって。なんて貧しい国なのかしら。一つはこの程度のことが経済新聞の一面トップになる貧困、もう一つはIT教育とか所詮、企業が儲かるため。香港でもIT教育は着実に進んでゐて知人の子どもも学校で保護者費用負担でiPad必携だが、当たり前のことすぎて話題にもならず、今どき。
▼浜矩子「国民無くして国家無し」(毎日新聞)曰く晋三の口から度々発せられる「国家国民のため」。なぜ国が民の先に来るのか、と。晋三に限らず民主党政権でも国家国民。国民国家、nation stateであつて、stateless nationはあつても国家国民の発想はnationless stateになる、と苦言。
▼藻谷浩介(日本総研主席研究員)の「異次元緩和の効果見極め」(毎日新聞トヨタ自動車プリウス開発を例にPDCAサイクル(Plan - Do - Check - Act)が重要なのに日本政府の経済政策だけは論外で異次元緩和で見れば「リフレ論」なる特殊な経済理論を奉ずる一部の学者をブレーンとした首相が日本経済成長させるには「この道しかないという信念」を抱き日銀幹部入れ替へ「経済政策はよくわからないが、この首相のやることなら信じる」といふ一部の熱狂的な層の積極的支持と「よくわからないけど皆がそう言っているから」と靡く多くの層の消極的支持を得て進めたもの……でその結果はどうか。異次元緩和でもインフレにならず経済成長も滞り個人消費は伸びず(それを消費税の所為にする)。株価高騰と消費低迷はリーマンショックの時もあつたわけで日本経済は金融緩和では成長せずPDCAで考へれば経済政策の修正が必至でしょ、と。膨大なリスク伴ふ極端な金融緩和といふ行為に無条件で拍手喝采し、しかもその反省判断のできない民度の低さも困つたもの。

江戸川乱歩全集 第9巻 黒蜥蜴 (光文社文庫)

江戸川乱歩全集 第9巻 黒蜥蜴 (光文社文庫)