富柏村日剩

香港で2000年02月24日から毎日綴り始めた日記ブログ 現在は身在日本

fookpaktsuen2006-05-28

五月廿八日(日)昨晩から歇まぬ雨にぼんやりと軒から雨空を眺めてをれば「あら、やだ、停電だわ、まつ度く」と女の聲。卓袱臺に置かれたる出がらしの茶のはいつた湯呑みを眺めてゐれば「此の雨ぢや今日はお茶挽きかしら」と女の爲息に吾人も客の積りでゐたが女には客とは思はれていぬ樣で、雨の少し弱くなりたる處見計らひ淺草迄戻らうかと立ち上がる。「せめて少し置いてつてくださいな。祝儀で」と女。確かに晝からの一番客が茶の一杯で歸られては、と札入れから數枚拔き取り卓袱臺に置いて玉ノ井の私娼家をあとに……と、荷風散人ならこんな日を送るかしら、という雨空(出鱈目の一文なので断腸亭日剰などで捜されぬよう)。この悪天候での午後の競馬の予想済ませZ嬢と昼に湾仔の聖Francis街の画廊に湾仔の旧市街の記録画など飾ると大雨のなかバスで出向くが生憎の休館。金鐘でZ嬢と別れ独り中環。黄枝記でカレー牛南麺。カレー味の牛肋という下品な麺をここまで上質に、極み。汁の一滴まで飲み干す。星巴珈琲にてエスプレッソ。大雨に欄桂坊下の星巴の日曜の昼過ぎが閑古鳥啼く。ジムで筋力運動と有酸素運動各一時間。鍛練は水曜日から都合八時間。ストイック通り越し、ただ暇な阿叔か。ジムからFCCに向かうがFCCのバーも閑散。一台のモニタはラ式蹴球の中継。そういえば昨日此のバーで眺めたラ式の英国ラグビーユニオンなる試合中継は濃霧のなか蹴った球の行方さえ霧中。英国の五月ならでは、か、ディケンズの描く霧か、と納得などできぬ濃い、濃い霧は世界的天候不良かしら。今日はそのラグビー中継を眺める客も一人だけ。もう一台のモニタはCNNでインドネシアの大地震の現場中継流すが誰も見ておらず給仕に競馬中継にしてもらう。今日の雨での重馬場に携帯で確認せば第6Rまで少し儲け出ており本日は日本はダービー(単勝1番人気のメイショウサムソンの優勝)で香港はThe Hong Kong Champions & Chater Cup(地場G1)のパドックよりの中継始まる。一番人気は12月の香港ヴァース3着でQE II Cup2着のBest Gift(自由行)。マカオのカジノ王Stanley Ho氏のダービー馬Viva Patacaもかなり人気だが敢えて捨てて土星(Saturn)と雨空には鄭雨?君騎乗のGreenessy(緑色天地)に賭ける。Greenessyがかなりいい線に来ていたが最後直線で脱落。QE II Cupでは2着に甘んじたViva Patacaが八位くらいにつけていたが第四コーナーにさしかかる処で内枠から思いっきり馬の首を折りゃせぬかというくらい無理矢理の手綱捌きで外枠に転じて悪路で内枠が混戦模様のなか見事に自らの花道をば見出しての一着。騎手はKinane師。今日のこのレースのために来港参戦のKinane騎手に脱帽。Soumillon騎手で三勝(QE II CupはMosse騎手で二位)の馬を今日はSoumillon君来港ならず、でKinane騎手が吉と出た結果。この悪路に見事な、見事な騎乗。雨も歇む。二杯目のDalmoreウヰスキ飲み干してFCCのバーを出で中環に下ればQueen's Road Centralに尋常ならぬ警官の数、は六四追悼のデモ行進が中環(政府総部)に向かうゆゑ。デモ行進も近くまで来た由、金鐘まで歩けばデモ隊の行進あり。最初に司徒華氏、李卓人氏ら先頭に「愛国民主大遊行」の横断幕掲げ、主催の支聯會の一群。民主党には李柱銘氏の姿見当たらず。劉千石氏も見当たらず。国民党政府の青天白日旗の団体もあり。何より実は目立つのは様々なスローガン掲げるが法輪功の信者の数の多さ。おそらくデモの三分の一は法輪功信者(主催者発表でデモ参加は1,100人(悪天候の影響で昨年より300人減)、警察発表は600人)。「長毛」梁國雄立法會議員。日本からも参加者ありか、左翼文字で「反日憲法改悪、建立亜州民主」(反日憲法改悪はちょっと言葉足らず)と書かれた横断幕の亜州平和協会がデモの最尾。それにしても市民参加のデモでいつも敬服は香港警察の紳士然としたデモ誘導の態。東都の機動隊の如き強硬的なる規制も抑圧もなく交通規制でのデモ隊参加者の安全確保だけに専念し金鐘の先の花園道(Garden Road)下では「今日のデモは直進だから、間違わないでね」とデモ参加者に指示。