富柏村日剩

香港で2000年02月24日から毎日綴り始めた日記ブログ 現在は身在日本

中秋

癸卯年八月十五日。中秋。気温接し21.7/28.2度。晴。昨晩から咳も鎮まり今日は何度か濃痰が出ただけ。味覚はほんの少し不正常なのはハイボールのレモンピールでさう感じる。

冬将軍が来た夏

この数日で甘耀明『冬将軍が来た夏』読む。甘耀明はこれまでに『神秘列車』『鬼殺し』そして『真の人間になる』(←原題から直訳のこと和訳のタイトルは何うも宜しくないやうに思へる)と読んだ。この『冬将軍』は甘耀明の中長編は読んでゐるからこれも、とあまり積極的な気持ちもなく読んだだけだつたのだがアタシは甘耀明の作品の中でももしかすると最も面白いと思つたかも。主人公が女性なのも『鬼』や『真の』が十代の男子を扱つたのからすると、それだけでも異質かも。それでもこの物語のなかで男はかなり疎外されてゐるかのやうで女性の同性愛が関心のかなり中心にある。主人公の保育士の女性がレイプされたといふ「事実」から物語は始まるのだが

私がレイプされる三日前、死んだ祖母が私のところに戻ってきた。

といふ冒頭の一文からわかるやうに物語はレイプといふ事実と死んだ祖母の登場といふ超現実世界の混在が面白い。この超現実的な世界は読んでゐるるとラテンアメリカ文学マジックリアリズムのやうでガブリエル=ガルシア=マルケス百年の孤独』とか、あれに近い世界。日本でいへば筒井康隆。そんな物語はレイプについての刑事裁判でまた一気に現実の世界に引き戻されるのだが最後はスリルのあるサスペンス小説のやうな展開を見せたりサプライズで登場する女性がゐたり……物語の面白さを十分に盛り込んだ小説。白水紀子(白水社と直接の関係はない)の和訳も冴えわたつてゐる。台湾語の音の面白さを何う日本語にするか、も効果的なルビを用ゐて実験的で楽しい。「 麽該 どう話をしていいのか」なんてまだわかり易いけれど「 恁祖嬤 わたしは」とか、彼は「 請纓 従軍を志願し」とか。「 罪過 苦しんでいるのに」とか「 装、瘠、維 バカにするな」なんて。元々の台湾語が俗語で当て字なので、その当て字に日本語のルビを振つても意味もない。かう書き出すよ余計にさう。それがこの物語のなかでは実に効果的。よく読むと、その俗語の過剰なルビも抑制されてゐる部分とそれが多発する部分もあつて、それもとても面白い。具合が悪いところでこんな小説をベッドに寝て読んでゐてヤモリのミイラは寝室で見つけるし月は中秋の満月だし、もう何だか自分自身がマジックリアリズムのなかにゐるやう。


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中秋の満月は早晩に東の空から上がり始め月の出のあとの幻想的な赤い月は陋宅からは残念ながら大きな樹木林の影であまりよくみえず樹木林を出たあとの月はもう白月だつた。居間からバルコニー越しに黒スヌとクマも中秋の月を愛でてゐたが黒スヌは夜の写真映りはよろしくない。

台中から今は香港の娘のところに来てゐるQ姐とLINEのビデオ通話で話し中秋を祝ふ。甘耀明を読んでゐると伝へると「台灣小說家也是台灣客家文學作家」だとQ姐。確かに。客家文学といふ視点はとても面白いはず。中秋なんて香港にゐた頃は陋宅の集合住宅から酒を携へ裏山を登れば見事な月を拝み赤柱(スタンレー)の龍脊なら海の水平線から月が顔を出してきたものだつた。あの光景が懐かしい。

今年8ヶ月間の香港の犯罪率は前年比34.6%アップ(暴力事件は14%、詐欺事件は52.2%アップ)なのださう。