富柏村日剩

香港で2000年02月24日から毎日綴り始めた日記ブログ 現在は身在日本

九月三十日(月)曇。朝、内田百●の『東京日記』の残り数編、『サラサーテの盤』を読む。この作品は文庫にするにあっても旧仮名のままにしておくべき。それでなくても今イチ余には良さのさっぱりわからぬこの短編俗用なる新仮名にては読むに能わざるものとなりぬ。灣仔の某イタリア料理屋。所謂アメリカンイタリアンにて全てが大盛り。味つけは単調。オリーブ油はただ大量にかければいいといふものではなし。この会社香港にてはシカゴ流れのアメリカンダインでかなり成功せしもののいくら紐育スタイルとは申せイタリア料理となれば味つけも易しからず。食後のエスプレッソにMolinari Sambuca供され徒に珈琲にどうぞと勧めるは一興。晩にジム。A氏より頂戴した会津若松は末廣酒造の鬼羅なる酒にて秋刀魚食す。この秋初めてなり。この酒超辛口+15度というがキョービの酒にて至極淡白。それはそれで旨いといふのが今日であらうが辛口といふと、小学生の頃にこの五月来港せし八十八歳になる大叔父がまだ赤坂にて「海舟」なる江戸流れの料理屋を営んでいた折酒好きであるわが父が叔父の店にて呑んだ酒が辛口にて旨かった旨かったとしきりに感心せしその酒の名がダイヤ菊といい(子供ながらにその酒の名を覚えしは我が左党の血筋か)酒の「辛口」なる言葉をその時に我は覚え父は須臾この酒を探すが見つからず一年以上経ってからかふと福島の親戚にて法事ありその往路だか田舎道の酒屋にてこの酒の看板見つけし父、急ブレーキにて車停めてこの酒を入手。その晩習慣にて父晩酌する酒を一口味わい俗様な表現ながらパンチのきいたキリッとした味わいにこれが「辛口」かと覚えたれば其の後の辛口ブームにてダイヤ菊など今では辛口の部類に入らぬのであろうが、いつになっても辛口といえばダイヤ菊が余の代名詞となりすっきりした味わいの辛口などといふ酒はどうも物足りず。今晩ふとダイヤ菊のサイト訪れこの酒が日本酒に酔っては座敷にて深更寝てしまっていたといふ小津安二郎の愛飲した酒と知る。小津といへば来春の香港映画祭は特集が小津と数日前の新聞にあり。香港に移り住み既に小津作品はすでに飽きるほど観たれば今更といふのが実感。香港の他の観衆とてそうであろう。映画祭にて小津を特集するような単純なる発想しかできぬものか。橋本治『「三島由紀夫」とはなにものだったのか』(新潮社)読み始める。序でいきなり「文壇に色気を与えていた作家」と三島由紀夫を定義し流石、治ちゃんの面目躍如だがようするに(ここから橋本治の文体になる)三島由紀夫というかなりカブいた作家を、三島由紀夫の場合はまだカンペキに自己の殻を破ってしまうってことは時代の要請とかもあって(まだ日本がそのまえにやらなきゃならないことがゴマンとあって)それで悪戦苦闘していたのだけど、どうにか華やかに見せることは宿命をわかっている人だったから革命なんて死を覚悟するまではどうにか成立していたのだけれど、雅な世界は革命で死を授けられる側なのに自分が革命を起す側にまわってしまったことで、それが右でも左でもいいのだけれど、つまり政治的根拠のないのが三島由紀夫。それをさらに三島由紀夫が見たら恥ずかしくてとても親友にはなれないくらい時代とともに開き直ってしまった橋本治という作家がいて、その橋本治三島由紀夫というまさに「先達」を語るわけだから、もうこんな本、企画した新潮社も新潮社だけど、もう「できすぎ」って感じで、でもやっぱり二十世紀を総括するためには橋本治三島由紀夫を語らないわけにはいかない、ってそういうわけか。
▼昨晩読みたる荷風日記にて散人曰く「日本現代の禍根は政黨の腐敗と軍人の過激思想と國民の自覺なき事の三事なり。政黨の腐敗も軍人の暴行も之を要するに一般國民の自覺に乏しきに起因するなり、個人の覺醒なきが爲に起ることなり」と。テレビのニュースに札幌の西友にての偽装肉騒ぎは企業倫理も然ることながら騒ぎに乗じて返金当て込む暴漢浪士の如き若者の姿テレビに映れば靖国神社にて「イシハラーッ!」と声援送る輩の姿と相重なり若者ばかりか既存の政党腐敗するか色褪せて枯れるかといふ時代に石原某が如き輩に人々の期待集まり「石原さんなら何かしてくれるのではないか」などと望みを托す今日の世相もかなり来るところまで来ていると痛感せざるを得ず。政治といへば本日小泉内閣改造あり。NHKのニュースにて神妙なる顔の政治部記者とアナウンサー竹中某の金融担当相兼任など取上げ、したり顔にて「今回の改造はまさに景気回復を念頭に置いたものなんですねぇ」などと台本通りの会話続けるが派閥と政党力学にて閣僚の首据え替えるだけで景気回復などできるのならバブル崩壊から何度景気回復があったこと歟。内閣改造するもせぬも景気回復など期待できぬのならいっそのこと景気回復するまで内閣改造などせず現閣僚据え置くことも一考。果報は寝て待て、か。国土交通大臣の晴着姿、京都南座の顔見世興行で開幕前に正面玄関広間に企つ歌舞伎役者の妻の如し、職務がら防災服もしくは歌舞伎役者の妻としての本領発揮するなら「め組の喧嘩」よろしく火消しで鳶の晴れ姿では如何か。
▼昨日のベルリンにての高橋尚子嬢の結果は如何と朝刊(朝日)見れば一面に高橋選手と小出監督表彰式にて高々と両手挙げて歓声に応える姿あり「やはり優勝か」と思い写真をよく見れば釜山で開催されしアジア競技大会開会式にて聖火点ける韓国と北朝鮮の男女選手。新聞のページ捲り北朝鮮の食料不足を伝える写真ありかと思いよく見れば高橋選手の痩身。世の中誠に複雑なり。