警察官や白バイ隊員うしの会話には笑顔すら散見される。中国で(いくら特別行政区とはいえ)反政府デモがここまで平和裡に行われることの大切。デモ隊をば見送り太古広場のGreatにてジェラート購い帰宅。ドライマティーニ一杯。ラフマニノフピアノソナタホロヴィッツの演奏で聴く。晩に豚カツ食す。晩のニュースではインドネシアの大地震がトップニュースは当然として、夕方のデモはPearl局が30分のニュース番組で半ば15分のCMの後、有線電視のニュース台ではトップから10分後。天安門事件から17年経たとはいえ扱いは意図的に主要ニュースに持ってこない、という暗黙の了解だろうか。『世界』六月号読了。この号(憲法にとって「国」とは何か)の特集はこれまでの『世界』では珍しくもない憲法特集でも読みごたえかなりあり。萱野稔人以文社より『国家とは何か』)の「国家の思惑と民衆の要求は、なぜ逆説的に一致するのか」はかなり面白い。そう、「セキュリティとは、たんに「暴力から保護する」といったことだけを意味しているではない。(略)安定した雇用のもと安定した収入を得られるということもセキュリティだし、失業や事故に遭っても生活が保障されるというのもセキュリティだ。(略)国民国家が今のような形に形成されてきたのは、治安や安全保障という狭い意味でのセキュリティだけでなく、民衆の生存にかかわる広い意味でのセキュリティを国家が保障しようとすることによってであった。(略)ところが現在、この広い意味でのセキュリティが逆にどんどん低下している。雇用は不安定化するし、財政難ということで社会保障も縮減されている。将来の生活の見通しがなかなかたたなくなり、国民のあいだに不安が広がる。この不安がいまのナショナリズムの原動力となっている。(略)国民は、治安や安全保障をめぐる狭い意味でのセキュリティの強化を国家に要求することで、生存条件をめぐる社会的なセキュリティの低下を埋め合わそうとするのだ」と引用は切りがないが、こうして国家もナショナリズムの要求を背景にして「国民生活全般にかかわるセキュリティから、治安や安全保障を特化したセキュリティへと活動の重点を移すことができる」と。まさにキョービの米国や日本の「テロ対策」がこれ。
▼香港のバス車内での「怒れるオジサン」(巴士阿叔、Bus Uncle、バス叔父さん)のビデオクリップ(http://www.youtube.com/watch?v=EsYRQkmVifg)について。この携帯で撮影されしクリップがオジサンの発狂開始直後からで脈絡が多少解りづらいが、一瞬、シチュエーションとしてはオジサンが若者の不作法にキレたようにも見えるが、実際はオジサンの携帯での通話の大声に若者(Alvin君は今では世界中で有名だが、オジサンのほうはいまだ身元公開されず……だがすでにいくつかのマスコミなり芸能プロダクションが画策中か)がオジサンの肩をトントンと叩いて「ちょっと静かにしてくれよ」が発端。都会の狂気、だが実際に電車や地下鉄のなかで、こういう状況はいくらでもあり。携帯だの電子ゲーム機の利用者の不作法であるが、元凶はこういった「便利な物」作った産業社会であり、携帯電話など本体価格も使用料も高価であればよかったものを廉価にして誰でも浪費できるようにした市場社会。
……で天気も悪い日曜の暇に任せて日本語に訳せば会話は次の通り。だが広東語の、あの罵り言葉の語呂は英語でも、ましてや日本語では表わしようもなし。
オジサン(叔)「降りろ、バスから降りろ! バスに乗ってるんじゃない」
若者(若)「なんでだよ」
叔「なんで俺の肩を叩いた? 俺が電話で話していたって言うのに……ったく」
若「大将、」
叔「おい、大将と呼ぶな。公平にな。おれたちはお互い、見ず知らずだ。なんで俺をそう呼ぶ? なんでだ? いいか、誰もがみんな世の中でストレスがあるんだ。オマエがしてることは、いいか、不公平なことなんだ。俺はオマエに何か言ったか? オマエに触ったか? どうだ?」
若「わかったよ、謝るよ。ごめんな」
叔「なんでだ? 俺が正しいか?」
若「ああ」
叔「なんだと?」
若「面子の問題もあるしな、ごめんよ、大将」
叔「面子なんてどうでもいいんだよ。いいか、俺はオマエがケータイで話していても邪魔しなかった。いいか、俺が大声で話してたっていうのか。簡単なことだ。俺はオマエの邪魔をしなかった。俺が正しいだろ」
若「それで? べつにどうってことないじゃないか」
叔「おまえに何が関係あるっていうんだ? どうしたいんだ? 俺は事を納めたいんだよ。簡単だ」
