富柏村日剩

香港で2000年02月24日から毎日綴り始めた日記ブログ 現在は身在日本

fookpaktsuen2008-08-10

八月十日(日)早朝に香港仔水塘にて8kmのサマーレースありしが泄瀉から回復とて鳥渡力むと未だ粗相しさうな気配あり参加控へる。昼前にジムで少し只け走る。午後、地下鉄でZ嬢と九龍へ。民主党の選挙ポスターに「永不放棄」とあり。党の信念はけして放棄せぬ、の宣言だが、どうも「アタシをずつと見捨てないで」と読める。太子の美味餃子店に食す。湯餃は野葛菜を使つたもの。日曜で閑かな繊維問屋街を抜け深水埗。基隆街の鴻發糕店で甜食を頬張る。香港社区組織協会が地元活動盛んな「西九龍」地区で近々再開発で取り壊しとなる桂林街61〜65號の建物を公開(今日が最終日)。人がすれ違ふのも不便な狭い階段を上がると各階二つの家屋に見えるが中に入れば更に小部屋を仕切り寝台一つ毎に又貸の所謂「籠屋」(Cage House)あり。貧困極まりなし。籠屋より未だマシな一坪半ほどの部屋貸しも屋根や窓の桟からの雨風防ぐビニールテープの補強が痛々し。香港のボトムエンドのこの界隈も再開発の波でかういつた古い戦後の建物が次から次への姿を消す今日この頃。いくつかの建物だけは近現代史の史跡として残さう、記憶は確実に留めようといふ社区の活発な動きは見事。此処でもこの界隈の年老いた住民がボランティアで建物内の、当時の生活の語り部役。此処の貧苦甚だしき場所に(具体的にこの建物の二階に)戦後、土瓜湾の学舎に移るまでの時期、錢穆博士らが開設の新亜書院(New Asia College)在り。狭いフロアに教室や学生宿舎を「完備」して師弟共々寝食ともにしての苦学。1963年に新亜書院は新界沙田の香港中文大学に統合され今日に至る。同大学大学院の文化人類学専攻はこの新亜書院にあり余も少なからず此の学舎に因縁あり。近隣の華南冰室に紅豆冰を食す。港島区へのバスは未だ不通。本日午前九時半だかに旺角の雑居ビルで地階のカラオケ店より出火、五級大火で消防士二名含む四死五十五傷。旺角は彌敦道全面通行止めの由。帰宅して画像ソフト(MacのAperture)の自習。深水埗北河街の惣菜屋で購つた美味さうな麻婆茄子と酢豚をおかずに夕餉。晩に岩波写真文庫の復刻版「川本三郎コレクション」東京再発見5冊を眺める。この岩波写真文庫は戦後、あたしらの世代には懐かしい写真文庫シリーズ。幼い頃に祖父や父の書棚から抜き出しては眺めてゐたがとりわけ47「東京 大都会の顔」と68「東京案内」それに201「東京都新風土記」は好きな三冊で戦後の東京の風景を穴が開くほど眺めてゐたもの。それが復刻となり川本さんの選んだ5冊(この三冊に「東京湾」と「隅田川」含む)が箱入り。三冊ともどの頁の写真も(今では老眼鏡でルーペを借りねば細部見えぬが)幼き頃の印象は目に焼きつき懐かしい限り。ただ「年の功」はあるもので今回見直して気づいたこと二つ。68「東京案内」で(頁表記はない本なのだが)真ん中の見開きの頁で「有楽町付近より銀座方面を望む」とあり。手前に国電のガード橋、向かうに和光で「有楽町付近より銀座方面を望む」か、と思つたら「ちよつと待つた!」は国電ガードと和光の間に、間違ひなく(現在のビルになる前の)懐かしい天國の黒い瓦屋根が。天ぷらの天國の数寄屋造りの店構へといへば大空襲でも焼け残つた銀座八丁目の顔(実は一瞥しただけで和光の建物も尾張町の交差点角が見えるし国電のガードの向かうに数寄屋橋日劇朝日新聞社もないから、べつに天國がなくても誰でも気がつくのだらうが)。天國は祖母が贔屓にして何度も連れて行かれたが曽祖母の葬儀だつたか一周忌だつたか新宿の寺から祖母らしい気張りでタクシー何台か誂へ首都高を走り銀座まで繰り出して天國の二階の座敷でのお清め。幼いあたしは天ぷらも食べ飽きて座敷の欄干から外を眺めると天國の横角、首都高のガード下に夕方で芸者衆のお出まし待つ人力車がづらりと並び江戸情緒たつぷりで「こりやオツだねぇ」と子どもながらに見惚れた記憶。……でこの写真は新橋からの眺めなのは確かだが、ふと「新橋から銀座が見渡せるか」が気になるところ。当然、新橋駅は鰻の登亭のところでぐつと折れるが、銀座の中央通りが第一京浜となる新橋のガードのあたり。ゆりかもめの新橋駅がなくてもすでに首都高環状線の高架と中央通りの高層ビルに挟まれてはとても銀座など見えないだらう。それともう一つ、「東京都新風土記」で八王子市街甲州街道沿ひの商店街。三菱銀行の先に荒井呉服店の大きな看板。ユーミンの実家だがこの冊子の出版当時ユーミンはまだ二歳であたしが眺めてゐた頃もまだデビューしてをらず(当然か)。

富柏村サイト http://www.fookpaktsuen.com/
富柏村写真画像 http://www.flickr.com/photos/48431806@N00/

東京案内 (復刻版 岩波写真文庫―川本三郎セレクション)

東京案内 (復刻版 岩波写真文庫―川本三郎セレクション)