富柏村香港日剩

香港で2000年02月24日から毎日綴る日剩でござゐます

片山杜秀さんを水戸芸術館館長に


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香港の選挙制度変更でに余念のない大公報。中央政府的には排除したのはあくまで国家体制揺るがす乱暴派であつて穏健民主派を取り込みたいところだらう。1997年までの青写真でも穏健民主派育つ前提での普選実施であつた。だがそんな余地などなく土共体制派か反政府派といふ絶望的な二極分裂。

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白のアリストロメリアはお正月用にと年末に仕入れたものがまだ辛うじて咲いてゐる。切り花にしてしまつたのだから最後の花びらが枯れるまで大切に愛でてあげないと。

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悪天候のなか家人とスズキ自販にこのたび購入のラパンを受取りにゆく。自動車運転に興味もないので、まぁ県内を走れる程度で良い。遠出して成田空港か東武動物公園くらゐまでかしら。あとで知つたことだが納車は大安の日にするなんて人も少なくないんだとか(ちなみに今日は友引)。今の自動車って須磨帆も藍牙でさくっとつながるのだつた。


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大雨のなかまず車にガソリンを入れて通り道にあつたうどん屋で昼食。チェーン店かと思つたが地元では本格的な椛屋といふうどん屋のセコンドであつた。しつかりとしたうどん。地元野菜をふんだんに供してゐる。カウンターで隣に来た若者2人、先輩が肉汁皿うどんの他に卵かけご飯を2つずつ後輩にも注文して最初に卵かけごはん2杯平らげて肉汁皿うどんへ。若者の食欲は大したもの。だが後輩はさすがに最初の卵かけご飯も途中でうどんとなつて卵かけご飯はちょっと残したさうだつたが先輩の「ごち」なので最後かなり無理にして完食してゐた。大丈夫かしら。

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和室の机まはりがさすがに暗いが天井の照明は明るすぎてつけなくないので卓上ランプ(アマゾン)入手。もう少し暖かくなれば和室に籠るのも楽しくなるだらう。


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午後遅く水戸芸術館現代美術ギャラリー「3.11とアーティスト:10年目の想像」水戸芸術館  を見る。あの大災害を記憶に残すこと。そしてそれを教訓に何かを変へてゆくことが大切なのだが記憶に仕舞つてしまひはしないか。今週の朝日新聞夕刊でしりあがり寿地球防衛家のヒトビト』が『あの日から10年の人々』スペシャル。記憶だけではなく深刻な社会矛盾も問ふてゐる。

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続けてコンサートホールで雅楽演奏集団<伶楽舎>の演奏を聴く。雅楽といへば宮内庁楽部だが、こゝはその楽師も務めた芝祐靖(1935~2019)が1985年に創設の楽団で雅楽の古典曲演奏の他、廃絶曲の「復曲」や正倉院楽器の復元演奏、武満徹<秋庭歌>など現代曲の演奏など積極的な動きで一度聞いてみたいと思つてゐた。

f:id:fookpaktsuen:20210313205904j:image演奏の序に楽器の調べを整へる<黄鐘調調子>に続けて<拾翠楽>は芝祐靖による平安の復曲。「拾翠」とは仁明帝即位(834年)で御所豊楽殿の前庭に砂を集めて丘を造り樹木を植え海藻を散らして渚を模し船を曳いて帆を張り海人に見立てた舞児に海藻拾ふつて撒かせた」藤原師長『仁智要録』より)といふ、まぁ何と呆れるほど好事な余興、その舞児が翠色の海藻拾ふ仕草から「拾翠」とは。続いて同じく芝祐靖による復曲で正倉院楽器合奏による〈敦煌琵琶譜〉からの数曲。中国で光緒26(1900)年に敦煌莫高窟千仏洞第16窟で清掃作業中の道士が「入口近くの壁画の下に亀裂あるところ発見し亀裂に溜まつた砂を除去したところ乹音とともに壁画全体に亀裂が入った」で壁画崩すとその先に扉、それを開けると内部に夥しい数の経典、文書や絵画などある小部屋現れ……とまるで映画<インディジョーンズ>の世界だが、これが世紀の発見の千仏洞第17窟。時代が時代で清政府はこれの保護などできず列強の探検家、歴史学者らに価値ある文物は持ち出されたが不幸中の幸ひはフランスのポール=ペリオ博士によるコレクション(ぺリオ敦煌図録図版解説)は巴里のフランス国立図書館に保管され、そこから、舞譜や琵琶譜が芝祐靖に提供され、この復曲になつたといふ。琵琶音楽は古代インド、ペルシャからタクラマカン砂漠の国々を通して胡楽を伴ひ唐に伝へられ、それが中国で廃れても音楽はシルクルードを逆に西へと伝へられ敦煌の石窟に収蔵され、それが再び日の目をみたのだが中国ではすでに読解不可能となつてゐたものが日本で雅楽の伝承で解読、復曲になったのだから、その世界の浩さ。復曲といふのは楽譜の解読だけではなく、まづ調弦を判定して、そこから旋律を見極め大変な経験と時間が必要な作業なのだといふ。芝祐靖は東京生まれだが奈良の伶人家の出で、雅楽も創造性を失へば滅びるだけ、といふ信念からかうした復曲など、それまhでの楽部の域を超へた活動に。何とも今でいふインターナショナルミュージックで多様性そのものの音色。中入り後は芝祐靖の作曲による〈招杜羅紫苑〉曲。ショウトラシオンなんて、まるで怪獣だが薬師如来護る十二神将グビラ、バキラやガニラでショウトラもその一神。薄紫色に塗られてゐたことで紫苑。この曲は武満徹の<秋庭歌>に触発された芝祐靖が雅楽の可能性追求した楽曲。伊福部昭の<ゴジラ>に通じるやうな、もはやかうなるとラヴェルとか国境を越へ音楽の可能性が広がつてゆく。期待以上に収穫と感動のある伶楽舎の演奏会であつた。かうなると、このゾクゾク感で片山杜秀が脳裏に浮かぶ。この片山先生の今日のラヂオがこれ。

クラシックの迷宮「オラショ・六段・グレゴリオ~音楽学者・皆川達夫を偲んで」NHK-FM

これもまたすごい企画内容であつた。NHKラヂオ第1で三十年以上<音楽の泉>を続けられた皆川先生の死去(昨年)。その皆川先生追悼がこれである。中世宗教音楽専門家としての功績、合唱指導と宗教曲合唱。さうした皆川達夫の醍醐味を爆発させた1時間の番組。その最後は「皆川達夫といへばやはりこの曲です」と流れたのはシューベルトの「楽興の時 作品94第3 ヘ短調」。アンドラーシュ=シフさま奏でるこのピアノ曲が流れて皆川先生のあの声を思ひ出すと思はず涙腺が緩む。今日は水戸芸術館での音楽会があり片山杜秀さんは仙台の人だが(それで皆川達夫は仙台でキリスト教合唱曲を指導続けたのは支倉常長からのことがあるのだが)膨大な書籍とレコオド、CDを所蔵する家屋が必要で茨城の龍ヶ崎に居住されてゐるのだといふ。皆川先生も東京生まれだが家は水戸藩の名家。水戸芸術館は現在、小澤征爾さんが吉田秀和さんを襲ひ館長だが、次の人選を考へると片山杜秀さんが最適と思ふのだが如何だらう。