富柏村日剩

香港で2000年02月24日から毎日綴り始めた日記ブログ 現在は身在日本

赤羽から巣鴨、で銀座

辰年二月晦日。気温摂氏15.3/20.9度。曇時々晴。昨晩家人に「明日こゝ行けるかしらね?」といはれたのがこちら。

月曜日は美術館とか休みが多いだがこちらは日曜休館で月曜も開いてゐる。無料だが完全予約制。ネットで見ると明朝10時の回にまだ空きあり……といふわけで上野に09:32着で宇都宮線の小金井行きで赤羽。赤羽台団地にあるこのミュージアムに09:54着。ミュージアムは説明のスタッフがついて定員20名かな?のツアー。本日参加の好事家は14名ほど。アタシは集合住宅に住んだのは香港に暮らし始めてから。水戸では一軒家の自宅で仙台も東京恵比寿もアパート。家人は団地ではないが某銀行の「社宅」住まひで集合住宅だから団地育ちなので懐かしい世界。


f:id:fookpaktsuen:20240409175139j:image

f:id:fookpaktsuen:20240409175134j:image

ミュージアムでの最初の展示は建物の4階に上がり大震災のあとの同潤会アパートから。今の「ミミマム」に通じる100年前の発想。代官山のアパートは昭和の終はり恵比寿に住んでゐたときに歩いて行ける距離で家人(当時、Z嬢)と代官山まで歩き近い将来に解体される代官山アパートの銭湯まで出かけたこともあつた。


f:id:fookpaktsuen:20240409175201j:image

f:id:fookpaktsuen:20240409175157j:image

単身用の住宅も狭いのだけど何だか窮屈感がない。このくらゐの広さがあつたら本当に幸せだらう。


f:id:fookpaktsuen:20240409175229j:image

f:id:fookpaktsuen:20240409175225j:image

戦後になつて日本住宅公団(のちのUR)が設立される。蓮根団地のまぁ傑作さ。狭いのだけど狭さを感じさせない奥行きと生活の上での建築の合理性。


f:id:fookpaktsuen:20240409175243j:image

f:id:fookpaktsuen:20240409175240j:image

前川國男の晴海にできた高層住宅は人口と需要に対する大規模集合住宅建設といふ題目が優先して生活レベルとしてはけして上出来ではなかつたかもしれない。


f:id:fookpaktsuen:20240409175327j:image

f:id:fookpaktsuen:20240409175323j:image

晴海の高層住宅で、それでも玄関を入つてすぐのダイニングだとか、奥までのパースペクティブな「広く感じるやうな設計」(前川國男)はさま/\な設計上の検討がされてゐるとはいへ戦前のモダンな住宅に比べるとどこか余裕の感じられない中途半端感あり。


f:id:fookpaktsuen:20240409175341j:image

f:id:fookpaktsuen:20240409175344j:image

多摩平団地に出来た「テラスハウス」は長屋建てとはいへ専用の庭もあり団地全体のコミュニティ感の創設が意図されてゐる。しかし戦前の同潤会のやうな機能専念の設計の集合中楽の方がクールかも。下手に家族の団欒だとか地域社会なんてのが意図させると窮屈さが増すのかもしれない。f:id:fookpaktsuen:20240409175403j:image

赤羽から王子に出て久々に都電荒川線(これが今では「東京さくらトラム」なるヘンな名称に)に乗り桜満開の飛鳥山を巻いて新庚申塚まで。2週間前に納骨の済んだ家人の母の墓地に詣でる。染井霊園はさすがにソメイヨシノが満開。墓地だといふのに墓地内の桜の木の下にはベンチもあり、そこで読書などする人あり。さすがに墓地なので花見の酒盛りもないし静かで良いかも。こんなところで折口信夫なんて読んだら愉しいかも。


f:id:fookpaktsuen:20240409175424j:image

f:id:fookpaktsuen:20240409175421j:image

東京の最高気温摂氏23.2度。平日で「4のつく日」でもないので巣鴨の地蔵通り商店街も少し閑か。「ときわ食堂」で少し遅めの昼食。隣席の老夫婦が静かに今更会話もないのだが幸はせさうに鯖の味噌煮の定食を食べてゐたのが印象的。

f:id:fookpaktsuen:20240409175441j:image
銀座に出て靴のヨシノヤへ。信州だとか(欧州でもよいのだけれど)リゾートのホテルとかで、ちゃんとしたディナーでも失礼がなく、それに少しの山間の散策もできるスニーカーなんだけど遠目にはフォーマルな靴がほしかつた。ちゃんとそんな靴がヨシノヤだと見つかるから。一足購入。

小雨。家人と別れ銀座サンボア開店の時間で口開けの客となりハイボールを飲む。銀座松屋のメンズフロアでエスカレータ上がつたところで以前から気になつてゐた“RE Made in Tokyo Japan”といふショップあり。

