富柏村日剩

香港で2000年02月24日から毎日綴り始めた日記ブログ 現在は身在日本

里見弴『極楽とんぼ』

癸卯年五月四日。気温摂氏16.6/25.2度。晴。

極楽とんぼ 他一篇 (岩波文庫 緑 60-6)

里見弴『極楽とんぼ』を読む(福武書店)。いま出てゐるのはこちら→極楽とんぼ 他一篇(岩波文庫)里見弴は今まで一度も読んだことなし。ついありがちで以前は里見弴を里見淳だと思つてゐたほど。有島武郎、生馬の弟といふことも知なかつた。永井荷風と同じ明治御一新での新興上流階級となつた家の出だが、荷風がその看板を否定したのに対して里見はそれを受け入れ、その恵まれた環境にあるからこその享楽的な世界観を描く。荷風はそんな白樺派なんて一笑したが結局はいずれも恵まれた環境にあつたことは事実で、毒にも薬にもならない(それはけして悪い意味ではない)小説を書いた点では同じなのかもしれない。あたし自身、生粋の怠け者で怠惰な人生を送つてきてしまつてゐるので、この『極楽とんぼ』の主人公の一生を読んでゐると「これほどひどくはない」と思ひつゝどこか恥ずかしい気がしないでもない。それにしても里見弴の文章が上手い。文字を読んでゐると多少読みづらいし物語の展開の突飛さに読み返しも要るが声に出して読んでみると何ともテンポのよい名文。こんな文章をかけるだけでも里見弴がいかに余裕のある日々を送つてきたからの証左。それを楽しめるだけでも読む意義……はないかも知れないが、こんな文章家がゐたことを知るだけでも勉強になる。ところで何故に突然、里見弴を読んだのか思ひ出せずに読んでゐたが今になつて、それが小津安二郎からの流れだと気づいた。横浜での小津回顧展(神奈川近代文学館)に里見弴と小津の交はりが出てゐて、そこで読んでみようと思つたのだ。家人はやはり里見弴の『彼岸花』と『秋日和』を読んでゐた。