癸卯年五月晦日。気温摂氏25.4/34.4度。快晴。中近両用のメガネのクリングス(鼻かけ)の部分が一昨日だつたか気がついたら右の方がズレてしまつてゐて適当に指で補正はしたが鼻の横にアトがつくくらゐ微妙にダメなので丁度今日は午後からのお能の前に少し時間もあつたから上野で白山眼鏡店に寄る。ほんの少しの調整なのにきちんとやつてくれてお代は無料で申し訳ないほど。白山の開店が午前11時半だつたので少し時間があつて早めのお昼と思つたが上野も祝日の昼前ではなか/\食肆も開いてゐない。今日のお能は〈翁〉なので上野で翁庵のねぎせいろか?と思つたが上野駅から地下道で東京メトロ本社の方に出て暑さのなか少しだけ地上を歩いて翁庵に行くと今日は祝日で休み。辛うじて冷房の効いた地下道で仲通りの方まで行くと蓮玉庵もまだ開いてをらず「さて困つた」と路地を歩いてゐたら天ぷらの天寿ゞが暖簾を掛けたところ。
何十年ぶりかしら「昭和以来」で天ぷらの老舗のカウンターで美味しい天ぷらをいたゞく。昭和3年創業で当代のご主人が何代目なのかカウンターで天ぷらを揚げつゝすべての客の注文から食べるタイミングまできちんと掌握。その上でじつにご丁寧。客の一寸した勘違ひにも「すみません、ワタシの説明がおかしかった」と謝つてみせる。水府では考へられない。天ぷらも本当に美味しくて至福。有楽町から地下道で銀座。少し時間があつたので銀座若松でお決まりの豆かん。銀座通りの歩行者天国も摂氏36.2度のこんな猛暑ぢゃ炎天下を歩く人も少ない。そりゃさうだ。銀六の観世能楽堂。
野村幻雪師三回忌追善会。一昨年七月末に国立能楽堂で「オリパラ能」あり幻雪師の「井筒」を仕舞で拝見。長兄の狂言師・野村萬さんが本当にすべての精を吸ひ寄せるやうにお元気なのに対して仕舞で出られた幻雪さんの慎ましさが今でも印象に残る。その年の九月にご逝去。今日のこの追善能、今日これに来られることが今月朔日渋谷(セルリアンタワー)での能の日に確定して夕方渋谷駅から主催の野村家にお電話差し上げたら幻雪夫人がお電話に出られて本当に丁寧に対応いたゞいた。郵送していたゞいたテケツにも丁寧に一筆添へられて。本日の開演前のロビーに奥様ゐらして本当におきれい。
幻雪師倅の昌司さんが〈翁〉を披かれ東次郎師の狂言〈布施無経〉で仕舞も観世の錚々たるシテ方が並ぶ。幻雪師の長兄・萬師による〈業平餅〉の独吟が秀逸。聞いてゐて思はず感涙。一昨年のあのぎら/\とすら思へた精力的なエネルギーが今ではもう達観の境地であらゆるものが削ぎ落とされて。仕舞でも大槻先生〈弱法師〉は格別。ご宗家の能〈融〉でやはり三日前(隅田川)もさうだつたが今日も何なのかしら意気込みといふか意欲が一段上に昇華してゐるやうな感じ(この辺は村上湛君が後日、劇評できちんと書かれるだらう)。広忠さんの大鼓も忠雄先生の逝去で一皮向けてゐる。これまでは忠雄先生がゐて観世の大切な番組は忠雄師がされゝば良かつたが、これからは広忠さんが観世の家元や大槻先生の舞台で頭取の立場となるのだから。ご宗家の〈融〉は本日の小書は〈十三段之舞〉となる。黄渉調で五段、盤渉調で五段、急之舞で三段の計十三段で半時間近い。ご宗家の融の大臣のその舞に囃子方がどれだけ応へるか。笛が松田先生であつたら。この十三段で奏でて昇華してゆくのは並大抵の器量ではできない。
サンボアの銀座と数寄屋橋でそれ/\ハイボール飲んで帰宅。サンボアは休日の若手当番が楽しい。帰宅すると今日調整してもらつた白山の中近両用とお気に入りのサングラスを入れたメガネケースが見当たらず。サンボアも休日でもう閉まつてゐるしJR東日本の忘れ物チャットにだけは忘れ物データを残す。