富柏村日剩

香港で2000年02月24日から毎日綴り始めた日記ブログ 現在は身在日本

源川真希『東京史』(ちくま新書)

癸卯年七月初三。気温摂氏25.6/33.5度。晴。行きつけの珈琲店(MARUNI COFFEE)でいつもの豆(ハニーブレンド)買ひ求めたら「すみません、今日から値上げです」といはれ800円が840円に。但し、これは驚くなかれ100gではなくて200g。自家焙煎の専門店だから、お客でも初めてだと当然これを100g単価と思ふ人が少なくないらしい。日本堤(山谷)の名店(コーヒー豆 | カフェバッハ)で見ればブレンドが840円/100gなのだ。それでもよく売れる。東京で私が価格設定で良心的と思ふのは新宿のこちら(ヤマモトコーヒー店)で、それでも定番(リッチブレンド)で500円/100gである。だから行きつけのMARUNIはよい珈琲豆を提供してくれて、この価格なので5%の値上げなんて全く問題ないと思ふ。これよりも廉価で馳名はやはり京都は大徳寺前のスーパーコーヒーくらゐなものかしら、とMARUNIでお店の方と話す。

先日も郵便振替で苦労したが(富柏村日剩20230704)またお能のテケツ送付ありお代の支払ひが郵便振替。前回より少し利口になつて「ゆうちょアプリ」でも振込みできること認識。アプリで「払込書払い」選び、これが実は「振込書を持っていない」でも「振込書払い」を選ぶところが「ゆうちょの悲劇」なのだが、今回は振込書がテケツに同封されてゐて「振込書を持っている」選択したらスマホのカメラで振込書をスキャンして実に簡単に振込完了。月6回まで?は手数料も無料。慣れれば便利。これはJRでも宅配や海外へのEMSでもアプリ系に総じてのこと。

東京史 ──七つのテーマで巨大都市を読み解く (ちくま新書)

源川真希『東京史』(ちくま新書)読む。「東京史」といふかなり大きなテーマを一人の学者が新書に内容を納めるのは並大抵のことではない。副題には「七つのテーマで巨大都市を読み解く」とあり。「破壊と復興」「帝都・首都圏とインフラの拡大」「近代都市の民衆」「自治と政治」「工業化と脱工業化」「繁華街・娯楽」と「高いところ低いところ」といふ全史の分類としては興味深い。だが、この本はどこか「楽しくない」のだ。歴史や昔のことを語るときの(惨事などあつても)どこか「歴史の面白さ」のやうなものに欠ける。それが何か気になつたまゝ読み進めると「楽しくない」答へは最終章の「高いところ低いところ」にあつた。地形の高低差の著しい東京なので当然それは「下町と山の手」から始まる。筑摩書房にはエドワード=サイデンステッカー『東京 下町山の手 1867-1923』といふ名著もある。この『東京史』では「東京の高低」は高層ビルが建て始められてからの生活空間の高度化に着目する。オフィスビルでは丸ビルから霞が関ビル、新宿副都心へ。マンションもタワーマンションの建造ラッシュまで。

四全総のように全国に投資をばらまくのではなく、東京のように儲かる都市に集中して、東京が儲けて地方に投資するのが経済的である。また複合施設には次のような発想がある。すなわち地球規模で活躍するエリートがヘッドオフィスに集中すると移動が頻繁になる。だから同じ施設にホテルや住宅を設ける。家族も住むから音楽や文化施設ばかりではなく、ショッピングなどの要求に応えなければならない。そうすれば「相当グレードの高い人」が来てくれるのだ。(森泰吉郎アークヒルズを超えて」エコノミスト誌1987年9月15日号)

本当に不愉快な森ビル代表の発想だが虎ノ門ヒルズ、そして麻布台ヒルズと今日までかうした「勝ち組のための空間」は東京に次々と生まれてゆく。

どのような街にしたいか、ということから中心区の都市再開発が進められるというより、経済政策の従属変数として街の大規模な改造が、場当たり的に行われている(略)。

この森ビルのナントカヒルズに象徴される空間を著者は「高いところ」とする。東京駅といへば丸ビルで当時の高層建築は高さ31mと規定されてゐたが今、常盤橋で計画の進む超高層ビルの高さは390mで丸ビルの12倍以上の高さ。

今後はその高さが、経済的・社会的な格差と大きく連動していく。

著者は吉野源三郎君たちはどう生きるか』の主人公コペル君の話をする。昭和12年にコペル君が眺める東京の市街は銀座のデパートの屋上から。数え切れない屋根の下に何十万という人間が住み日々の生活をしてゐる。コペル君と同年代の小僧が自転車に乗って自動車にはねられさういになりながら都心で配達をしてゐる。丸ビルと同じ31m規制の高さからだから見えた市井の生活も今のはるかに高層の場所から見下ろしたらいつたい何が見えるのかしら、と。

東京一極集中が再び進展するなかで、東京以外の地域の人口減や産業の衰退と、東京との格差の拡大が進んでいくこととなった。また東京においても地域間・住民階層間の格差の拡大が問題化し、そして産業構造転換と合理化のなかでの雇用のあり方の変化などが顕著となり、社会にさまざまな歪みをもたらしているのが現状であろう。まさに「階級都市」と呼ぶことのできる社会の実態がある。
そして都市の景観の変化と、都市社会の変貌を関連付けてみると、「高いところ」とは脱工業化のシンボルであり、またもしかしたら同時に格差拡大、資本の都市行政に対する優位をも、象徴するものにもなり得るのではないかと思う。

この著作は「東京史」と題しながら通史に関心があるのではない。

脱工業化の始点から現在に至る経済・社会構造や都市政策を考察の対象にすること。(略)工業化が減速し始め、それに代わって情報・知識や都市の一部の空間それじたいが資本蓄積の手段となる過程を取り上げること(略)。そこで都市行政は、これらの資本蓄積をいかに後押しするのか、また変容する都市社会にどのように対応するのだろうか。

これがこの東京を語る本の関心の柱にあつた。3年前になるがNHKテレビで東京の世界都市化への変貌に期待込めたNHKスペシャル〈東京リボーンなんておめでたい番組もあつたが、この『東京史』はさうした東京の変貌に対する懐疑そのものだつた。