富柏村日剩

香港で2000年02月24日から毎日綴り始めた日記ブログ 現在は身在日本

十月四日(水)Hazeという「靄」だか「霧」だか、あたくしはこれに「朦霧」という言葉を創り、ちょいと枕草子っぽく
朦霧のけむりたるは、いふべきにもあらず 遠き山々も靄いと白きも また、さらでもいと暑きに、打ち水などして扇もて過すも、いとつきづきし
のつもりでいるがやはり最近はhazeと聞くとhaze=大気汚染という認識が一般化しており、具体的にいったい何がどうでどうなのか、が今ひとつ不明だが在マレーシアの日本大使館もヘイズ危険情報など提供(こちら)。いずれにせよhazeはもともとは赤道直下のものが今では亜熱帯の香港なども当たり前となり台湾も北回帰線あたりまではヘイズあり。近いうちに沖縄、九州と地球温暖化でヘイズ拡散は必至。本日、薮用あり某日系大手銀行支店の窓口で久々にかなり「横柄な」日本人に遭遇。銀行での出納のサインがどうも照合できない様子。「ぼくはいつくもサインがあるから、どれを使っているかよくわからないよ」って、「お客様のサインはこれです」って銀行がおいそれとサインの見本を見せてくれるはずもあるまいに。自分は銀行窓口ロビーのソファに座ったまま、同行の日本語担当な社員に指図していたが要領を得ず、その彼に「誰かいつも対応している日本人に出てくるように言ってよ」と言い彼がそさくさと日本人行員の助け求めに行くと、腹の虫が収まらぬのかカウンターの行員に「僕はね、こんなところで対応されたことはないんだよ。いつも応接間に通されてね、それがまったく……」と文句言うが、カウンターの行員が日本語を解せぬこともお構いなし。日本語の多少できる行員が出てくると、署名をふたつ書いてみせ「このどっちか、か確認してよ」と依頼し、また日本語を解さぬ行員相手に「ほら、支店長、副支店長、担当のWさん、Iさん……」と、行員が「禮貌がない客だね」とつぶやいているのも知らず、その銀行の支店長らの名刺を並べて、自分がどれほどVIPな客かを横柄に説明。対応の悪さに不満述べ続ける。このオジサン一人の行儀が、だれだけ人に不快感を与え悲しい思いをする人が多いことか。晩に帰宅途中一緒になった知己の麦酒愛飲のT氏、自らの腰痛は麦酒に原因ありかもと述べられ、言われてみれば余も最近腰痛あり、事務机の椅子の所為にしていたが、普段はそれほど回数も量も麦酒の所為かも知れぬ、と思えなくもなし。帰宅してドライマティーニ二杯。晩飯ではサントリーの山崎。朝四時過ぎに目覚めていたため早寝。
▼香港の全人代代表で土共左派代表する親中派医師・?維庸氏逝去。享年68歳。香港市民の大陸生まれ子女に関する香港居住権の問題でも99年には中国の御用法学者の見解(当然、居住権なし、とする)を政府中央の見解として持ち上げ、居住権ありとした香港の最終裁の判決を「ガキの英雄気取り」と罵り、数年前には香港市民の民主化要求世論に「香港市民はドッグフード与えられる飼い犬のようなもの」と発言、北京中央に対して口を慎むよう非難。翌日、謝罪。全人代への香港代表で威勢よかったが今日の蘋果日報で李怡氏曰く、?維庸は全人代の香港代表でなく専制的な全人代を代表し香港駐在のようなもの、と指摘。御意。
▼日本の新聞が「つまらない」と思うことばかりだが社会面の片隅の、ふだんあまり読まぬベタ記事読めば
統一教会の信者が強制献金で5.5億円の賠償求め東京地裁が教会に対して2.9億円の賠償命令の判決。
北朝鮮の「救う会」元幹事らが同会の佐藤勝巳会長を1千万円の業務上横領で告訴。佐藤会長は1千万円横領認めたが元北朝鮮工作員に渡すなど情報収集に使ったと着服を否定。
中教審が小中学校の教員給与を一般公務員より優遇する「人材確保法」維持する方向へ。
