四月十日(土)寒雨。昼まで執務して中環。鏞記覗いたらまだ昼の繁忙には少し早いやうで一階の「お気軽席」に空席あり。焼鵝瀬粉食す。ふと鏞記の調理師や給仕の賄ひ飯つてどんなものが供されるのかしら、さぞや美味いだらう、と考へてゐたらお気軽席のうちいちばん焼鑞の厨房に近い席に白衣姿が腰掛けるのが見えて「あら?」と思つたら総料理長。で鏞記の各フロアの支配人格の経理が卓を囲み、まさに賄ひ飯の始まり。昼が混むちよつと前の賄ひ飯だが皆、顔が神妙なのは賄ひ飯とはいへ甘健成御大を囲んでの試食兼ねた昼餉だから、で無駄口も叩かず神妙な表情で料理を口に運ぶ。帰りがけに傍らを通り旧知の経理にちよつと目で挨拶して料理を覗いたら、つぶ貝かしら魚介の炒め物、白粥、野菜など。此処が間違ひなく世界一の中華料理の食肆だと思へば賄ひ飯もさぞや美味いのだらう。Watson'sのワインセラーで赤葡萄酒一杯立ち飲み(豪州、Jasper HillのGeorge's Paddock Shiraz 06年)。湾仔。芸術中心。今年の映画祭のアタシの一番楽しみにしたテオ=アンゲロプロス監督(こちら)の映画『旅芸人の記録』(公式)。高校の頃に「ぴあ」で毎年、読者投票の上位にあり「見たい」と思つても東京で数回見る機会逸したまゝ香港では廿年でこれまで上映あつたかしら(あたしは知らない)。230分がどれだけ心地良いかしら。今更この作品をアタシが語る必要もなからう。カメラ。完璧な構図。色調(ライカM型で35mmのレンズをつけてカラーで撮つたスチールのやうな)。パン。長回し。音楽。旅。道。歩くこと=人生。歴史。全ての場面にたゞ見入る。語る言葉もなし。終はつてZ嬢と待ち合はせ続けて島津保次郎の「婚約三羽烏」を見る。「中国的には」戦争の「せ」の字もない東京のお気楽なコメディだが大学出の男たちのサラリーマン=社畜化と女性の地位向上と奔放が、改めて見ると社会的作品。三宅邦子のモダニズム。下宿する煙草屋の飯田蝶子、社長役の武田秀郎、夫人の葛城文子、会社の支配人の斎藤達雄と脇が上手い役者揃ひだが何といつても河村黎吉の社長の「ご婦人客を演じてみたまへ」で婦人客演じる芸達者ぶり。戦後に「三等重役」が当たつたが癌で50代で亡くなり森繁が物語上、出世して「社長シリーズ」となる。湾仔の大王東街。「天下太平」なる精進料理屋に食す。カダムパなる仏教の一宗派(公式)の経営。食肆は月〜金は昼のみ、土曜は昼と夜のみ。酒がないので途中のコンビニで赤葡萄酒一合呷つてから食した次第。あたしはとても精進は無理。日街から星街、月街を漫ろ歩く。
▼William鄧達智君の蘋果日報の連載随筆の書き出しで
倒吊半月的晩上、月光一直掛在車窗外。
と、それだけ、の一句なのだが日本で「半月が空に……」と書いただけで間抜け。漢文の、かういふ一節を表現した時の言葉に隙がない、とでも言ひませうか、美しさ。さらに声を出して読んだ時の余韻。
富柏村サイト www.fookpaktsuen.com
富柏村写真画像 www.flickr.com/photos/48431806@N00/
http://twitter.com/fookpaktsuenhkg