富柏村香港日剩

香港で2000年02月24日から毎日綴る日剩でござゐます

国鉄の名随筆家・藤島茂


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大公報は香港でのワクチン接種の遅れで全市民接種官僚は再来年待たねばならぬのか?と嘆いてみせるが香港ではワクチン接種での死亡例に(因果関係は明確ではないが)それを恐れて接種断念の市民も少なからず。蘋果日報は反送中活動家のうち3名の保釈に希望を!と。

トイレット部長 (1960年)

昭和36年文藝春秋刊のベストセラー藤島茂『トイレット部長』 を読んだのは先日、湯澤規子『ウンコはどこから来て、どこへ行くのか』(ちくま新書)で昭和の国鉄代表する物書き上手の文章が引用されてゐたから。これが県立図書館にあつたので借り受けて読了。藤島茂は東大工学部出の国鉄職員で駅舎建築の専門家だが駅舎に便所はつきもので水洗になる前、駅舎で日に何千人が使ふ便所の構造工夫など職務として携はる。その連日の仕事多忙のなか、ふと文章を書きたいと欲して幾晩か書斎に籠り文章認ため国鉄本社で広報関係の上司に見せたが相手にもされず、それを文春に拾はれ活字になると期待以上に人口に膾炙したもの。

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著者検印代はりの「藤」といふ手書きだけでも味はひあり

国鉄の便所の臭い話を書きながら、さらりと『ユリシーズ』の主人公ブルーム君の尿意に関する話が用ゐられクロフツやガードナーが出てくる。大正6年生まれで戦前の見事な教養主義。とにかく文章が上手い。阿川弘之北杜夫もさうだが、どんなネタでもさらりと一本書ける教養。

  • 国鉄では乗降者数で男女別の集計がないのは運賃も一緒で男女分ける必要ないから。それでも実測してみると御徒町は乗降客の36%が女性と他の駅より女性比率高いのは御徒町は駅前に松坂屋や吉池など百貨店が多いから!で便所の個室1あたり日に375回の利用もあるさうだが女は男に比べ「便所を使うにも旗幟鮮明でないので」大小の別伺ふも難しいところ便所個室の鍵に電流でセンサーつければ施錠の時間測れるゆゑ時間の長短で大小便を分けてみると結果、小便のラッシュが男女の区別なく夕方なのだといふ。
  • 「ノゾキ」は便所の壁に穴を穿つがタガネ用ゐてコツコツならまだしもプロはドリル持参。「一念巌をも通す」でコンクリートもダメで「こうなると、まったく菊池寛原作『恩讐の彼方に』に出てくる青の洞門を思わせて」涙ぐましいほどの努力。それでも混凝土壁の厚さに作戦断念する好事家も多く「混凝土壁なら大丈夫」と安心する同僚に藤島は厚さ10cmの壁で油断できぬと駅舎便所のレイアウトから設計を見直す。
  • キセル乗車について。競輪開催日の北松戸駅は混雑。この日に北松戸駅で発売された乗車券のうち電車区間は当日限りなので、その日のうちにあちこちの駅で回収された北松戸発の乗車券の数は25%しかない。残り75%の行方不明が地元では通勤定期見せるキセルと思はれる。
  • アメリカの新聞でホテルの新聞広告。全客室に当時はまだ高価だつた「ベネシャンブラインドつき」と載せるべきところ“Blind”を“Blond”と誤植してしまひ「全室にベニスからの金髪美人つき」でしばらく客足が絶えなかつたとか。

こんな話が並ぶのだから読んでゐて可笑しいな同じネタでも藤島茂の筆致ゆゑ。大阪が苦手といふ一言でも「大阪だけは、あの風呂場の木の床がぬるッとするようないやらしさがあって」なんて普通の人には書ける表現ではない。

▼『銀座百点』2020年10月号。関容子さんの連載「銀座で逢ったひと」は歌舞伎役者が続いてゐたなかで「井上ひさし」でさて何う繋がれるのか?と思つたら昭和48年の舞台〈薮原検校〉で、これが高橋長英太地貴和子財津一郎なのだといふから、そのキャスティング聞いただけで鳥肌がたつが、その11年後に当時29歳の勘九郎が演舞場で、この〈検校〉を舞台に掛けたさうで、そこで、この連載に話が落ち着く。この検校物が勘九郎(当時)にとつて歌舞伎以外で初の主演だつたのださう。