富柏村日剩

香港で2000年02月24日から毎日綴り始めた日記ブログ 現在は身在日本

中村京蔵〈フェードル〉国立劇場

癸卯年七月初五。気温摂氏25.4/33.3度。晴。

一昨晩の武田砂鉄のラヂオ(プレ金ナイト)でスタジオジブリの雑誌『熱風』のことが語られてゐた。ジブリの映画〈君たちはどう生きるか - スタジオジブリ〉について砂鉄さんが敢へて「この映画を見ずにこの映画について語る」といふのを暫く前にラヂオでやつてみせた。その時の唯一のテキストとなつたのが『熱風』(7月号?)の編集後記にこの映画のことが書かれてゐたところ。砂鉄さんは「君たち」と君に「たち」と複数になつたことで上からの目線も気になるが(吉野作造の意図だけではなく)昭和12年といふ時代を考へると、それから戦争、戦後の時代に、その「君たち」がじつは自主性もなく集団意識でどんな時代を生きてゐたのか。この映画はむしろ、そんな時代の「君たち」といふ意識こそ問題であつて「まわりが何う考へてゐるか、よりも自分は何う考へるか」の大切さにジブリなら持つてゆくのではないか、みたいなことを砂鉄さんは話してゐた(と思ふ)が『熱風』の最新号で編集後記が砂鉄さんのラヂオでのこの「映画評」について更にそのレスポンスを書いてゐて……といふのが一昨晩のラヂオでの話だつた。

この『熱風』はジブリの小冊子で全国の主な書店で入手できるさう。読んでみたいと思つて今朝(……なんてここまでの前置きが長いことか)丸善の丸の内本店に寄つてみた。G階で尋ねると「あ、3階ですね」と即答で『熱風』は評判でジブリの無料誌なんて置かれたらすぐに在庫ナシだらう。3階の児童書コーナーにあるチラシ等の棚には

スタジオジオジブリ『熱風』最新号は在庫がありません

とポップが置かれてゐた。毎号すぐに持ち去られる。その代はり、といつてはなんだけれど3階のキャッシャーのところに『學鐙』があつた(頒価250円)。

丸善のこの小冊子をしばらく目にしたことが明治30年内田魯庵を編集長に発行された日本で最初の書籍PR誌も歴史の変遷を経てきたが(こちら)それも母体の「丸善」自身が経営危機からジュンク堂との合併、大日本印刷傘下へと企業再編のなか『學鐙』は直近までは丸善出版株式会社が発行してゐたものを今回やはり旧丸善の系統にある丸善雄松堂がこの『學鐙』発行をしてゆくべきといふ決定となり、この号(夏号)からが再出発なのださう。出版社のPR誌好きのアタシとしては『學燈』も定期購読の一冊に入れようかしら。スタジオジブリの『熱風』も、なのだけれど。

丸の内の地下街のコンビニ。タクシーの運転手が小銭がほしいからなのだらう、飲料とか細々した買ひ物を3回続けられたやうで店員がもう一人の店員に「もう小銭がすごくなくなつてしまつた」と。日曜日の朝だから余計に困るだらう。(ところで昨日のことなのだが)コンビニで現金は客がキャッシャーのレヂに直接、入金する仕組み。アタシの前の客は836円からの支払ひで千円札を入れたあと小銭も入れやうとしたのだけど小銭を財布でちま/\と数へるのが面倒なのだらう、小銭入れにあつた小銭を全部まとめてレヂに投入。結果、入金額は元々の1千円に小銭を加へ2,468円だかになつて結果1,632円のおつりを引き出した。つまり千円札を入れる必要はなかつたのだけど1,468円分もあつた小銭が632円に減つて、しかも500円玉、100円玉と32円の計7枚になつたのだから、こんなぞんざいなる態も合理的であるし店側にとつても不足する小銭を大量に供給されるわけで実に理に叶つてゐるのかもしれない。

半蔵門の駅を出て国立劇場に歩くまでで炎天下で大汗(東京の最高気温は35.5度)。中村京蔵丈の国立劇場恒例だつた自主公演。この夏(現国立劇場では最後になる)はジャン=ラシーヌ作〈フェードル〉。今日は家人と、京蔵自主公演を何度も見てきた母の三人で観劇予定したところ母は連日の猛暑に半蔵門まで行く勇気がないわ、と今回は断念。急きょ建築家のKさん誘ひ快諾を得た(Kさんとは来月の九月場所もご一緒する予定)。

パンフレットにある京蔵さんの文章から。ラシーヌの『フェードル』の翻案では三島由紀夫の『芙蓉露大内実記』があり昭和30年に歌舞伎座で一回きりの上演。芙蓉の前(フェードル)に歌右衛門Ⅵで大内晴持(イポリッド)に延二郎(延若Ⅲ)、局唐藤(フェードルの乳母エノール)に芝鶴Ⅱとは!……だが三島の自己愛の色濃い大内実記はイポリットの恋の相手アリシー姫も出さず「女を愛さない潔癖無垢なる若武者」としてのイポリットはまさに三島の自己愛そのもので「歌舞伎の型に囚われすぎ」「竹本もけして良くなく」それ一回きりの上演だつたさう。今回も舞台も衣装も歌舞伎仕立て。だが岩切正一郎の現代の日本語訳。京蔵さんのフェードル。テゼ王の後妻で先妻の子、つまり義理の息子のイポリットに恋をする。フェードルのその父は最高神ジュピターの子ミノス、太陽神ヘリオスの娘パジファエが母。だが母は牛と交はりミノタウロスを産んだ淫蕩なる女でフェードルもその血を引くから恋狂ひは激しく乳母エノールの差配もあり尚更。それを京蔵さんが「これでもか」と色濃く熱演。養成所の頃から親しんだ国立劇場で、自主公演も数多く、その舞台に京屋の想ひを染めさせるかのやう。演出は蜷川先生の流れで大河内直子。蜷川といへばマクベス、京蔵さんも魔女役で出演。もしこの〈フェードル〉でテゼ王が平幹二朗だつたら。当時の役者ならフェードルに太地貴和子、もう少し前ならエノールに杉村先生とか、と久ヶ原T君の想定配役はさぞ面白いでせう。

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建築家Kさんらしく十月で解体される国立劇場を見られてゐる。劇場横の地面の汚水溝のマンホールの蓋も「国立劇場」だつた。これをレリーフにして新築なつた国立劇場のロビーに飾れとは、さすがに汚水蓋なのでさうはいはないが復た汚水蓋として使ふのも良いアイデアかもしれない。Kさんは夕方から横浜で知人のパーティに出られるさうで三人で永田町駅チカのカフェでビール飲みながら芝居、建築のお話。家人と銀座へ。銀座サンボアでハイボール独酌。今日はブラックニッカにしてみたがサンボアはやはりサントリー角が美味しいかしら。銀座ヤマハで家人と待合せ久々に資生堂パーラーで早めの夕食。


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食前酒はドライシェリー。ワインはグラスでCh. GuiraudのSauvBlでして。白身魚の昆布〆(カルパッチョ風)とコールドコンソメとアスパラのクリームスープを二人でお皿交換で。次のグラスはブルゴーニュのSaint-Véranのシャルドネ。舌平目のムニエル(ワゼットソース仕立て)と小海老とバターライスのホワイトソースグラタンを二人でシェア。エスプレッソ。ムニエルもグラタンも丁寧に分けてくれて年寄りにはこれがありがたい。