知っておきたい、日本全国のものづくり “日本再発見” | 松屋銀座

こちらの夏物で紺の開襟シャツ一枚購入。歌舞伎座へ。夜の部の最初( 於染久松色読販 おそめひさまつうきなのよみうり )で「土手のお六」「鬼門の喜兵衛」を幕見。松嶋屋と大和屋で、もう余裕のこの芝居。傘寿の松嶋屋だが莨やが舞台で喜兵衛は好きな莨を蒸してゐれば良いところ。大和屋もお六のやうな「毒婦」はある面、ニンであるかも。そんなワケで松嶋屋と大和屋の二人はこの喜兵衛とお六は実によく似合ふ。幕見なので四階の天井桟敷から眺めたが歌舞伎座吉野川だとか渡海屋で碇知盛とかだと遠見でも面白いが鶴屋南北のこんな地味に悪事の魂胆に満ちた芝居は遠目では役者の表情など窺ひ知れないから面白みに欠けるか。そこは徠卡の双眼鏡持参で補つたが後列の小学生の芝居好きの少年は、この南北物の筋も半ばわかるのだらう、その上で要領得ぬ点を小声で母に尋ねて大したものだつた(小学生の頃から歌舞伎芝居なんかに連れて来てもらつてゐるとロクな大人にならないですよ)。本日は赤羽台のミュージアム団地の2DKでもせい/\10坪ほどの小さな住宅の移築再現模型の中にゐて畳も「団地サイズ」なんて見てゐたので歌舞伎座の間口の広い舞台で、油屋のやうな商家ならまだしもお六の莨屋の粗末な家屋があの広さだとほんと非現実的すぎ。せいぜい狭い一間の苫屋であるはずなのだから。

続く番組も松嶋屋と大和屋で〈神田祭〉はほんの20分程度、この二人の踊りどころかお練りを眺めてゐれば飽きないのだから付き合つてもよいのだが見なくても艶やかさは想像できるところで歌舞伎座を後にする。いつものことだが三原橋からする/\と斜め/\に歩いて銀座ライオン。幸はひ外に行列もなく家人に先に入つて啤酒注文しておいてもらふ間に銀座通りで斜め向かひのヨシノヤで預けておいた靴を受け取りライオンへ。


f:id:fookpaktsuen:20240409175512j:image

f:id:fookpaktsuen:20240409175521j:image

毎年この時期はあのビアホールの店内に桜の枝葉(見事な造花)が飾られ花見気分。この時間に焼き上がるローストビーフだが今晩は何だか注文する客が多いと思つたら創業90周年が本日!でローストビーフが特価でお振舞ひなのださう。それなら、といたゞく。

f:id:fookpaktsuen:20240409180252j:image

それにしても今晩は支配人も客の間を注文とつたりビールジョッキや料理を運んだり、何だか卓を越えて客同士がジョッキ片手に歓談、旧交温めてゐるし何だかドイツの田舎装束の男女などゐて不思議な雰囲気。すると午後6時半になつたらドイツ装束の男女がアコーディオンや管楽器などかゝへて立ち上がるとドイツ民謡など奏で始めて Oktoberfest のやう。創業90周年の祝賀とは。銀座ライオンは外国人客にも評判だが彼らも日本人がドイツ語で獨逸民謡など歌ひビアホールはさながらミュンヘンのやうで最初は驚いたところ。この銀座ライオンの創業は昭和9年(1934年)で日本人の獨逸祝賀は日独同盟か?と驚いたところだらう。だが彼らも東洋のこの不思議な情景に和み一緒にジョッキ片手に腕を組んで謡ひ飲み始める。アタシはかういふ集団での騒ぎが挙国一致的で苦手。静かにして眺めてゐたが家人が洗面所に行つた際に隣席の明るいお客に肩を叩かれ振り向いたところ有無を言はせず腕を取られ立ち上がってジョッキ片手に左右に揺れ動き始めた。かういふときに素直に楽しめれば良いのだがやはり苦手。こんな姿を洗面所から戻つた家人に見られなくもなく隣客に「ごめんなさい、腰痛持ちで、それに電車の時間もあつて」と言ひ訳。

f:id:fookpaktsuen:20240409180255j:image

家人も酒に酔つて騒ぐのはけして好きぢゃないので盛り上がり続ける銀座ライオンを辞す。周りを白けさせてはいけない。それにしても啤酒を大ジョッキで3杯半も飲んでローストビールに豚串カツ、ベイクドポテトなど食べて満腹。腹ごなしに東京駅まで歩く。

f:id:fookpaktsuen:20240409175518j:image

銀座の映画館シネスヰツチがまだ存続してゐるとは知らなかつた。坂本龍一追悼で〈ラストエンペラー〉と〈戦場のメリークリスマス〉を上映中。東京駅地下のはせがわ酒店で山形は酒田の上㐂元と天童の山形正宗の純米酒を購めて帰りの車中で飲む。1時間余なので寝てゐる暇もない。それにしても酒がなんでこんなに美味いのか。それでも水戸に着くと歩いて帰宅して本日のあれこれ記録を残して身の回りもきちんと片付けてから寝るのだから我ながら大したもの。

f:id:fookpaktsuen:20240409175515j:image

▼昨日の観世能楽堂(銀座)は観世流春の別会。関根祥丸君のシテで〈道成寺〉あり拝見したかつたがテケツ入手できず。ご覧になつた方から、まだ若手の祥丸君がまことにご立派な舞台の上にさらに余白すらきちんと残してゐたとのこと。