富柏村日剩

香港で2000年02月24日から毎日綴り始めた日記ブログ 現在は身在日本

五月二十五日(日)。獅子山から城門水塘へとトレイルの予定が早朝雷雨注意報あり中止。昼前にジム。午後公営プールにて小雨のなか水泳。少し晴れて新聞雑誌読む。夕方九龍公園を歩きふと海防道のKangaroo Pub、旅行ガイドで紹介される香港を代表する観光パブにて普段なら観光客で賑うが観光パブながらこの店の大きな窓から眺める九龍公園の緑美しくこの時期ならさぞや空いていることだろうと思い赴けばSARSにて客足落ちて暫時休業。看板にはWHOの渡航回避勧告取り消されれば営業再開、とあり(写真)。すでに昨日この勧告取り消されたが未だ休業続く。休業といえば信報の唯霊氏の隨筆で湾仔の上海料理の老正興まで暫時休業内部維修だそうな。また秋の上海蟹の季節に重開、と。Space Museumにて小津の『麥秋』看る。かなり不安定な作品。笠智衆が紀子(原節子)の兄役で、嫁入り前の娘・原節子と老父演じる『晩春』より当然この作品のほうが前作と思うが実は確かに『晩春』が49年の作品であの戦後の小津の世界が生まれ、これは51年。笠智衆のこの兄役は正直言って演技は朴訥を通り越して下手。『晩春』であれだけ味のある老父を演じていたが若返ると下手、いかに笠という俳優が老け役かと痛感。原節子も演技に勢い余りすぎといふほど闊達で異様なほど。それにしても、この間宮という家族、とにかく紀子の結婚にだけ話題と関心が集約され、不自然さ極まりなし。それもこうして半世紀後に海外にて見ていると「ほんとうにどうでもいいような」結婚の価値観のことであり、それにだけ時間費やす小津の世界。不自然のようだが、こういった娘の結婚のこととかに対する異常なまでの関心と、それと反比例しての社会的な思案のなさ、これは小津が肯定も否定もせず淡々と描く日本社会そのものなのかも知れぬ。海外といへば紀子の兄・省二は戦争で生死わからずとなっているが「徐州戦で……」と東山千栄子の一言。日本で見ていれば「何気ない」戦地の話も香港でこれを見てこの台詞を聞けばこの平凡なるちょっと裕福な鎌倉の間宮家の次男も中国侵略する日本軍の兵隊であり中国人殺す軍の一部、となる。そういえば、いぜんには気づかなかったが北鎌倉の駅にて通勤のさいに紀子が亡兄の友人で医師の矢部謙吉(二本柳寛)に遭った際に謙吉が読んでいた本を閉じ「面白いですね、チボー家の人々、まだ4巻半なのですが」という場面あり。早口で、筋には関係もない台詞、だが友人の披露宴から紀子が遅く帰宅すると起きていた兄嫁・アヤ(淡島千景)が読んでいた本も背表紙の題は焦点合っておらず読めぬがその菊版変形で二段組からして『チボー家』のはず。当時、鎌倉だの医者だの、紀子にせよ丸の内の会社で英語堪能な專務秘書役、そういった若者たちには『チボー家』は必読だったか。謙吉が紀子に遭ふなり「まだ4巻半」と言ったといふことは紀子も当然読んでいるといふ前提であろうしアヤが読んでいるといふことは夫の康一(笠智衆)も読んでいるであろうし、もしかすると当時であるから間宮家で読んでいた『チボー家』が謙吉に貸されたのかも知れぬ。で、何が気になるかといへば、ようするに彼らにとって『チボー家』は読んで当然の小説なわけで、その筋といへばチボー家のジャックが第一次世界大戦下のパリで正義と希望に燃えてコミュンテルンの活動など通じ成長し反戦平和のために義勇軍として若い命をおとす物語、そのような社会正義だのが東京の昌平橋界隈の大病院で医者する間宮家であるとか謙吉の生活に「これっぽち」も反映されぬどころか話題にすらならず。ただ婚期から外れそうな紀子の結婚のことだけが彼らの価値観の全てのように話題になり続ける。ならば『チボー家』がなぜわざわざ駅での朝の会話に登場したのか、なぜアヤが読んでいるのが創刊間もない『暮しの手帖』でなく『チボー家』でなければならないのか。これは小津がこの間宮家を取巻くこの価値観がいかに矛盾しているか、おかしいか、ということをこの『チボー家』と間宮家の対比で語っていたのでは?という気がしないでもなし。小津というと、こういった「日本らしい」家の姿を淡々と物語にしているように思われてもいるが、そうではあるまひ。寧ろそういった醜悪なほど何も語らぬ、何も考えぬ「ほー、そうか」「そうよ、きっとそうよ」で会話が完結してしまふような、そういう風土の矛盾を露骨に見せているように思える。映画終って外に出ると大雨。スターフェリーで湾仔に渡ろうとするが海峡が時化てフェリーの渡板大きく反れる(写真で渡板の向うにポスターの写真の如き男女いるがこれは船に渡れぬ乗客)。日本はオークス。父が今日誕生日にて映画終わりフェリーに揺られながら実家に電話すると母が今日のオークスで二番人気のスティルインラブはわかるが単勝13番人気のチューニー後藤浩輝騎手見事)で枠連2-8で6,050円を押えたそうな。敬服。いつもなら1,000円買うが「まさか」の馬劵のため300円しか買わず、と。帰宅して昨日の杭州飯店の元蹄の煮凝りなど食す。元蹄も美味かったがこの煮凝りは格別。
▼先日、エベレストでの中国隊の国旗が裏返し、と綴り、それに比べ日の丸は表裏わからず、と思ったが三浦雄一郎氏の70歳登頂での写真見たらこれも裏返し(写真)。厳密には旗を旗竿に括る紐もあるほうが左のはず。