富柏村日剩

香港で2000年02月24日から毎日綴り始めた日記ブログ 現在は身在日本

十月十二日(火)快晴。昨晩遅く読んだ荷風先生の日剰に昭和十八年の暮も三十日に戦時下の玉の井訪れた齢六十五歳の荷風散人
「數年來馴染の家に立寄て見しが今は老衰の身のなすべき事もなし。閨中非凡の技巧を有する者に逢はざるかぎり爲さんと慾するところいよいよ爲す能はざる年齡に逹せしが如し。天保時代の儒者松崎慊堂は六十六歳にて十七八の侍婢に男子を擧げしめたる事その日記に見ゆ。余の古人に及ばざること啻に經學文章のみにあらず。浩歎すべきなり。漁色の樂消滅する時大抵の人は謹嚴となり道義を口にするに至り易きもの也。余は強て自からかくの如くならざらんことを冀へるなり」
とあり。ところでこの当時荷風先生毎晩の如く食す新橋烏森口の「金兵衛」の女将が十五代目の異母妹とあり。原田某なる三州西尾の出の藩士が横浜で洋婦に生ませた子が巡り巡って市村家橘の養子となり、それが後の十五代目羽左衛門となる。その妹(といってもお互い顔も知らずに離れて育つ)が金兵衛の女将でその兄二人は仙台にてカフェと娼家、天婦羅屋営むと日剰にあり。朝五時半覚醒め眠れず。東都五日続きの雨模様に肌寒しと報せあり香港は雨も何日が最後かと忘れるほどの好天続き乍ら朦霧ひどし。早晩にかなり久々にジムで鍛錬。帰宅して玄米だけの飯に茸入りの山芋、韓国海苔、里芋と烏賊の煮物、葱の味噌汁。一ヶ月以上遅れて『藝術新潮』九月号眺める。特集は梅原猛円空巡礼で円空佛もいいが梅原猛がそのままお地蔵さんにでもして野辺の道に佇ませたきほどの表情で、映画なら蔡明亮の映画で大雨の映画館の前に雨宿る老人風情、もう四半世紀も前に『隠された十字架』で脚光浴びし頃のギラギラせし業もすつかり削ぎ落とされたり。靖国神社がいかに日本の伝統から逸脱するかについての積極的な発言も大したもの。同誌で松本喜三郎の生人形展熊本と大阪で今月上旬まで開催ありと知る。スミソニアン博物館に常設展示の貴族男像が衣脱がされ全裸にされ生々しき性器まで見せ物にされたとは。実に立派な逸物ありと伝えききしが貴人ゆへ贅を尽した衣を纏つてその内はお見せせず、でもいいような気がするが、博物館なるもの人体解体模型同様全て見せるその好奇心と猥雑さ、それへの「まなざし」こそ博物館かと思えば致し方なしか。
▼『週刊読書人』で赤木洋一『平凡パンチ1964』と小林泰彦『イラストルポの時代』の二冊刊行を期に亀和田武が「平凡パンチ」クロニカルなるものを綴る。「カジュアルな文化大革命を摸索していた60年代半ば」だの平凡パンチの時代を「それまでは隔絶していた日本と欧米の若者たちの文化が一気に連動していくダイナミズム」などといふ言葉踊る。また同紙は『紐育ブックレビュー』であるとか英国タイムス紙の書評の如く権威ある書評紙の筈が数ヶ月に一度の池田大作先生の著作に関する一頁特集も批評といふには諸手を挙げてのヨイショ評論で全面広告かと思わされるが【広告】といふ表示もなくこの編集元と創価学会の関係は余は知らぬが書評編集での立場理解し難し。二年ほど購読せし週刊読書人の購読中断を突然決める。
▼『世界』十一月号の編集後記で八月二十六日の東京都教育委員会の「男女平等教育について」(参照)といふ通知について批判の論説あり。各学校長宛の通知には「東京都教委は(略)望ましい男女共同参画社会の実現に向けた取組の一環として男女混合名簿の導入を推進してきた。しかし近年『男らしさ』や『女らしさ』をすべて否定するような『ジェンダーフリー』の考え方が出てきて(略)それに基づき男女混合名簿を導入しようとする主張が見られ(るが)『ジェンダーフリー』の考え方に基づいて名簿を作成することは男女混合名簿の考え方とは相容れないものである」と『世界』編集長の指摘通りこの通知の意味を理解することは難儀で同じ男女混合名簿でも男女共同参画社会実現のための場合とジェンダーフリーにも基づく場合では違うといふのが東京都の主張。だが実はこの東京都の好む「男女共同参画社会」といふのが政府の男女共同参画審議会の答申によれば
「女性と男性が,社会的・文化的に形成された性別(ジェンダー)に縛られず,各人の個性に基づいて共同参画する社会」
のことであり、つまり東京都の通知は意味不明、無知、論理的思考できず、と指摘。だが『世界』の編集長の編集後記にしては詰めが甘いのは、実はこの編集後記に引用されている答申といふのは96年の橋本首相の頃のもので実際にはもう「お蔵入り」しており現在の内閣府男女共同参画局によれば「男女共同参画社会」といふのは(参照)
「男女が、社会の対等な構成員として、自らの意思によって社会のあらゆる分野における活動に参画する機会が確保され、もって男女が均等に政治的、経済的、社会的及び文化的利益を享受することができ、かつ、共に責任を担うべき社会」
と定義されており、比べればわかる通り、性別に束縛されないジェンダーフリーといふ言葉は政府も好まず男女といふ性別、性差は当たり前のものとして存在。つまり東京都のジェンダー嫌ひは政府と歩調協せしものと理解すべき。余が奇しくも東京都の弁護するようだが(笑)実は東京都の前述の通知が意味不明、無知、論理的思考できず、なのはその通りで、問題は(『世界』の編集長もここを指摘すべきだったが)「『男らしさ』や『女らしさ』をすべて否定するような『ジェンダーフリー』の考え方」といふ定義に誤謬あり。ジェンダーフリーといふのは正確には男らしさも女らしさも女々しい男も男のような女も全てフリーであること。ジェンダーフリーは男らしさの否定などしておらず。尤も更に突っ込んで指摘すれば『男らしさ』などといふものがホモフォビア的には実は女々しさの裏返しであるのは三島由紀夫見ればわかる通りであろう。
▼連日「2046」の話題になるが今日の新聞広告には「2046亨誉全球」とタイム誌だのルモンドの賛辞載せてるが韓国の人気女優だそうな宋慧喬の「この映画は一度だけじゃなくて何度も見るべき」も可笑しいが香港の億万長者李嘉誠の次男・李澤楷の「王家衛が好きです」もこの李坊の一言が何人の観衆を動員できるのか期待したいところ。李嘉誠といへば本日の政府所有地の競りで何文田の政府官舎地をば九十億ドルだかで落札。競りは五十億ドルから始り実際にそれほどの価値がこの土地にあるとは思えぬがこの落札の瞬間に香港の不動産価格浮上(笑)。
▼北京で六四天安門事件で犠牲となった学生らの父母で組織する「天安門母親」の発起人・丁子霖女史が訪中の志らく大統領に公開信をば送り今回の訪中で四百億元に及ぶ受注をば仏蘭西は中国より得ているが人権宣言発祥の仏蘭西天安門事件の評価すら覆さぬ中国政府に何ら疑問もなく武器輸出まですることへの抗議。ところで中国といへば右のこのオブジェ、実に象徴的にこれだけにて誰が見ても毛沢東。ここまで簡略化されても誰か判明するのはヒットラーの髭か毛沢東の容貌くらい。

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