富柏村日剩

香港で2000年02月24日から毎日綴り始めた日記ブログ 現在は身在日本

十月三日(火)曇。賈樟柯のドキュメンタリー『東』、根岸吉太郎の『雪に願うこと』と二日続けて香港亜州電影節(HK Asian Film Festival)で映画見たがIFCの小劇場での一、二回の上映とはいえ発売開始から早々と満席売り切れの映画多し。だが二本ともいざ上映となると空席、というか小劇場でスクリーンに遠い上席ほど何列も客のほとんどおんぬ数列あり怪訝に思えたが、本日、N氏にこの映画祭の閉幕上映、是枝裕和の『花の武者』の入場券をいただき、これも満席、売り切れであたくしは入場券確保できずにいたもの、実は満席映画の空席の列が、この映画祭に協賛のスポンサーに入場券配った「死に席」であると知る。せめて無料券配り実際に観賞希望の人には座席指定券と交換、程度にすればいいものを最初から座席指定の入場券などバラ撒くから映画によっては空席の列が出来る。映画が見たい客が見られずスポンサーが入場券を無駄にするのは不甲斐ないこと。本日、さすがに昨日の25kmのトレイルで疲労感とともに微熱あり。毎年のことだが10km程度の走りなら平気でも突然、ハーフマラソンだの20km超えるトレイルウォークとなると身体が驚き疲労感と微熱となる。晩に帰宅して名前失念の智利の赤葡萄酒でパスタ。早寝。
▼今日の朝日に寺島実郎氏の「時代の空気について」という一文あり。寺島氏は911以降、一切ブレることのない論客であり一貫して虚実を突く姿勢が見事。いつも氏の論ずるところはいい意味で同じなのだが今日の「時代の空気について」はその中でも傑出の一文。時代の空気がおかしい、ポスト911の世界が「テロとの戦いを掲げた、逆上するアメリカの表情を投影するかの如く、全般的に「自国利害中心主義」の潮流の中にある」として「より強く近隣を批判することが愛国的であるという方向に走り、協調を主張する者を「非国民」「利敵行為者」として排撃する雰囲気」、そう、まさに加藤紘一君の自宅が放火されるような、「近隣の国々には侮られたくない」という次元での屈折した歪んだナショナリズムへの傾斜」があり、寺島氏は寺山修司
マッチ擦るつかのま海に霧ふかし身捨つるほどの祖国はありや
という歌を引いて「決して祖国を愛さない「非国民」的な心象風景ではなく、むしろ「見捨つるほどの祖国」への希求を潜在させた熱い想いを象徴している」と説いた上で、歪んだ愛国心、の不健全さについて述べる。
一人の大人として、若者に「国を愛するべきだ」と語るのではなく、愛するに値する国を創ることに責任を共有せねばならない。
と寺島氏は述べる。その通りなのだが、これを聞いたら安倍三世は「だから愛するに値する国を創るためには教育基本法の改正、憲法改正が必要なのでしょう」と“共鳴”してしまうだろう。
▼Christopher Johnsonという書き手の“Democracy, the Asian way”という文章を読む(今日のSCMP紙)。ここにテンプル大学日本校のAsian studies科ダイレクターのJeff Kingstonという先生の日本政治に対するコメントがあり
Japan's political culture used to be very confrontational, very highly politicized. Now it is much less so. Because of the prolonged recession, people are worried about job security. In tough times, people look to their own interests.
と簡単ではあるが、そう、日本のかつての政治=自民党の党内政治のことなのだが、は良くも悪くも派閥の力学で非常に競走性のある高度に政治化されたものなのだった。それが今では自民党がぶっ壊され派閥の力学がなくなった結果、どうなったか。結局、安倍翼賛制という、自民党の中に政治がなくなってしまった実態。これが小泉三世の自民党をぶっ壊すの顛末、実は自民党がぶっ壊された結果、日本に政治ぢたいがなくなってしまった、という悲劇。それを国民が選んだのだから大それたこと。
朝日新聞のニッポン人脈記という連載で大鵬柏戸の柏鵬時代について。昭和37年から翌年にかけての大鵬の六連覇、昭和38年秋場所で四場所休場から復帰の柏戸が十四連勝で千秋楽に優勝かけて大鵬と対決。柏戸大鵬破り優勝。この決戦について当時、石原慎太郎が日刊スポーツ紙上で「協会ぐるみの八百長」と決めつけ「千秋楽の優勝決定、よみがえった柏鵬激突の一戦とか称するしろもの。あれは一体何ですかね。(略)尊い国歌をあんなつまらぬ八百長ショーの後にぬけぬけと歌わないでくれ」と当時、まだ三十二、三の若く気性の激しい、世間知らずの若者(で今も何ら違いもないが)石原慎太郎が噛みついた(それにしてもこの柏鵬戦を八百長と罵るのは自由だが、そこから表彰式での君が代に結びつけてしまうところが石原らしいが)、とい話を知る。相撲協会は同紙と石原を名誉棄損で告訴、その頃、あまり離す機会のなかった柏鵬の両横綱は一緒に車に乗る機会があり大鵬が「いろいろつらかっただろうね」と語りかけると柏戸が「うん」と首肯いてぼろぼろ男泣き。それ以来、柏鵬は打ち解けて話すようになった、と大鵬の懐古談。ちなみに石原慎太郎大映永田雅一社長の仲介で相撲協会に詫びを入れ告訴取り下げられた由(こんな話を今さら書いた朝日に石原都知事はまたご立腹かしら)。で何が今これを読んで驚いたか、といえば「大鵬がまだ66歳」ということ。横綱で全盛の当時(というか今でも当然)長嶋や王より若いのだった。が六代目(菊五郎)でもそうだったが「大成している」印象からか当時二十代であったことは当時は当たり前なのだが今でもまだ66歳であることに驚く。輪島と8歳しか違わなかった、といえばもっと驚く。ちなみに当時の大関、清国関もまだ64歳で伊勢が浜親方で親方現役であることに地味に清国ファンであったことから殊更驚く。

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