富柏村日剩

香港で2000年02月24日から毎日綴り始めた日記ブログ 現在は身在日本

是枝監督の映画〈怪物〉

未明に目覚め畏友村上湛君呟板で大鼓の名手・亀井忠雄先生急逝と知る。昨日の観世能楽堂で文蔵師〈頼政〉は忠雄先生休演で子息の広忠さんが代演となつてゐたが、まさか前日にお亡くなりになつてゐたとは。この3年やつと能を見るやうになつたアタシにとつても忠雄先生は特別な存在。この方の打つ大鼓が能の舞台でどれだけ大切なものか、見事なものか、他の打ち手とは全く次元の違ふ音というか空間を生じさせるもので、鼓の音一つがなぜこれほど崇高な世界になるのかいつも驚きをもつて見させて、聞かせていたゞいた。私にとつては観世流でご宗家か大槻先生のシテでツレに森常好さん(現・宝生常三)がゐて囃子方に亀井先生、小鼓が大倉源次郎師、松田先生の笛に太鼓は林雄一郎さんといふのが一番、緊張感をもつて落ち着くところ。亀井先生の鼓をいつたい何度聞かせていたゞいたことか。日記を紐解くと2年近く前の2021年7月に東京五輪記念能があり国立能楽堂でご宗家〈屋島〉に亀井先生、源次郎師と笛は杉信太朗さんが亀井先生の鼓を聞いた最初で、それを含め16回。今年の四月だけで観世春の別会、銕仙会と下掛宝生流の会の三度、亀井先生の鼓を拝聴できたことは今となつては本当にありがたいことだつた。昨年十月末の團十郎襲名披露式に亀井先生奥様(佐太郎師)と歌舞伎座に来場されロビーで普段の気さくなところも伺ふ機会があつた。どなたかと或る話(こゝに綴るは避けるが)をされてゐて、すぐ近くに佇んでゐたアタシも忠雄先生の可笑しいコメントが耳に入つてゐたのだが、そのときに忠雄先生と偶然に視線があつたところアタシに「ねぇ」と同意求められた。哀悼。

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癸卯年四月十八日。気温16.2/29.7度。快晴。何だか「亀井ショック」でぼんやり。もうあんな大鼓の音は耳に届かないのだらうと思ふ喪失感。もう春から「片付けよう」と思ひつゝそのまゝになつてゐたアラヂンの石油ストーブから灯油を抜き、きれいにメンテナンス施してしまふ。灯油は5ℓほど残つてしまつたが近所のガソリンスタンドで処分してもらふ。アラヂンのストーブは家人のピアノの横に冬眠ならぬ夏眠をしてもらふことにする。


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是枝監督の映画〈怪物〉は直近のカンヌ映画祭脚本賞受賞で話題に。この脚本家の坂元さんといふ方話題となるが誰だかわからずにゐて先週金曜の武田砂鉄さんのラヂオ(TBS)で是枝監督がゲスト出演あり、この坂元さんといふ脚本家のことを随分と語つてゐて、かつてはトレンディドラマ(テレビ見てゐないから知らなかつたが)で名を馳せ、その後も脚本家として随分と評価高い方であることを知る。先週末から上映で水府でも水戸駅前の映画館にこれが掛かり月曜日の午前中で遉がに観客も10人にも満たない上映を拝見する。

映画<怪物>公式サイト

是枝監督はさすがに相変はらず少年の描き方が「いやらしい」。少年を舐めるやうに映し出す手法、その「まなざし」は「令和のジャニーさん」的(悪い意味ではない)で、少年に対する少女の役割は、これまでの一連の作品同様に「刺身のツマ」的に、無表情で助演役でしかない。少年たちがこれだけ美しい存在である、といふ前提でのいやらしい大人の視線。それは映画なら〈ベニスに死す〉でも文学ならヘミングウェイでもジッドでも、乱歩や康成でもいくらでも見受けられることなのだが。だから社会はジャニー的なものを糾弾できないでゐる。

(以下、けして直接の「ネタバレ」はない)この物語の脚本も「Aといふ状況におけるBといふ偶然の一致」でBに実はCが絡むといふ、さういふ「偶然の一致」が12回くらゐ(実際に数へたワケぢゃないが)それくらゐあつて、つまり2の12乗だけど、それは「十二平均律における半音の周波数比」で、この映画音楽が遺作になつた坂本龍一とそれは何も連鎖しないかもしれないが、何れにせよ(2の12乗は4096通りもあるが)小学校での子ども同士のいぢめの現場に担任が来て担任が教室に行けば子どものケンカ現場で、子どもの一人がキレて暴れて、親は片親はシングルマザーで、もう片親は女房に逃げられたアル中で、子ども同士のケンカを止めようとした教師の腕が子どもの鼻に当たり子どもが鼻血出して、猫が死んでゐて、台風が来て、土砂崩れがあつて……と、かういふ「偶然の乗数」で話が展開するのは幾らでも出来るわけで、だから(アガサ=クリスティ『オリエンタル急行殺人事件』みたいな)ミステリーとか面白いと思はないが、さういふ展開のあまりに演出が過剰だと思へて、映画の途中から一寸食傷気味であつたのは否定できない。

映画を見終はつて駅ビルで遅めの昼食。地元のK酒造営む地元の豚肉をフューチャーしたカツ料理や。トンカツといふには余りに「進化」で本来のトンカツの旨さがない。普段にトンカツを食べたいなら同じ駅ビルのとんかつ〈和幸〉のほうが基本、本格的に思へた。