富柏村香港日剩

香港で2000年02月24日から毎日綴る日剩でござゐます

日本問答


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愛国者による香港統治」は中共がスローガン掲げ選挙に適用ばかりではなく市役所高官も愛国度審査始まつたやうで(大公報)最初に槍玉にあがつたのは環署署長だつた劉利群で、彼女がこの度の昇格で食環署所轄とする食物及衞生局の常任秘書長(局長に次ぐNO.2)になることで「引起市民的強烈不滿及各界的普遍質疑」あり昨日、愛国的市民が市役所に対して、この昇格についての再考を求めたといふ。この劉女史が何故に反愛国的と批判されるかといへば一昨年の反送中・逆権運動の頃に市街地地下道や陸橋に抗議スローガン等多く貼られたレノンウォールにつき所轄の食環署がポストイット剥がさぬばかりか愛国派のポスター等は撤去したといふこと。かうして市役所高官につき厳しい愛国査定で「非国民」は排除されてゆく。一網打尽に身柄拘束され保釈中の55名の議員や抗議派市民につき定期的な警察への「報名」が前倒しで起訴も間近、いつ保釈取り消しで身柄拘束になるか恐れありと蘋果日報 (香港)区議会議に「政府に忠誠」条例案は拒めば失職(朝日新聞) といふ状況で「愛国者」といふ名の土共だけが選別されてゆく。 

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今日の朝日新聞読書欄にあつた坂口安紀『ベネズエラ』の書評(酒井豊貴)。

チャベス政治の特徴は法の支配を尊重しないことだ。彼は超法規的な手段により新憲法を制定した。そして新憲法のもと最高裁や国家選挙管理委員会の重要ポストを全てチャベス派で固めた。軍も警察も掌握した。もちろんこの体制に権力のチェック・アンド・バランスは働かない。最高裁チャベスが国会の承認なしで重大な決定ができるよう憲法判断を捻じ曲げた。国家選挙管理委員会の委員は反チャベス派市民のリストを公表した。そこに名前がある者は銀行の融資を拒まれたり職を追われたりした。チャベスへの反感が社会で強まるなか政権の目的は政権の維持となった。

この「チャベス」を中共に置き換へて香港統治の状況と読むことができてしまふのが悲しい。たゞ難しいところだが重要なのはベネズエラチャペス政治の場合は

そこに利権が群がり経済政策は歪んでいった。貨幣乱発はハイパーインフレを起こし、経済の崩壊は治安をひどく悪化させた。

なのだが我らの優秀なるテクノクラート集団としての党政府は利権を蝕む小役人らも少なくはないが表向き、党政府は利権で経済政策が歪むこともなくハイパーインフレや経済破綻は生じさせてゐない。中国経済の実態はかなり逼迫してゐるといはれるが米国だつて同様で国家財政の不透明さでいえば日本など中国を嗤つてゐられない。中共には中共ベネズエラにならぬだけの了見といつたものがあるのだらうか。

本日農暦正月十六日。快晴。春風強し。日曜日で朝からNHK FMピーターバラカンからゴンチチ<世界の快適音楽セレクション>を聴き邦楽百番〈舟弁慶〉 に至る。歌舞伎でも勧進帳だとか、この舟弁慶など所謂「松羽目」物は好きで能も少しずつ見るやうにはなつたが昔ならさすがに音だけで長唄は聞いてゐられなかつたが、映像なしで長唄だけ聞くといふのも実にこれはこれで楽しいものだと思ふやうになつた。終日在宅。ふと思つたのだがお人にも会はずあちこち出かけもせず必要最小限の交際で静かに暮らしてゐる、この感じってどこかで知つてゐるやうな……と思つたらハルキムラカミワールドぢゃないか。これで書斎でヤナーチェクでも聴きながら好きなバーボンをオンザロックで飲んでグレートギャツビーとか読んでたら机の上に小さな人が現れて足元の愛猫がとつぜん言葉を話し始めて……どこか不思議な世界へと。あーやだ、やだ……って一応さう言つておくが。

田中裕子&松岡正剛『日本問答』(岩波新書) 本日読了。高校生のとき気の合ふ教師と生徒等で放課後に喫茶店で「雑談」といふ課外授業があつた。先生は文系、理系ごちゃ混ぜ。音楽ではキース=ジャレットの即興演奏のことを知り憖つか化学を齧つた程度の学生が爆弾を作るリスクを聞き文学では安部公房のことを語り……懐かしい青春の好奇心の日々。そこで先生二人が松岡正剛のことを語つてゐて『遊』といふ雑誌があると教へられ帰りに本屋で『遊』を買ひ求めた。国鉄のディスカバージャパンや谷村新司の〈いい日旅立ち〉を知的にしたらかうなるのか、と思つた。少なくともジャパンの魅力の再評価だつた。その松岡先生と法政大の田中裕子総長との『日本問答』を読む。

  • 関東への朝鮮系渡来人の入植。埴輪や土器、墳墓の技術者である土師臣真中知(ハジノオミノマツチ)、檜前浜成(ヒノクマノハマナリ)・武成(タケナリ)が入植は浅草。三社祭の三社。
  • ロラン=バルト『モードの体系』は日本では有職故実。公権力から武力を北面の武士アウトソーシングしての公家の存在。
  • 御所。枯れた松の漢方による治療。ぱらり壁の補修・再現。天皇不在の寝殿で30年毎の檜皮葺。大葬の礼と天皇即位礼のためだけの装束着付けの伝承。
  • 月やあらぬ春や昔の春ならぬわが身ひとつはもとの身にして 業平
  • 不受不施徹底の過激?な協議や行動で煙たがられた日蓮宗一向一揆による奈良興福寺襲撃で細川晴元が抑圧に日蓮衆徒の力を利用。……今日の自公連立もこれか。
  • 國體。会沢正志斎。藤田東湖。吉田松蔭。そこで「國體」は断絶するはずが明治以降の軍人たち、とりわけ二二六の青年将校が好む。

日がな自宅で読んでゐて朱舜水の話題となり水戸学に話が及ぶ。偶然だが陋宅は朱舜水邸の跡地にあり近くに大日本史編纂所跡、会沢正志斎邸跡や水戸弘道館、吉田松蔭旅居邸跡などあり。

水戸学というのはあくまで水戸藩士たちの意識を変えるためのものであって、それ以上のものではなかったんです。それそも江戸時代には(略)近代的な意味での身体性、つまり外から見える、あるものの表象としての身体性はない。だから水戸学が國體をいい出したときも、あくまでも手段にしかすぎなかったはず。ところが明治以降になると、その手段に過ぎなかった〈國體〉が目的化して〈國體〉さえ守れば日本は安泰だというふうに変わっていってしまった。(田中)

まさにその通りだらう。陋宅近辺のことが、かう語られてゐると直に風のやうに感じ入る気すらあり。

水戸学以降の〈精神=身体=国家〉という方程式は黒船と開国による「外からの襲撃」によってぐっと押し詰められたものだった。その押し詰まったところに、かつての儒や仏教や、あるいは神祇や国学が守ろうとしてきたものが寄せ集められ、それらが尊王攘夷というイデオロギーに向かって換骨奪胎された。そこへ一人ひとりの藩士という個人といえば個人、身体といへば身体を問う考え方がくっついてきたときに脱藩が起こりテロも起こっていった。(松岡)

このへんから北一輝から広く見れば三島由紀夫までの系列があるだらう。

日本問答 (岩波新書)