富柏村日剩

香港で2000年02月24日から毎日綴り始めた日記ブログ 現在は身在日本

訒家祠堂盤菜宴

fookpaktsuen2015-02-28

正月初十。宿酔ひ。朝十時から春の香港国際映画祭の切符網上先行発売で朝慌てゝ映画選ぶ。十時にすんなり入れたが決済に時間かかり一時間ほど待ち。入力したデータ消えぬだけ以前よりマシ。昼寝。晩六時目指し元朗へ。少し元気なら元朗が大陸客に侵略され、それと反対派市民の攻防見たいところだが西鉄で天水圍直行で屏山文物径(といふと聞こへよいが大型トラック駐車場の中をうんざりと抜け)坑尾村の訒氏宗祠。正月初十に蠟家祠堂盤菜宴。直系嫡男の畏友William訒達智兄の招きあり何十といふ卓の末席汚す。訒氏一族と村民それに達智兄の知己たち。劉健威兄、ビルマだつたかの旅から戻り空港から直行の雲翔監督らに邂逅。宴闌なゝ中、腰痛と連日の食事会に胃も疲れ二更に入る前に失礼して西鉄で眠りに落ち紅磡、隧道巴士で帰宅。S監督の“Utopia”脚本和訳今日までと約束で晩に手直し済ませメール送信。
▼大陸客の来港問題。昨年150万人の深圳市民が「一簽多行」つまりマルチビザで訪港、そのうち1万人は100回以上来港:つまり3、4日に一度となる。蠟達智兄が一昨日の蘋果連載で(こちら

元朗街頭是人體,水貨蝗蟲如嫖客,上馬摧殘,迅速插完打個冷震即閃,下一……十、百、千、萬位等着插。如果嫖客是客,請你們帶客回家好好招呼。
千百年來能夠成為元朗,原名圓塱,純因活水包容優土,構成魚米之鄉;在這裏生、在這裏長以十代、二十代、甚至三十代無數家族人口存活,元朗是母親之土;請嫖客回家,招呼以老母?你腦殘?
生意要做,人要行路;不見得元朗及港九新界各區居民都要做生意,但路;人人都需要。就說筆者熟悉的元朗,根本無路可行;不相信區議員鄉事委員每日營生盡在區議會、鄉事委員會空調間,巿中心路路阻塞,群情洶湧,大馬路數十年來行人未曾少過,空降輕鐵後惡變非人之路,然後將巿區承受不來人口轉入新界,居民不斷暴筯,路政官員日日返工,可不見任何新路計劃;預計未來數年元朗人口突破一百萬,絕非報喜,純粹報憂,叫我們如何生活?

と悲痛な叫びも理解できる……が、香港人香港ドル人民元より高かつた時代は「何でも安い」と深圳に買ひ出しで食事から按摩まで我が物顔で享受してゐたのも事実。陶傑先生曰く「內地十四億人口,市場龐大,如果一個人買一雙鞋子,即使賣鞋帶,哇哇也不得了,可要變億萬富翁了!」で20年前には積極的に投資し消費し、が真逆とは。
自衛隊の文官統制の見直し。防衛相の中谷某が文民統制は戦時中の軍部暴走の反省からか?と記者に問はれ「そういう風には思わない」と述べ文民統制の理由や経緯につき「私はその後生まれたので当時どういう趣旨だったのかはわからない」と。生まれる前のことは知らないで済ますとは。これが防衛大臣で防衛大卒の御仁。