富柏村日剩

香港で2000年02月24日から毎日綴り始めた日記ブログ 現在は身在日本

㐂久水

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この日剰で昨日は水府で水戸屋(泉町2)閉店を綴つたがこちらも永らく休業の続いてゐた㐂久水(大工町1)も正式に閉店。お店の前の貼り紙には「お客様各位」に「永きに渡り御支援いただき有難うございました。閉店いたしました。心より御礼申し上げます。有難うございました。大工町 㐂久水」とさっぱりと書かれてはゐるが、このレストランの開業は大正時代。母は戦前に幼いころ水戸の大叔父のところに来るやうになり、その妻(大叔母)にこの㐂久水に連れられて来たころから内装もあまり変はつてゐないといふ。当時は「女が外で食事だなんてハシタナイ」と男が威張つた時代で大叔母は母を連れ「下市の縁戚宅に出かけてくる」といふ口実で㐂久水に来たのださう(方向が逆だ)。アタシも幼い頃から祖母につれられて来た㐂久水でオムライスやミートボール定食など本当に大好物だつた。当時は先代が調理場で料理をつくり店の帳場で先代の女将さんがニコニコと優しい笑顔で客を眺めてゐた。㐂久水のランチは絶品で食べログなどにもとても良く書かれてゐるがハンバーグにカツレツ、それにバラ肉入りの絶品のデミグラソースとポテトサラダで、まことに肉々しいが一つ一つしつかりとした仕込みからの手作りでまことに美味なるものだつた。料理の値段も千円台がいくつもあり、けして近所の気軽な食堂ではなく美味しいものをきちんと食べさせる食肆だつた。水戸の最高級の西洋料理屋だつた西洋堂も先月に閉まつてしまひ、かつての水戸の食文化も本当に寂しくなつてしまつた。

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この㐂久水の店舗はそのまゝ博物館での展示でも残したいほど。簡潔な設へも見事だが何十年に渡つてどれだけ丁寧に扱つてきたかの証左。

新民説 (東洋文庫)

梁啓超新民説』(東洋文庫)を読んだのは中共結党百年で陳独秀にスポット当てられ陳独秀を読んだのがきっかけで胡適も読み直し、そのなかで梁啓超が出てくるのだが啓超先生は読んだことがなかつたので『新民説』は中国近代の古典であるからやはり東洋文庫に収録されてゐたかと思つたら2014年と比較的最近で訳者は京都大学の高嶋航先生*1東洋文庫で自分よりお若い方だとは。東洋文庫といふのは「年上」だつたのだが。梁啓超は清末からの中国代表する著述家で日本でいへば福沢諭吉胡適から毛沢東まで啓超先生の知的影響受けておらぬ学徒はおらず。「自治がなければ民権も自由平等も立憲もない」とある第10節(自治を論ず)が主論だが第11節「進歩を論ず(または、中国で郡治の発展しない原因を論ず)」が面白かつた。羅針盤が中国で発明され西欧にそれが伝はり西欧でも羅針盤は改良され大航海に大いに貢献するのだが、清末に中国訪れた西欧人が中国の羅針盤はさぞや進歩してゐるのだらうと思つたら発明された11世紀頃のものから大きな変化もなかつたといふ逸話。三千年前、欧州が草木に覆はれ野獣出没してゐたころに中国は声明文物*2はすでに欧州の中世に等しいもの。それが三千年前と大して何も進歩せず。この不順応の社会。マルクスのいふ「アジア的停滞」そのものだが啓超先生は日本が開国から発展を遂げ文明化を成し遂げたのに何故に中国は……と嘆く。「革命主義が一歩進めば立憲主義も必ず一歩進む」と社会変革に起爆的な革命を期すのだが光緒帝の登場で梁啓超はこの上からの社会変革に関はり(戊戌の変法)辛亥革命、そして共産主義革命へと進むなか啓超先生は中国の伝統に根ざした社会変革へと思想を転じていつたといふ。啓超先生が今の経済発展を成し遂げ世界の大国となつた中国を見たら何を思ふだらうかしら。

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この本は水戸市立図書館からの借出し。本を開いたときの質感、そして頁紐が本のちょうど中間あたりにきれいに丸めて畳んであると、この本を借り受けたのは自分がきつと初めてだらうとわかる。7年も書庫で眠つてゐた本を最初に読んだのが自分であることは嬉しくもあり書籍が所蔵されたまゝ読まれずにゐることも悲しいと思ふ。それにしても一度読むだけの本を購入する余裕もないし図書館の存在は本当にありがたい。

*1:高嶋航先生は『帝国日本とスポーツ』の著者

*2:桓公2年『春秋氏伝』にある概念で「文明」に等しい。