富柏村日剩

香港で2000年02月24日から毎日綴り始めた日記ブログ 現在は身在日本

春分の日、芹生ノ里寺子屋から関寺へ

辰年二月十一日。春分。気温摂氏▲0.5/15.8度。晴。神田淡路町(The Gollum)で 散髪済ませ歌舞伎座。開幕5分前で神田志乃多寿司の折詰めパクつき〈寺子屋〉幕見。

菊之助の松王丸。けして彼のニンではない、と思ふ。丁度二年前の三月に国立劇場での盛綱陣屋でも思つたが芝居は上手いのだが、或いは熊谷陣屋の直実とかの重いお役もさう。義経千本桜でも忠信はニンだが権太でも忠盛でもない。どれも彼の義父が得意としたお役。播磨屋のあの舞台を婿に期待するのだが。松嶋屋が盛綱、直実や知盛等を自らのモノにしたやうに役者高齢化の時代にあつて未だ半百前の音羽屋は重い役を演じるには若すぎるのかもしれない。源蔵は愛之助。こちらも半百は超えたが主君菅丞相の遺子守るため松王丸の子の首を刎ねただけの覚悟と気持ちの昂りとその堪へが足りない。松王丸が六代目なら中村屋XVIIが源蔵をどう演じたか。松嶋屋も源蔵を演じてこその松王丸だと語つてゐたところ。新悟の戸波が地味に上手い。萬屋時蔵系)は梅枝と萬太郎の兄弟が千代と玄蕃で好演。鷹之資(24)が涎くり与太郎をほんと図体だけ大きい子役で呆れるほど役になりきつてゐてあばらかべっそん。小太郎は丑之助君で天性の芝居上手は認めるが和事ぢゃないのだから戸波に手を引かれて出てきて座るまであまりに嫋やかすぎ。小太郎は松王丸の倅でこれから菅秀才の身替はりで……と諭され覚悟を決めた子どもなのだから、さうした中での所作はどうあるべきかお父っつぁんなりが教るべきだらう。「首実検」からの義太夫が葵太夫さんなので「一幕見にこれを」と選んだところでもあり。ご本人が呟板で書かれてゐたが今月は途中で咳と痰に悩まれた日もあつたやうで少し元気がないやうに思へた。この配役での首実検では葵太夫さんの義太夫にはまだ十分に応じられないかも。今月の昼の部は松嶋屋の〈御浜御殿綱豊卿〉でぜひ拝見したいところだが〈寺子屋〉一幕見で済ませ千駄ヶ谷国立能楽堂へ。そちら13時開演なので狂言花争はなあらそひ〉は間に合はぬと諦めてゐたが12:30に歌舞伎座を出て日比谷線(銀座)丸の内線(四谷)総武線で乗換へを最短距離で済ますのに車両まで考へて移動の結果、千駄ヶ谷の駅から走らずとも12:55に能楽堂着。

狂言〈花争〉はこの三月の番組が昨年発表になつたとき大倉流山本家でシテ(太郎冠者)則俊師でアドが倅の則重さんの予定だつたが則俊師昨年十一月にご逝去で則重さんの伯父にあたる東次郎師が出演と早くから告知あり。10数分の狂言だが舞台間に合つて本当に良かつた。則重さんの声の張りの良さ。観世ご宗家の〈鸚鵡小町〉は地謡で(さうなることはわかつてゐたが)地頭の桜雪師休演で副地頭だつた岡久広さんが地頭となり梅若紀彰さんが副に。この〈鸚鵡〉は謡が聞き応へあり。ワキは宝生常三師で〈鸚鵡〉では
 雲の上ハありし昔に変らねど見し玉簾の内やゆかしき
と帝が小野小町に贈つた御歌をワキとして謳はれる常三師の美声。舞でご宗家の謡がやたら威勢が良いが、それはもう百歳だらうが若い頃だらうが小野小町とは思へぬほど。ところで国立能楽堂今月のプログラム、売り場の張り紙に鷲田清一氏の随筆、妹尾好信氏による「残念な黒主、神となる」(これは稀曲〈志賀〉から大伴黒主に焦点当てたものださう)とあつた。見本はあつたのか見てゐなかつたがアトになつて村上湛君による番組解説が実に良いとネット上に書かれてゐて買ひ損ねた。

国立能楽堂に着く頃に小雨降り始め狂言の10数分のあとの中入りで中庭に本降りの雨。それが本日の番組終はり15時15分に能楽堂出るとまことに雨上がりの晴れ間。新宿へ。彼岸で常圓寺に墓参。柏木の花屋が祝日休で西口地下の日比谷花壇に供花注文してゐたが小田急の工事現場のまるで迷路で花店がすぐに見当たらず(小田急エース「南館」に移転)。雨雲が近づくなか常圓寺。寺務所で今年の護持会費納め墓参してゐると雨本降り。雨宿りして見上げた枝垂れ桜の木はまだ蕾も目立たず。昨年の3月19日がこんな見事な満開だつたのに。この寒さではまだしばらく待つことになりさう。新宿駅東口のベルクでハーフ&ハーフのビール一飲して西口の鮨いしかわへ。午後5時の開店で少し早く着かれてゐたN大兄からアタシの予約がどうやら入つてゐないと聞く。予約したつもりだつたが携帯の履歴にもない。午後6時半までなら!と入れてもらふ。啤酒で再開を祝しツマミは鯵とコハダ。日本酒それぞれ一合づつ手酌で鯛と鮪の赤身。握り数カンで干瓢巻き。寿司やはこれくらゐの長っちりナシが良い。N大兄は下落合生まれの小滝橋育ちで(逆だつたかも)大学が稲門だから新宿が地元。もう傘寿待つところだがまことに爽快なお人柄。復路の乗るつもりでゐた特急まで少し時間あり新宿で少し独酌して帰途につく。