富柏村日剩

香港で2000年02月24日から毎日綴り始めた日記ブログ 現在は身在日本

五月二十六日(月)曇。昨晩、読みかけの本たまるが『デカメロン』薄本だが1巻目読了。ようするに『徒然草』なのだが吉田兼好は隠遁した文者であるのに対してこちらは豪奢な貴族なわけでその対比が面白いが権威なるものの偽り具合を嗤い、人の咄嗟の機転の面白さ愉しむところは一緒。この岩波文庫、野上基一の訳がいい。長文なのだが組立きちんとしているから難なく読み進み、とくに句読点の打ち方が必要最小限でお手本のような文章。これは全巻読みたいと思う、が、これははっきり言って他に娯楽乏しき時代の読み物であって、全巻読んでみたらいったい何がそこにあるのか、というと『千夜一夜物語』的な、フレーザーの『金枝篇』のようなもの、と覚ゆ。ところで読みかけた本で断念しそうなのは石塚裕子訳の『デイヴィッド・コパフィールド』岩波文庫3巻目途中で断念、これは原書が手許にあるのだし、ずいぶん昔に1冊だけ読んだ新潮文庫中野好夫訳をもう一度読んでみたいと思う。村上春樹訳の『ライ麦』はぜんぜんイカしちゃいないのか、野崎訳と原本であれだけ読んで楽しかったのは余がまだ若かったからか、いずれにせよ村上訳も最後まで読まねば、あと数十頁。養老孟司バカの壁』新潮社、坪内祐三『一九七二』文藝春秋など注文。日本のSARSに対する異常な報道と対応はずっとこの日剰でも綴ってきたが、SARS感染者との接触など全く考えられぬ主婦がマスク100枚まとめ買いだの、「大陸から悪性の風が吹いてくる」という風評だの、5月の大型連休に娘が中国旅行していたという父親が娘帰国ののち自主的に10日間自宅待機して出勤控えただの、もう「勝手にやってください」としか思えず。そんなことする前に景気回復とか、そこまで難しい話ぢゃないなら成田の李着陸料金、値下げしないと航空機はどんどん成田から逃げてゆき日本が世界の孤児となるってのに。
▼先週末にWHOの勧告解除され、こうなると香港の変わり身の早さは大したもの。基幹銀行のHSBCはこの2ヶ月SARSの影響により経済的困難に直面した顧客に対して1億ドルの支援を表明、具体的には観光業、飲食やカラオケなどの従業員で解雇だの無給措置などの対象となりHSBCにローンある場合、2ヶ月分について利息免除と返済延長措置など。また空港も減便措置に対して搭乗客が1割を下回るフライトの場合での最大5割の空港使用料軽減など。割引なくとも747機で発着1回でわずかHK$40,000と成田の3分の1以下のはず。そのうえこの割引でどうにかフライトを呼び戻そう、と。日本でこの措置を取ろうとすれば国土交通省より内閣、ひょっとすると与野党協議を経て国会国土交通委員会にて審議なんてことになるのだろうか。香港の場合は空港管理局が決定して香港政府の承認得ただけで即実行。
▼先週、天皇皇后両陛下歌舞伎座にて歌舞伎ご覧になる(こちら)。演目は成田屋歌舞伎十八番で『暫しばらく』。『暫』の筋書きを今の日本におきかえたら、天下を我がものにしようとする新保守主義政治家・安部(左團次)は、臣下の親米外務官僚・栗山(正之助改め権十郎)や御用学者竹中(三津五郎)、西尾(男寅改め男女蔵)らを従えて、自分に逆らう善良な加藤(菊五郎)を成敗しようとします。そこへ「しばら〜く」の声とともに加藤家の忠臣鎌倉権五郎(團十郎)が駆けつけ超人的な力で敵を一網打尽にする、というような物語。この権五郎だけは実在の人物にここまでのヒーロー役おらず。民主党の議員では十人一束で道成寺の坊主衆ていどの役どころ。下手すると石原慎太郎が「しばら〜く」で現れそうで怖い、怖い。田中康夫ちゃんぢゃ隈取りに車鬢、柿色の素襖に二メートル以上ある大太刀を差したら歩けず(笑)。陛下がここまで暫を堪能されたかどうか余には察するにもあまりあるが天覧歌舞伎なるもの明治20年に麻布は井上馨外務卿の邸にて茶室開きの余興として開催されたが初めにて團菊左といってもお若い方にはおわかりいただくも難ありか9代目團十郎に五代目菊五郎、初代左團次らが勧進帳など演じ、最近では連合国軍の占領解けた昭和28年歌舞伎座にて吉右衛門(初代)の『盛綱陣屋』、そして歌右衛門の『娘道成寺』。今上陛下となられて初めての天覧ながらマスコミにはほとんど報道されず。天覧歌舞伎は上述のように明治の團菊左、播磨屋に大成駒と当代代表する名優の舞台であったわけで、それが今回は成田屋。それが真っ当かどうかの意見もあろうところ。築地H君も指摘するに団菊→五代目歌右衛門→菊吉→六代目歌右衛門、と継承されてきた劇壇覇権が今は空位の時代。宮内庁文化庁、松竹で「いまだったら誰?」「…そうですねえ、長老ということなら京屋、芸でいうなら菊五郎吉右衛門というところでしょうが、まあ誰かを選ぶということなら、歌舞伎の世界もイロイロあるでしょうから、とりあえず成田家の宗家にしておくのが無難かと」というような流れか、とH君。なぜかH君も余も「またとない天覧に機会」に高麗屋さんあたりが猛烈に工作したような気が(笑)。結局、團菊で『暫』だったのだが高麗屋の顔も立てて三幅対にとなると当然演目は「勧進帳」。義経菊五郎はいいとして、弁慶……成田屋の優位が確立してれば、陛下の御前自らが弁慶、で高麗屋が富樫ということで内外に序列を示せるか、とH君。
▼『世界』で「今月のブッシュイズム」で紹介さ