若「もう解決したよ」
叔「未解決! 未解決!! 俺はきちんと事を納めたいんだ。簡単なことだ。俺はオマエの通話を邪魔したか?」
若「……」
叔「だろ、じゃぁ、なぜ俺の邪魔をした?」
若「声がデカイからだよ」
叔「オマエだって声は大きかったよ。俺が邪魔したか? オマエも俺も電話で話してたんだ。音はするだろ。おなじなんだよ。わかるか。俺はオマエの邪魔をしたか? どうだ? えっ、やるかっ? Fuck! やるかっ、この野郎! 俺にはストレスがある。オマエにもストレスがある。なんでオマエは俺に絡んでくるんだ?」
若「ごめんよ」
叔「なにが「ごめんよ」だ。謝るのか?」
若「申し訳ない」
叔「もっと大きな声で!」
若「申し訳ない」
叔「わかったか、注意しろよ、オマエに警告しとくぞ! よし、握手だ。なんで握手しない? 妥協しないのか? 謝ったあとは握手するもんだろ。握手しなかったらどうなる?」
若「必要ないよ」
叔「なんで必要ないんだ? 握手しなかったらどうしようもないだろ」
笑い声。
叔「握手しなかったら、納まらないだろ、この場が。どうだ? オマエは俺の電話の邪魔をしたんだ。俺はオマエの邪魔したか? Fuck! 俺はいい加減アタマにきてんだよ。テメーは俺をバカにしてんだよ、この野郎。オマエのカーチャン、強姦したろか? 俺が携帯で話している時にオマエも話したんだよ。なんでオマエが俺に因縁つけんだよ。オマエのカーチャン、強姦したろか? ええっ? 握手もできない、えっ、納まらないだろーがっ」
若「わかったよ、わかった……」握手。
叔「よし。もう、二度とするなよ。今度会ったら、ちゃんと俺の話を聞けよ」
若「もし出くわしたらな」
叔「そうだな、もうするなよ。俺の邪魔をするな、俺もしないんだからな。わかったか? 俺たちみんなストレスがあるんだ。わかったか。いつでもかかってこい!」
若「もういいよ」
叔「よし」
若「君子動口不動手(君子は口では言うが手は出さず)」
叔「何を言ってんだ? オマエが口出ししたから面倒なことになったんだ。オマエが俺の肩を叩いた、俺が電話していただけなのにな」
若「もしかするとアタマを叩いたのかもね」
叔「オマエは謝った。まぁそれはいい。だけどな、オマエは俺の邪魔をしたんだよ。俺はしていない。だから、オマエのカーチャン、強姦したろか?って言ったんだよ。わかったか。いいな」とオジサンは自分の席に坐ろうとする。
若「どうでもいいけど、ウチのカーチャンを姦すとか言うなよ」
叔「それじゃ、だれをfuckすりゃいいんだよ。だからオマエのカーチャンを姦す、って言ったんだよ。俺のチンポがオマエのカーチャンにペンペンってな。そりゃ中国の粗口(汚い言葉)だよ。Fuckingは楽しいよ。俺のチンポがオマエのカーチャンをな」とオジサン座席に身を落とす。
若「おい、言っておくけどね……」
叔「俺に何をクチゴタエするってんだ?」と立ち上がる。「オマエ、何を俺にクチゴタエする、ってんだ? 俺たちは握手した。どういう意味だ」
若「もう解決したろ」
叔「それなら、なんで俺にクチゴタエするんだ? 俺にはすごいストレスがあるんだよ。だから握手して解決しようとしたんだ。それでいいだろ。なんで俺にクチゴタエするんだ? なんでだ? わかってんのか? えっ? 意味ねえんだよ。俺たちは握手した」
若「いいかい、これは俺たち二人のことなんだ。他の人に迷惑かけなくてもいいだろう」
叔「何を言ってんだ。オマエはfucking(ここでは「叩きのめす」くらいの意)が好きだろ。俺も好きだ。Fuckingは恥ずかしいことじゃないんだよ。オマエは二度、叩きのめしてやらねーとわからないみたいだな。わかったか。事を納めようとして俺に警告なんかするな。オマエが俺にクチゴタエしたってな、俺は怯まねーぞ。俺たちはすごいストレスがあるんだよ、わかるか」
若「わかたよ、だけど……」
叔「いいかららクチゴタエするな。もう解決したんだ。俺にクチゴタエするから解決しないんだよ。わかったか。握手したろ」
若「わかったよ、もういいよ、話すことはない」
叔「なんでそうやってクチゴタエするんだよ! まだやられてーのか? わかってんのか? Fuck!」
オジサンの電話が鳴る。
若「ほら、電話が鳴ってるよ!」
オジサン、ようやく自分の座席に身を沈め「はい、もしもし」

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