富柏村日剩

香港で2000年02月24日から毎日綴り始めた日記ブログ 現在は身在日本

久世朋子『テコちゃんの時間-久世光彦との日々』

農暦八月十三日。台風一過で水府もよく晴れる。真夏のやうだが湿度が低く風は少し肌寒いくらゐ。水府は市街地の中心部にこんな美しい湖があつて光圀公がこれを杭州の西湖に見立てたのもよくわかる。

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本当だつたら今日は今ごろ東海道新幹線米原経由で彦根に向かつてゐたところ。彦根城博物館能舞台で大槻文蔵氏の〈隅田川〉が滋賀県の緊急事態宣言で中止。こんな青空なら新幹線の車窓から富士山はきつと美しかつただらう。

紫外線を気にしながら自転車の定期点検に出かける。今年の3月に自家用車を有してしまつてから自転車で遠出することもなくなり自転車も歩けるやうな距離の早足に使ふ程度で運動不足も甚しい。坂のほんの少しの上りで息が上がり台風の余波の向ひ風でペダルが重いとは。去年の4月に帰国後の軟禁明けで住民票を復活させて最初の行動は自転車の購入で郊外のバイパス沿ひの自転車店に行く途中、とても人気があるやうで行列のパン屋あり。当時はフツーのパン屋に見えたが今日通ると、そこがこんな▶︎外観に。奇抜な店名と外観で、それが売りの高級食パンチェーンだつた(こちら)。もう行列だの整理券といふやうなことはないやう。この店舗の周囲は住宅地でもし自分の家の前にこんな塗装の店舗があつたら、と思ふとぞっとする。自転車屋で点検に自転車預け二時間程かゝるといふので予定通りで近くのスーパー銭湯へ。自転車は雨の日は乗らず雨風の当たらないところにいつも置いてゐるので傷みもなく点検も全く問題なし。

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香港で今日、選挙人選挙実施。民主派排除で完ぺきな御用選挙、提灯選挙なのだから何も心配ないところ昨日、国務院副総理の韩正が深圳まで来て林郑市長を呼び出して今回の選挙人選挙の改正をもとに立法会選挙、行政長官選挙まで正確に実施して香港社会の安定実現を、と訓示垂れる。何も問題もないのに何故そこまで?と驚くが中央政府の香港改革のマヂぶりを執拗に誇示したいのだらうし、かういふのを「ドヤ顔で」といふのだらう。昨日の朝日新聞に養老先生が「システムから見た五輪」といふ見事な分析を披露してゐた。中共もこゝに書かれてゐるやうな巨大システムだらう。システムがあまりに巨大になつて内部にゐる者も理解も制御もできず国民は党政府の動きなど自分には関係ないと思ふか、その巨大な組織の中で不明な誰かの意のまゝに動かされる。もはやリセットなどできないわけで強引にこのシステムを更に強固なものにしてゆくしかない。それが习近平体制なのだらう。f:id:fookpaktsuen:20210919093325j:image

 

テコちゃんの時間-久世光彦との日々

久世朋子『テコちゃんの時間-久世光彦との日々

なぜこの本を読んだのか、巡りあつたのか思ひだしたら毎日新聞で「亜星さんの銀座を歩く」といふ記事を読んだからだつた。この記事も素晴らしいものだつたが、そこに久世朋子さんが営んでゐた銀座のバーが出てきて、あのTBSドラマ『ムー一族』に出ていた野口ともこがこんな理知的で美しいマダムになつてゐたとは!と驚いて彼女の久世光彦との日々を綴つた文章も素晴らしいと知って、これを読んだのだつた。久世のドラマは『時間ですよ』『寺内貫太郎一家』と好きでずつと見てゐたが『ムー一族』はもう何だかワケがわからなくて樹木希林による「久世のドラマに出演する女優との不倫、妊娠」といふ暴露を日刊スポーツで読んだ時も「人気絶頂のテレビドラマ演出家がなぜ、こんな可愛らしさもない若い女優の端くれ」に手を出したのか、と思つた。ドラマで近所の近江屋の平さん(由利徹)の娘役で出ていた彼女は本当に端役でまともなセリフもなければ演技といふやうなものも全く板についてゐなかつた。それがこれを読んで久世が当時一八、九の小娘になぜ惚れたのか、この女性ぢゃなければ受け入れられなかつた久世光彦といふ人の存在と人柄がよくわかつた。

少年のころに読んだドーデーの『風車小屋だより』とラディゲの『肉体の悪魔』をポケットに忍ばせて、その交互にやって来る二つの気持ちを抱いて青い空を見上げる久世は、まぎれもなく少年である。小沼丹の『村のエトランジェ』のなかの「センベイ」という、村の悪ガキに数歩遅れて裸足で坂道を駆け上がり、河原を走る「疎開者」に自分を映し、その気持ちのまま裸足に白いスニーカーで走るように歩く久世である。
「足ながおじさん」ではない。……暮れかかった河原で、遠くを見ながらぼんやりと座っている少女がいる。それを見つけた裸足の少年は「さあ、もう家に帰ろう」と、少女の手を引っ張ってくれたのだった。
いつしか少年と少女は、一緒に暮らすようになっていた。そしてそれが因で、少女の扉を開けてくれた少年の「扉」が閉ざされる出来事が起きた。

この二人はなんてこの二人でしか成立しない二人だけの時間を過ごしてゐたのだらう。これを読んで樹木希林がなぜ人気ドラマの制作打上げパーティの場で二人の仲を暴露したのか、がやつとわかつた気がした。
久世はとんでもない愛煙家で、それが寿命をかなり縮めただらう。ショートピースの強烈な印象。それでも息子からの誕生日プレゼントは「高いからと自分では買わない缶ピースだった」とある。ショートピースでも箱入りより缶入りのほうが香りも格段に上なのだが、こんな一面があつたとは。