十二月二十五日(火)快晴。ランニングクラブの面々と三月の香港トレイルに向けて山頂から陽明山荘までトレの予定が走るとやはり奥歯が疼き不参加。Z嬢とKCRで粉嶺、ミニバスで鶴薮圍まで入り鶴薮水塘から屏風山を登り黄峰639mまで580mを登る。八仙嶺の尾根。北に遠く深セン、南に香港の吐露港を眺める景観。昨年の冬は東側から八仙嶺を歩いたが屏風山から平頂凹に下りてしまい鶴薮への正規ルートを歩くが所望。北東に沙頭角の街、10年以上前に朝日の特派員だったT氏に初めてこの街の存在を教えられ、実は80年代の開放経済になる以前、それどころか中共成立から文化大革命の最中とてこの「国境」線の東端にある小さな街は壁も柵もなき中英街をはさんで国境をまたぐ街として存在してきたのだが、残念なことに外国人どころか居住者以外の香港居民とて入るには親戚の訪問など警察の許可証が要る場所で、T氏も入れず終い、私の知る限りでは月刊『香港通信』の編集長だったY氏が深セン側から中国人相手の偽の沙頭角入境許可で入っただけ、ちなみに南Y島出身の映画俳優周潤發は香港の公立中学のボトムエンドと名高い沙頭角中学に通っていたはず(だから悪いとは一言も言ってないよ、アタシは。ジャッキー成龍氏だって学校なんてロクに行ってない。俳優は芸が命、芸が素晴らしければ学歴などどうでもいい、沢瀉屋の慶應志向も亀治郎の踊り修業の邪魔してないか?)、というわけで沙頭角が気になっていたのだが、八仙嶺の上から眺めてふと思えば、べつに沙頭角「だけ」が外国人及び居住者以外の香港居民をオフリミットしているのではなく、たんに境界に近い一帯はClosed Area Boundary(禁區界線)となっており部外者立ち入り禁止、そこに沙頭角が位置しているだけにすぎないことに気づく。例外的にこの禁区にありながらKCRの羅湖と落馬洲の越境道路だけが通れるにすぎない。八仙嶺を下り大尾督。昨日からの『競馬の血統学』を車中、読了。サラブレッドの血統、血統と知らぬ者までそれに言及するが、実は良血統と良血統を配合して名馬が生まれるのではなく近親の血が濃いなかで軌跡的に、否、畸形として何百頭に一頭生まれるのが名馬であり、そのかげには数多くの駄馬があり、血統閉鎖により急速に名馬のチェーンは衰え、実はそれを救うのは北米からの「駄馬」の血であったり伊太利に離したことによっての成功であったりと、つねに良血統に香辛料のように何か異形が雑じることで奇跡的にサラブレッドが向上する、と(じつに勉強になる)。そこで筆者は次のそのサラブレッドの奇跡を生むのが実は日本の内国産馬じゃないのか、と。この本は97年に出版され、つまり日本馬の活躍は95年の香港G2でのフジヤマケンザンまでなのだが、昨年のNHKの文庫化で終章が書き足され、当然、この推論は確証になるべく裏付け、つまり97年以降の日本馬の活躍、エルコンドルパサー(98年の凱旋門賞でのMonjuとの互角の勝負)、2000年のアグネスワールドの英G1、そして2001年のドバイG2でのステイゴールド、G1でのトウザビクトリーの二着など、今後これらの馬が種牡馬になり欧州に血統凱旋する可能性が述べられている。この文庫が出た二カ月後に香港国際であの活躍、となる面白さ。英国のサラブレッドがじつは外国からの本来「評価外」の血によって蘇生を続け、実は日本とて「来年はクロフネ、マンハッタンカフェ、ジャングルポケット、アグネスデジタルなどといった馬が世界を席巻」(月本裕氏)という外圧あって初めて「JRAも、日本の競馬マスコミも、それに対応して革命的な変貌を遂げ」(同氏)となるはず。それにしてもクロフネの故障は痛い。それにしてもイチローやナカタとか超一流が海外に流失してしまって母体が空洞化していく流れのなかで、競馬は海外の賞金が日本より低いということだけで流出を食い止めていたがドバイにせよ今後の香港にせよ日本馬が向上すると当然日本馬誘致のため賞金も高くなるわけで、そうすると競馬業界(っていっても一団体だけだが……)もウカウカしておれんだろう。相撲はよかったね、海外に相撲がなくて(さすが国技……)、でもモンゴルとかが経済成長してモンゴル相撲が日本力士誘致とか始まる可能性が……ないか。帰宅。広州駐在のI君よりのメールにて「年々中国にも『聖誕節』文化がビジネスに 乗って押し寄せつつある」とあり、そう、昨日の考察の延長になるが、クリスマスの普及はクリスマスを祝えば儲かる、という商法以外に何物でもなし、と思う。夜景見ながら夕食前にPink FloydのShine On Your Crazy Diamond聴きながらRosso di Montalcino飲む、格別。夜『千與千尋』観ようと午後九時すぎからの回にて、ただ聖誕節ではどこのレストランも満席かと思いJimmy's Kitchenに電話してみると席がある、と。これはラッキーと予約したら予約受け付けてから一人HK$480のセットメニューです、と、二人でHK$1,000か、そんな価値ないよ、それじゃ空いているはず。映画が金鐘のUAだからと思ってDan Ryan'sに電話すると席がある。けっこうどこも空いてるのはやはり不況か。Dan Ryan's のハンバーガーは香港一美味い、が、いつもハンバーガーであることに反省して魚介フライ盛合せ、ナチョス。『千與千尋』、アニメーションとしての水準の高さは理解できる、油屋に火が灯るあたりから銭婆が出てくるあたりまでの演出、白の飛びだしてくる橋の上、花園……。それに人間の強さとか弱さとか優しさとか、少女が強くなっていく課程とか、妖怪・顔無しが何を象徴しているのか、とかそんなことはここで語る必要もあるまい。ただ、宮崎駿は苦手だ、どうも宮崎先生にしても手塚治虫先生にしてもアニメの巨匠は作品のうんぬんじゃなくて、子ども向けアニメに匿されたエロティシズムがスゴすぎ。アニメだから容されるんだろうなぁ、これは。実写だったら大変だ。作者にとって愛しき少女の理想型としての千尋、そして美しい少年の理想型としての白、そして実は最も注目すべきキャラクラーは両性具有にてこの物語のなかで唯一呪術をかえられていないように立ち振る舞うリン、リンは両性具有であるばかりか人間のようで人間でなく妖怪らしくもないかなり浮いた存在にて、これは作者自身の物語の中での「立ちたい位置」なのか、と思えた。愛しき少女のけしてその恋心の相手の少年にはなれない、ただし二人をつなぐ線上にて二人を助けることができる役ならなれる、という。そして作者にとって大切な少女、少年たち愛しき三者を除いた残りの全キャラクターが愛嬌こそあれ「醜く」描かれている、というその意味もわかるか。それだけを語れば充分であろう。そういう世界なのだ。