といった何かと興味深い記事並ぶ。北朝鮮拉致者の方々の家族の皆さんが安倍三世首相就任直後に首相官邸拉致問題の積極的な解決求め安倍三世の誠意ある涙が語られる御時世、かなり力をもった「救う会」のこういった経理問題などもっと大きく取り上げられるべきもの。
▼この日剰でもかなり言及し、その文章引用する香港の才人・陶傑氏について。今週金曜日晩七時よりテレビ翡翠台にて放送の「數風流人物」なる番組に出演し文雅について語る陶傑氏を紹介の新聞記事(蘋果)読んでおれば、陶傑氏に数年前、九龍塘「木乃伊事件」なるものあり。陶傑氏についてはかなり読んで知っているはずのアタクシがこの九龍塘木乃伊(ミイラ)事件について全く知らず。困った時のI嬢頼み、で調べて貰うとさっそく陶傑氏の九龍塘木乃伊についての記述あり(こちら)。04年8月に九龍塘の時鐘酒店(ラブホ)にて愛人との浮気現場を下世話マスコミに探知された陶傑氏が暴露恐れトイレットペーパーで顔面覆い目だけ開けて(でこれがミイラ……笑)ホテルから自動車運転して強硬脱出図った、という話。なぜこれほど可笑しな話をアタクシも知らずに……と思ったが日剰捲れば当時、台湾一週鉄道の旅の途中。浮気現場公表された陶傑氏は開き直り得意の弁舌で「結婚とは無期懲役終身刑の如きもの。ときどき保釈願い気晴らしし、また刑務所に戻るくらいの生き抜きが必要」だの本妻との生活と浮気現場を「一国二制度、高度自治」に喩えるなどさすが(笑)。香港代表する英才、さすが奇人的に色好み、で愛人とラブホでの逢引はかなり頻繁との由(当時、今は知らず)。ノーベル経済賞候補にも名が上がった、シアトルで贋物中国骨董の販売と脱税でインターポールに追われ中国に潜伏中の経済学者・張五常先生と同じく、頭脳明晰と異常さは、筒井康隆の肯定する通り、共存か。でこの陶傑先生九龍塘木乃伊事件を紹介のサイトには陶傑氏の生い立ちなど詳細記載あり。香港土着の親中派罵倒する陶傑氏であるが父親の曹驥雲はかつての大公報紙副編集長で母親も同紙の編集者。陶傑氏幼き頃は大公報新聞社の宿舎に住い、真光小学に学び、文革の影響受けた67年の反英暴動の頃に親中系の培僑学校に転校し毛沢東語録を読み深?で「東方紅」の映画を見る、典型的な左派家族の環境に育つ。17歳で英国留学。親中派の左翼の父母が息子を英国に留学させたのは帝国主義国家を反面教師的に実態見せ学ばせるため? 父母に反発でトラウマ的な反土共左派嫌いかしら。大学卒業後は倫敦でBBCの番組制作に携わり香港電台の倫敦特派員も兼務。BBCの番組制作プロデューサー業の傍ら倫敦経済学院(The London School of Economics)で国際関係論の修士学位を取得。この英才が1991年に倫敦に遊んだ査良?(武侠小説の大家、金庸)と出会う。査良?は「当時は」香港の知識分子愛読の新聞・明報の創設者、社主で、偶然にも陶傑の父の大公報時代の同僚。査良?の勧めで陶傑は倫敦から明報に「テムズ湖畔」、のちの「黄金冒険號」の随筆連載を始め好評を博し(90年代前半のアタクシにも懐かしい時代)、査良?の求めに応じ香港に戻り明報副刊の副編集長。この直後、明報は査良?の引退で当時バブリーな若手投資家・于品海(P.H.Yu)に売却され、陶傑氏は東方日報系の英字紙East Expressに引き抜かれ政治面総編集となるが94年9月に午前4時の退勤時、七人乗りの自動車で旺角に向う途中、大事故に遭遇。同乗の同僚死亡する中で陶傑氏は意識不明の重体になりながらも奇跡的に生き延びる。East Expressは不振で廃刊となるが蘋果日報の黎智英の知遇を得て蘋果日報で黄金冒険號の連載続け、李八方の名で政治ゴシップ欄を編集し日曜日には蘋果日報の社説にあたる「星期日休息」まで任され今日に至る。蘋果日報関係だけで月の原稿料は20万ドルの由。

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