富柏村日剩

香港で2000年02月24日から毎日綴り始めた日記ブログ 現在は身在日本

二世中村吉右衛門

昨日は夜中から朝方にひどい豪雨と暴風。水府の降水量は58.5mmを記録。ちょうど通勤通学時間に重なりびしょ濡れの歩行者。香港であれば間違ひなく赤雲で少なくとも学生は通学不要となるし豪雨が続けば黒雲で出勤せず自宅待機。それが日本では雨でも出勤の大事。午前8時にはそれまでの雨が嘘のやうに晴れ間広がつて夜は水戸芸術館で大好きな柳家三三師匠の独演会で楽しみにしてゐたところ播磨屋逝去の報。一気に力が抜けてしまつた。

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二世中村吉右衛門の舞台をたくさん拝見してきて最後の実の舞台は昨年九月に歌舞伎座で〈引窓〉となつた。昨夏ご本人(松貫四の名)で書下ろしで能舞台(観世能楽堂)で舞つた映像作品〈須磨浦〉はネット配信だつたが、これが今年3月にNHKの〈にっぽんの芸能〉で放映され畏友・村上湛君の解説。これも本当に素晴らしい番組となつた。播磨屋が昨年春からの疫禍で、この〈須磨浦〉を披露したことの意義。

にっぽんの芸能「中村吉右衛門 渾身のひとり舞台“須磨浦”」NHKf:id:fookpaktsuen:20211202213804j:plain先月20日に映画で〈熊谷陣屋〉の直実を見た。今年3月に倒れ病状も伝はらず、もう舞台復帰は難しいだらうと覚悟してゐたが先月28日に逝去されてゐたとは。中村哲郎さんが

日本(ひのもと)の紅葉(もみぢ)と散りし吉右衛門

と詠まれた。昨晩がお通夜でお通夜に参られた方の話を伝へ聞く。本日、初冬の晴天のなか上野寛永寺で密葬の由。直近の病ひで術後は体力も随分と落ちてゐることは聞いてゐたし舞台でもおつらいと見受けられたが今年のうちに、こんなことにならうとは。せめて舞台に立てない迄も、これまで蒐集した昔の劇本の整理や芸談を残すなどしてゆつくりと日々を送られるやうに思つてゐた。昨年11月の〈俊寛〉は見ておくべきだつた。
(国立劇場11月歌舞伎)村上湛「吉右衛門の魂あらわな至芸」朝日新聞
「孤高の芸境にある吉右衛門が近代歌舞伎の極北を示す。屹立した秀演である」とこの劇評の緒。村上湛の評論は書き出しでもうズバリと言ひ切る覚悟がいつも読者をも気持ちを凛とさせる。

体力の衰えが顕著で型と手順は少なく、腹に響く低音の美声も使わず枯れた口跡で通す。だが、登場から幕切れまで気のゆるみは微塵もない。簡潔に補綴された「清盛館」(吉右衛門の清盛)が序幕に付いて物語が重層化され、孤島で生の行方を見失いかけた俊寛が愛妻・東屋の最期を知った刹那、死への道を選び取る心の軌跡がよく示された。最後、巌頭に端座した吉右衛門は、長時間不動を保って舞台上の時空を取り込んでしまう能の名人のようであった。

この〈俊寛〉は豊竹山城少掾と初代吉右衛門により再発見されたもので「古典の近代」を象徴する作品といふ。厳格な様式と、人間存在を透視する醒めた視線。

説明的演技をかなぐり捨て、魂もあらわな吉右衛門の至芸は、われわれに「古典歌舞伎とは何か」について深く思いを致させる。

お世辞ではない。真心。かうまでいはれては吉右衛門丈もよくぞ自分の芝居を見てくれた、これまで芝居をしてきて本当に良かつたと思はれたことでせう。アタシは上述の〈引窓〉の前は香港から帰国した時に2016年だつたが湛君に播磨屋の〈石切〉は一幕見でも良いから見ておくべきと勧められ、それを見ておいたことも今となつては本当にすばらしい機会だつた。この日剩を見返してみても我ながら(初代も含め)播磨屋に関しての言及が少なくない。吉右衛門 の検索結果 - 富柏村日剩
40代ですでに目のこえた芝居通を唸らせるだけの力量で大成駒の相手役でもまったく見劣りなどなかつた。当時の中堅の中では格別の存在。香港の返還前だつたが橘屋の仕切る香港公演に播磨屋も同行され香港文化中心で〈鳴神〉。この時は香港で大向もゐないことをよいことにアタシが「播磨屋っ!」と声をかける機会あつたことも懐かしい。「もういつたい何を歌舞伎で見れば良いのかしら」と母に言つたら母は梨園に藤間正子さんの息がかかつてゐた時代が最高だつた、と。御意。もう「正子さん」といつても通じる人も少なくなるが初代吉右衛門の娘で七代目幸四郎の妻。アタシも子どもの頃から歌舞伎を見て育つてきたが今の役者も頑張つてはゐるがアタシも歌舞伎を見ることも随分と少なくなつてしまつた。

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香港での検疫アプリ「安全出行」のヴァージョンアップで深圳通関は勘弁ながら追跡機能強化され内地システムと連動する港康碼も導入開始と動きだけは本当に早い。マイナンバー制度すら遅々と徹底もせぬ日本からするとこゝまでの迅速性に驚くばかり。それにしても古呂奈によつて本当にかうした行動管理が見事にできるやうになつたわけで、もはや街頭の監視カメラすら旧技術に思へてしまふ。