富柏村日剩

香港で2000年02月24日から毎日綴り始めた日記ブログ 現在は身在日本

数の誕生

辰年二月十九日。気温摂氏4.2/15.4度。晴。だいぶ春めいてはきたが先週の寒空に桜の開花が予想よりだいぶ遅れたやう。珍しく理数系の読書。志賀浩二といふ数学者の訃報を読んだのは朝日新聞だつたのか週刊読書人だつたのか。志賀浩二(1930〜2024)『数学が生まれる物語 第1週 数の誕生』(岩波書店)読む。数学の苦手なアタシも著者の平易な解説で第1巻のこれ(数の誕生)は読めたが第2巻『数の世界』はもう珍紛漢紛なのであつた。

数学が生まれる物語 第1週 数の誕生 (岩波現代文庫)

これを読んでゐて、ふと矢野健太郎を思ひ返した。志賀浩二について調べてみたら志賀の数学の師が矢野健太郎先生なのだと知つた。アタシが高校のとき1年生のとき担任のK先生が数学で教科書そっちのけで矢野健太郎解法の手びき数学 I』を生徒全員に持たせて、こちらで授業を進めてゐた。数学など高校入試でもう解放されたつもりだつたが矢野健太郎のこの参考書は文章が流れるやうに読み易い。優れた数学者である以上に教育者としてどれだけご立派だつたか。

解法の手びき数学1 解法の手びき 微分・積分

この矢野健太郎(1912〜1993)の東工大で教鞭をとつた時代の同僚が遠山啓(1909〜1979)。矢野と同じく教育者としても秀逸の遠山啓が提唱した算数/数学の「水道方式」でアタシは小学生のとき、この遠山の水道方式を取り入れた算数教室があり、そこで算数を本当に楽しく学習できたおかげで大人になつても集合の概念であるとか、今でも競馬で三連複、三連単の何通りの計算まで本当に役にたつてゐる。この矢野や遠山の数学の系譜は戦前に日本が皇国主義化するなかでも、それから距離を置く自然科学としての中立、リベラルなものでアインシュタインとの親交もあり戦後になつても文部省の指導要領において水道方式の採用がなかつたやうに「権力」や「体制」とは一線を画する立ち位置であつた。アタシは数学は結局のところ苦手になつたが今になつて思ふと小学生の時の水道方式(遠山)から高校での「数学の手引き」までその流れを学べたことは本当にありがたいことだつた。

森喜朗東京五輪にせよ裏金にせよ「どれだけ怪しいか」は明白なところだが安倍派の輩が護身からなのか「死ねば諸共」なのか森喜朗関与と口を開き始めたやう。そして何より興味深いのは日テレ=読売がそれを報じてみせたことだらう。いずれにせよ結果的には自民党なるものゝ(国民も含めた)見かけの自浄作用にしかならず日本の政治など何も変はることもないのだが。