二月廿日(月)曇。諸事に忙殺される。晩に尖沙咀の吉野家で牛丼。香港の吉野家は定かでないが豪州産牛肉だとか。数年前に東京は中野の友人宅に泊まり歌舞伎を母と見る朝、国鉄中野駅北口の吉野家にて朝定食を注文のはずが店員に早口でホニャララと言われ聞き取れぬも知った顔で「ええ」と答えれば朝から特大盛の牛丼出され閉口したが、その一カ月後だったかに吉野家が米国産牛肉の使用断念から牛丼の営業停止。中野の朝の特大盛は今にして思えば貴重。
▼阿倍某の戦後教育批判は築地のH君の指摘の通り「戦後の教育」がもし悪かったのなら、当然、教育行政の責任者である文部科学省と政府与党が責任をとるべきもの。それを何でも他人のせいにする、というのは人間としての徳のなさ。中国が悪い、韓国が悪い、教育基本法が悪い、憲法が悪い、とすべて他人の所為。そういうのをひっくるめて責任をとるのが政府与党というもの、と。御意。それほど無責任なる政府与党に下駄を預けてきたのだから最終的には国民に竹篦返しがくるのは当然か。
▼朝日新聞に「団塊」の世代論あり。上野千鶴子お姉さまと「三井の良心」寺島実郎氏。千鶴子姐は大学紛争が大きな出来事としつつさすが社会学者、当時、大学進学率は13%(女性に限れば5%)、人口の9割が大学に行っておらず、全共闘は周辺のシンパ入れても学生の2割、反全共闘が2割、残り6割はノンポリで「大学闘争は世代のマジョリティーを巻き込んではいない」こと指摘。御意。香港のバーとかでこの世代の人と話すと、当然のように全共闘世代と熨斗がつくのだが余のかねがねの疑問が「ほんとうにそんな世代間の大きな動きだったのか?」ということ。千鶴子姐の歯に衣を着せぬ指摘は(って上野先生の歯に衣をきせるのは優秀な歯科医でも難儀だろうが)溜飲下がる思い。寺島氏のコメントは「自分はこうしたい」という主張で世代論の体はなしておらず残念。